第21話 OCEAN(オーシャン)


 ── 一緒に練習しないか?


 思いがけない招待に驚きを見せた三人だったが、春樹はるきの案内で無事別荘へと辿り着いた。


 海沿いで海風もとてもいい感じに吹いている。自然に囲まれており、長閑のどかな雰囲気だ。何か集中したい時に来ると作業が捗るだろうと言う場所だった。


「ここか……」


 温かみのある木造建築。特別大きいわけではなく、部屋は二、三部屋ある程度。しかし、佇まいは荘厳そうごん。辺りにはこの別荘以外なく、空白を作り出すレイアウトなどは美しさの極みだ。


 二人の感動をよそに、春樹はるきは見慣れているため普通に中に入っていく。


 遅れて二人も後に続いた。


 内装も綺麗に整えられており、生活に必要なもの以外は一切置かれていない。


 定期的に掃除がされているのか、家の中もとても綺麗だ。


 フローリングの床を歩いていく三人。


 この別荘で一番広い最奥さいおうの部屋に案内され、扉を開く。


「おー、来たか!」


 扉の開く音を聞いて、夏弥なつやが声をかける。


 その声に美月みづきは肩を跳ね上げる。


「そんなにビックリしなくてもいいよ。僕に至っては初対面じゃないんだから」


「そうは言われましても……」


 夏弥なつやの言葉に反応する美月だったが……次の瞬間に憧れのメンバー全員が視界に映った。


 テレビやライブで見ていた面々だ。だが、生で──しかもプライベートでの邂逅かいこうとなると、見え方はまるで違う。


 美月みづきは緊張していたが、すぐに現実を理解。舞い上がり、一人一人の手を取って挨拶をしていった。


 急な美月みづきの行動にびっくりしていた彼らだったが、ファンの行動には慣れているのか、すぐに応対できる判断力があった。


「悪い、アンタらのファンなんだコイツ。許してくれ」と翔兎しょうと美月みづき不躾ぶしつけな行いをフォローしていく。


「大丈夫だぜ! あーしらも慣れてるし、ファンは大事にしないとな」


 そう言ったのは、このバンドでギターを担当している中本花凛なかもとかりん


 橙色に染めたミディアムボブ。ファッションは白色のオフショルダートップス、黒色のスキニーデニムでちょっと大人っぽいコーデをしており、色気を感じる。


「で、コイツはあーしの一番の親友──坂口海乃さかぐちのの。人見知りすぎて無口だけどよろしくな!」


 隣でうずくまるように立っている女性に肩を組み、自分の妹かのように紹介していく。


 花凛かりんとは正反対でおどおどした性格だ。明るくも暗くもない桃色のツインテール。服装はおとなしめな白のワンピースを着用しており、清楚感は漂わせている。普通に可愛い。


「よろしく……お願いします」


 小さな声で一言だけ呟き、恥ずかしそうに顔を逸らす。そんな彼女とは裏腹に、


「次は俺だな! 俺の名前は……」


「どいて」


 張り切っていたところをゴスロリ衣装の女に押し倒され、自己紹介の機会を失う。


 割り込んだのは無限常凪むげんとこな


 髪型は赤と黒のミディアムパーマ。服装は姫がテーマのゴスロリ衣装を着用しており、今回は紫を基調としたものを選んだようだ。


 無愛想に名乗った後に、自分専用の椅子に腰をかけ、スマホの世界に入っていく。やることはやるが、無駄は嫌い、コミュニケーションは必要最低限しかしない。そういう考えの持ち主だ。


