第20話 バンド名


 時は一ヶ月前にさかのぼる。


 伝説を越えるという目標を立てた三人だったが、練習場所の確保がまだという壁にぶつかっていた。


「親父も忙しいからなー」


「しょうがないよね。今日は翔兎しょうと君のギターの練習だけにしようか」


「いや、銀河ぎんがはギターの練習。俺たちはスタープロジェクトで演奏する楽曲を作ろう」


 スタープロジェクトで演奏する楽曲はオリジナルかつ未発表の楽曲でなければならない規約がある。


 この部分がこの大会の厳しいところだ。


 オリジナル曲の壁を突破するために、お金でプロの作曲家に曲作りを依頼する者もいるらしい。


 だが、美月たちは違った。なぜなら……


「こっちの方が印象を強く残せるだろ? それに、宇崎うざきなら三日あれば一曲作れる。コスパもいい」


「そうだね」


 どう転んでも、自分達で作詞作曲をしていく方が効率が良かった。


 練習開始。


 翔兎しょうとはギターのプラグを繋ぎ、いつも通りに音を鳴らしていく。


 その横で、美月みづき春樹はるきが作詞に入った。


 わからない単語をスマホで検索……しようとした時、通知が来ている事に気がつく。それを見て、


翔兎しょうと君、これ見て!」


 始めたばかりの練習を中断させ、全員をスマホ画面に注目させた。そこには『スタープロジェクトエントリー開始』と書かれていたから。


「今日からだったのか……知らなかった……」


 突然すぎる報告に翔兎しょうとは驚きを見せる。それに春樹はるきは、


「開いたついでだ。エントリーしちまっとこうぜ」


「そうだね」


 どうせ出場することは決めているので、これを先延ばしにしたところで意味はない。


 早めにエントリーできるならそれに越したことはないので、特設サイトへと飛ぶ。


 背景は黄色にワンポイントで白が入っている。花火や楽器などのフリー画像が使われているデザインのサイトだった。


 会員登録が必須のようだ。


 美月は名前、誕生日などの個人情報を入力していく。


 全てを入力し、確認画面に飛ぶが、最後にバンド名記載の欄があった。それを見た美月みづきは……


「そういえば、私達……バンド名なかったよね……」


 その言葉に場の空気が凍る。


 ────その後、春樹はるきが「そうじゃねぇか! どうすんだよ!」と嘆く。


「安心しろ! エントリーは今日始まったばっかだ。しかも、一ヶ月期間がある。じっくりバンド名を考えればいい」


 エントリー期間は『8月23日〜9月23日』の間。


 本日は8月23日。まだまだ猶予はあるので、焦る二人を翔兎しょうとが落ち着かせていく。


 だが、春樹はるきは心配だった。原因は兄だ。


 夏弥なつや達がOCEANオーシャンというバンド名を思いついたのはバンド結成から一ヶ月くらいたった頃。


 それまでは、『ナカノミト』という、メンバーの名前を一文字ずつとった仮の名前で活動していた。


 彼らは大会などに出るわけではなかったので、これでも良かったが、スタープロジェクトにエントリーするとなったらこうはいかない。


 その名前が正式な名前となるので、彼女達は仮の名前をつけるという選択肢が取れないのだ。


 思わぬところで壁にぶつかってしまい、悩みに悩む三人。


 ネットで調べたりして、色々な単語を出していくが、しっくりくるものがない。それどころか、


「リトルワールドってのはどうだ? 俺たちらしいだろ?」


「はぁ? 伝説を越えようってのにその名前はねぇだろ? ここはやっぱりリベンジャーズ一択だよな」


 自分の世界を奏でたい翔兎しょうとと、あくまで復讐が心のすみから離れない春樹はるきは、正反対の意見を述べていく。


 お互いがお互いの意見を譲らず、口論は続いていく。そんな時、


「なら……ムーンライトってのはどうかな?」


『それはない!』


 困っていたため、助けぶねを出した美月みづきだが、速攻で二人に却下されてしまう。


 その行動に珍しくイラッとした美月みづきは、


「せっかく私も出してあげたのに、それはないよ! 私たちは伝説を越えるんでしょ! なら、宇宙関連のワードを入れようと思った……の、に……」


 ちょっとづつ話している勢いが失われ……美月は頭の中にアイデアが降ってきた時の形容し難い感覚に襲われる。そして、「BIGBANGビッグバン……」と小さく呟く。


