第22話 一次予選最初の関門


 OCEANオーシャンに演奏を評価してもらうために、美月たちBIGBANGは、それぞれの位置に立った。


 翔兎しょうとはギター、美月みづきはキーボード、春樹はるきはドラムだ。


 この構図は一カ月やってきたので、もう慣れている。


 憧れの人に演奏を見てもらえる美月は、緊張している自分を落ち着かせるために、深呼吸をした。そして……演奏を開始する。


 翔兎しょうとは一カ月間練習してきたものを、春樹はるきは兄たちを超えることを、美月みづきは音楽で勝利することを、音に乗せて演奏していった。


 熱意が込められているからか、演奏している美月たちは熱くなり、目の前の演奏にのみ力を入れていった。


 全演奏が終わる。


「すごい、すごい!」


 演奏しきった美月みづきたちを見て、拍手する花凛かりん


「ありがとうございます!」


 まさか褒められるとは思っていなったため、彼女の口から出た言葉に、驚きを見せていた。


 伝説からの評価。それは思った以上に好評だったようだ。これなら一次試験は突破できる。そう思っていたが……


「結成一カ月にしてはって意味ね」


 急に声のトーンを落とし、氷のように冷たい声色で言葉を放った。


 一瞬にして変わる現場の空気。


 美月みづき達は固まることしかできなかった。


「すごく頑張ってきたのは感じた。でも、ギターの君、あーしからしたら舐めてんのって感じ。音も少しだけ変なところがあった。それに、ドラムの君、テンポ速い。そのせいで曲のテンポが少しだけ速くなってる。そこに彼女と彼が合わせるから、音がワンテンポだけ速くなってる」