「おっと……次こそ俺だな! 俺の名前は……」


「コイツは鈴村水門すずむらみなと。まぁ、無類の女好きだから宇崎うざきさんは気をつけて」


「おーい! 夏弥なつや、テメェが紹介してんじゃねぇよ!」


 ツッコミを入れる金色の長髪男──鈴村水門すずむらみなと。先程の紹介の通り、女好きで気に入った女性はナンパしている。だが、高確率で失敗に至る。


 メンバーの中には好みの子がいない(無愛想、根暗、ギャル)ので興味がない。


「まぁ、一応、僕、神門夏弥じんもんなつやを加えて、全メンバーの紹介は終わったね」


「光栄です! 光栄です!」


 涙を流しながら美月みづきが憧れのバンドに会えたことを口にする。それを聞き、メンバーの一人──水門みなとが、


「そこまで言ってくれるなんて、招待した甲斐があったね。ところで君、可愛いね。今度お食事なんて……」


「コラ! 彼女困ってんだろうが! それに未成年だぞ。ちょっとは考えて声かけろや!」


「あぁ? 俺の眼中に入らねぇからって、イライラしてんじゃねぇよ、このアバズレ!」


「テメェに言われたくねぇんだよ! このヤリチン野郎が!」


「はぁ? テメェのイメージで勝手に決めつけんなよ! 俺はそんなに女と遊んでねぇよ!」


 いつものお約束通り、花凛かりん水門みなとで口論が始まる。それを見て、夏弥なつやは咳払い。そして、


「ファンの前だぞ。見苦しいところは見せるなよ」


 呆れながら、いつも通り口論を止めていく。


 美月みづきとしては憧れのバンドの裏事情を知ってしまい、少し理想が崩れる。


 夏弥なつやが間に入ったおかげで、口論は終わったが、水門みなと美月みづきのことを諦めきれないよう

で……連絡先だけでもと言い、自分の電話番号を渡してきた。


 どう対処していいかわからず、困っている美月みづき。その姿を見て、常凪とこながため息を吐き、立ち上がる。


 水門みなとの頭に背後から勢いよくチョップを喰らわせた。


「痛て!」


 いきなりの行為で、水門みなとはびっくりして振り返るが、常凪とこなはいつも通り真顔でちょっと怖い。


 だが、彼女に取ってはそれがデフォルトで……

それどころか、「さすがにキモいよ。それは」と冷たい視線を向けながら言葉を吐き捨てる。


 その後、美月みづきの方へと向き直り、


「受け取らなくてもいいから。それよりごめん。アイツの代わりに私からお詫び」


 そう言いながら、急に頭を下げて謝られる。美月みづきは困惑するが、しばらくして「頭を上げてください」と言い、彼女は美月の指示に従った。


「アイツ、見境なしだからさ。気をつけなよ」


「はい。わかりました」


 水門みなとに注意しろと言い残し、膝から崩れ落ちている水門を引きずって、また所定位置の椅子へと戻って行こうとする常凪とこな


 そんな彼女の後ろ姿を見て、美月みづきは思い切って声をかけた。


「あのー、サインください!」


「サイン?」


 振り返り、疑問を浮かべる声を出す。


「はい! 私、常凪とこなさんのファンで……あの卓越されたキーボードの演奏は、見ていて鳥肌もので……すごく、すごく、好きなんです!」


 上手く言えないが、このバンドで一番推しているメンバーだ。彼女のキーボードに惹かれ、

OCEANオーシャンを好きになった。原点はそこだった。


「いいよ。ウチのサインで良ければいくらでも書いてあげるよ。君可愛いしね」


 無愛想ながら初めて見せる笑み。


 それが自分に向けられたと思うと、心臓が跳ね上がりそうで、はち切れそうで、幸せの境地だった。


 この後も合同練習というよりかは、親睦会みたいになってしまった。


 夏弥なつや春樹はるきは久しぶりに、兄弟水入らずの話を、水門みなと翔兎しょうとから同じ匂いを感じ取り、彼に話しかけた。


 残りの四人は女子同士、ファッションやコスメなどの話をしていくのだが、常凪とこな海乃ののが珍しく積極的に話しているのを見て、夏弥なつやは頬が緩む。


「どうしたんだよ兄貴」


宇崎うざきさんって凄いよな」


「なんだよ急に」


「いや、あの二人があんなに積極的なのって珍しいんだぜ。メンバーでもあれだけ話したことはないかなー。彼女、何かを惹きつける魅力でもあるんだろうな。お前を再び音楽の道に歩ませるよう火をつけたのも彼女だろ?」


「厳密には違うけど……まぁ、キッカケではあったかな?」


 決めては翔兎しょうとの言葉だが、そこに至る結果は彼女の歌が作った。


 そういう意味でも春樹はるき美月みづきに感謝している。絶対口には出せないけど……


「まぁ、長話しててもしゃあいないし、そろそろ練習始めるか」


 両手を叩き、音を鳴らす。夏弥なつやの合図に全員が振り向いた。


「練習開始っすか!」


 花凛かりんが張り切った声を出し、それに合わせて他のメンバーが所定の位置につく。だが、


「いや、俺たちの演奏はまだだ。まずは、

BIGBANGビッグバンの皆さん、君たちの演奏を見せてもらいたい。スタープロジェクトでどれだけ通用するか、僕たちOCEANオーシャンが特別審査員として、君たちの演奏を評価してあげるから」


 突然の申し出。しかし、これはチャンスでもあった。なぜなら、審査を務めるのは伝説と呼ばれる超一流バンド。


 この評価で見えてくるだろう。彼女たちの進む道の険しさや現在抱えている課題などが……


「わかりました! よろしくお願いします!」


 最大のチャンスを活かすため、美月みづきは返答する。そして、彼らの最初の関門かんもんが今始まる!

 

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