美月みづき?」


 あまりに小さい声だったが、翔兎しょうとは聞き取れたらしく、美月みづきの呟きに反応する。


BIGBANGビッグバンっていい感じじゃない?」


「確か意味は……」


 簡潔にいえば、宇宙最初の大爆発。そこから、紆余曲折うよきょくせつあり、素粒子が生成。今日の宇宙ができたとされる説だ。


 宇宙創生の意味を持つ単語。それをバンド名にする。海を越え、バンド界に新たな旋風せんぷうを巻き起こす。そう宣言するようなバンド名だった。


 美月みづきが出した名前に二人は思案……慎重に吟味ぎんみもしていった結果……「カッケェ……」と春樹はるきが、「いいんじゃないか」と翔兎しょうとが反応を示す。


「でしょ!」


 自分の出した答えをまんざらでもないように言う美月みづき。それを見て春樹は、「ちょっとは自重じちょうしろよ……」と呆れる。


「まぁ、これが美月みづきだろ? それに良い案だったんだし、今回だけ大目に見てやれよ」


 そう言う翔兎しょうとだったが、多分美月みづきの性格では難しいだろうと思う。


 バンド名も無事決まり、『BIGBANGビッグバン』でエントリー完了。当日入力するパスワードが表示される。それを入力して開会式の日に至る。




咄嗟とっさの案だったけど、あの発想が出てくるのはさすがだな。さすが特待生」


「いや、そんなことないよ……」


 翔兎しょうとが褒めるが、美月みづきは照れる。翔兎しょうとの話を聞いて、春輝はるきは驚きを見せ、


「特待生!」


「あぁ、学校違うから春樹はるきは知らなかったんだよな。美月みづきは意外と頭良いんだよ」


「ありえねぇ」


「なんで! 私って普段どんな風に見えてるの!」


 普段おちゃらけている美月みづきを見ていると、決して頭が良いとは思えない。それくらい、彼女の行動は異質だ。


 だが、常識は持ち合わせているので、決して危ない人間ではない。


 ちょっとしたバカ話をしていると、突然春樹はるきのスマホに着信が届く。画面には『神門夏弥じんもんなつや』と書かれていた。


「兄貴からだ。なんだろう?」


 春樹はるきが音楽を始めたことにより、長年のわだかまりが取れた二人。元々仲が悪い兄弟ではなかったので、二人が仲直りするのに時間はかからなかった。


『おー、春樹はるき。元気!』


「元気だよ」


『そうか。親父から借りたスタジオを調子はどうだ?』


「良い感じだよ。感謝してる」


『まぁ、親父もお袋もお前が音楽始めることに泣いて喜んでたもんな』


「そうだな。よっぽど嬉しかったんだろうな」


 あの日の父親の表情を思い浮かべ、春樹はるきは微笑む。


 音楽を始めることを話したら、自分に抱きつき、泣いて喜んでくれた。その姿はまるで子供のようで、どっちが親かわからなくなるくらいだ。


 しかし、それも仕方ないだろう。


 春樹はるきが音楽を捨てたのは中学の頃。三年もの間ずっと願っていた夢が叶い、感情が爆発してしまったのだ。


「ドラムもプレゼントしてくれたし、その想いに応えられるように頑張ってみるよ」


『そうだな。頑張れよ』


 そう言った後に、『スピーカーにしてくれないか』と言い、春樹はるきは兄の要望に応える。


『あー、あー、聞こえてる?』


「はい! 聞こえてます!」


 少しだけ緊張しながら美月みづきが答える。


『久しぶりだね宇崎うざきさん。ってことは銀河ぎんが君もそこにいる感じ?』


「はい!」


『ならよかった。ちょっと相談したい事があってね』


「相談ですか?」


『そう、相談。で、単刀直入に聞くけど……来週の土曜って空いてる?』


「空いてますけど……」


『よかった! もしよかったら、俺たちが練習してる別荘に来ない? 一緒に練習しようよ』


「えっ!」


 一瞬聞き間違いだと思った。だが、それを修正するかのように今度はゆっくりと言葉を紡ぐ。


『だ・か・ら……俺たちと一緒に練習しよう』


 今度こそ聞き間違いではない。


 突然すぎる提案。あまりに想定外すぎて、三人の思考は固まった。


 なぜなら、自分達が越えるべき壁。そちらから歩み寄ってきてくれたものだったから。

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