 音をよく聞いていないとわからない違い。それを指摘されて、二人は落ち込む。


 美月みづきは指摘されなかったのを見て、音楽経験の差を感じた。だが……


「ウチからした美月みづきも改善点はある」


「嘘ー、あーしは彼女ちゃんは大丈夫だと思ったけど?」


「それは、花凛かりんがピアノやったことないから。絶対音感あるウチからしたら凄い違和感」


「なにそれ、嫌味?」


 花凛かりんからしたら、少しだけ腹が立ったようだ。しかし、常凪とこなは彼女の言葉を無視して、美月みづきの方へと寄ってくる。


「とはいっても、弾き方に癖があるだけ。美月みづきの場合は一日、二日で治せるよ」


 メンバーには見せない表情で話しかけ、美月みづきを安心させようとしてくれる。


 常凪とこなとしても美月みづきの事はかなり気に入っているみたいで、すごく優しくしてくれる。


 それだけ、ファンと言ってくれた事が嬉しかったのか。それとも美月みづきの持つカリスマ性なのか……


 話し合っている彼女たちを見て、夏弥なつやは手を叩いて自分の方へと注目させる。


「お互い改善点がわかったかな?」


「はい! ありがとうございます!」


 自分たちに何が足りないのか、それをプロに直してもらう。それがどれだけ上達に必要なことかは説明するまでもない。


「まぁ、このままじゃスタープロジェクト優勝はおろか、一次予選も突破できねぇからな」


水門みなとくん、ストレートすぎ」


海乃ののちこそ本音漏れてるよ」


 水門みなと海乃のの花凛かりんで今の美月みづき達の現状、それを包み隠さず口にしている。


 かなり心に刺さったが、プロから見たらこれが現実であることには変わらないので、悔しくても口答えができない。


「じゃあ、参考までにスタープロジェクトに出てくるバンド達の演奏レベルを見せてやるよ。現実を知り、それを乗り越えていけよ、若人わこつど共!」


 水門みなとががそう言い、全員が演奏体制に入る。


 同じ状況を作るために、BIGBANGビッグバンが演奏したロック調の歌を演奏する。


 ドラムがリズムを刻み、ギターとベースが音の土台を作っていった。そこにキーボードも入り……


 全てが調和されている。一言で表すには美月みづき達にはそれ以外の言葉が出てこなかった。


 音のズレがないのは大前提。だが、それ以上に心を熱くさせてくれるものがあった。


 一音、一音が綺麗で、鼓膜を刺激した瞬間に彼らの世界に没頭させられる。


 目を釘付けにされ、時間すらも忘れてしまう。


 OCEANオーシャン。これが伝説と呼ばれ、今、世界が最も注目しているバンドだ。


 美月みづきは拍手する。無意識に涙も流れてきていて、自分たちの演奏とはレベルの違いを感じさせらた。


「これが……」


 喉を鳴らし、卓越された演奏の余韻に浸る翔兎しょうと


 春樹はるきも度肝を抜かれたが、同時に悔しさも湧いてきた。悔しさを無理やり押し殺し、兄達の演奏に拍手する。


「どうだった? これがプロの世界だ。怖気付いたか?」


「脅すんじゃないよ! まぁ、これから練習して上達していけばいいからさ。ところで……あーしらが君たちの演奏を見てあげるってのはどうかな? 結構気に入ったし、彼女ちゃん可愛いから応援したいし」


「あのー、できれば名前で呼んでほしいです」


「そう? なら、美月みづきちゃんでいい?」


「はい!」


「じゃあ、美月みづきちゃんで。どう? 演奏を見る話、乗る? る?」


「ぜひ、お願いしたいです!」


 思いがけない申し出に美月みづきは嬉しくなり、即答する。だが、「ちょっと待てよ」と翔兎しょうとが待ったをかけた。


「どうした?」


「どうしたも何もないだろ。誰かに肩入れするなんていいのかよ?」


 当然の疑問だった。


 彼らはプロだ。翔兎しょうとからしたら中立の立場にいるべき人たちだと思っている。しかし、彼の答えに花凛かりんが質問する。


「君たちはなんでこの一次予選が動画配信なのか、しかも三ヶ月も期間が設定されているのか知ってる?」


 突然投げかけられた質問に、三人はすぐには答えられなかった。


 美月みづき達の答えの前に、「じゃあ、質問を変えようか」と花凛かりんが言葉を続ける。


「演奏技術だけを見るなら、他のオーディション番組みたいに書類審査を行い、人数制限をして本戦のように対バン形式でやっていけばいいはず……なのに、この方法を使っていないってことは?」


「演奏だけを見てるわけじゃない……」


「正解! この試験では人を惹きつける魅力。それを見てるんだ」


 翔兎しょうとの答えに花凛かりんは陽気に応える。その後、夏弥なつやが言葉を紡ぐ。


「だから、誰を味方にするかで一次試験突破の確率は上がるってわけだよ」


 一次試験の現実。それを突きつけられ、この大会で勝つことがどれだけ困難なのかを知る。


「まぁ、僕たちが宇崎うざきさん達の宣伝はできないんだけどね」


「えっ!」


「当たり前。そんなことしたら、アンチ湧く」


「なるほどな」


 常凪とこなの言葉に翔兎しょうとが納得したかのような言葉を出す。しかし、美月みづきは理解してないみたいで、「どういうこと」と聞き返す。


「簡単だよ。春樹はるき、アイツがいることで、彼らが宣伝すると身内贔屓びいきだと思われる。人を蹴落としたい連中にそこを付け入れられる可能性があるし、下手をすればそれがキッカでマイナス方向に働くかもな」


「そういうこと。でも、演奏のアドバイスをあげることはできる。そういう風に宇崎うざきさんたちを応援していく。絶対に勝とう!」


「はい!」


 平日は動画投稿とライブ配信。土日は別荘での練習。そういうスケジュールを立てた。


 目指すべき目標がまたでき、練習に意気込みを入れる。そんな時、


宇崎うざきさん」


「なんですか?」


「もしよかったら……」


 そう言って、夏弥なつやがUSB端末を渡してきた。


「なんですかこれ?」


「僕たちがスタープロジェクト本戦で演奏する予定だった曲だよ。もし、よかったら君たちに演奏してほしい」


「そんな……おそれ多いです」


「お願いします」


 美月みづき夏弥なつやの目に射抜かれる。彼の目があまりにも真剣だったので、「わかりました。ありがとうございます!」とお言葉に甘えて楽曲提供を受けるのだった。


 それは『すれ違い』をテーマにしたバラード調の曲だった。


 

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