第12話 歌の力

「さて、どういった曲を作ろうか」


 翔兎しょうとに道を記してもらった美月みづきは、帰宅して早速曲作りに取り組んだ。


 まずは作詞だ。


 春樹はるきの心に刺さり、感情を動かす『詞』というのが今回のコンセプト。


 その為に、まずは彼が音楽に抱いている感情を整理してみる。とはいっても、美月みづきの勝手な予測になるのだが、それに至っては仕方がない。


 今ある情報だと春樹はるきは昔は音楽が好きだったらしい。そして、今でもその気持ちは変わっていないと美月みづきは思っている。


 なら、その気持ちを再燃させるのが一番効率のいい方法だと思う。だが……


「あの口調だとかなり根深い恨みを持ってそうだし……」


 春樹はるきの深層部分の気持ちを変えなければならない。


 しかし、心の奥底に根付いたトラウマを払拭させるのは困難を極める。実際、美月みづきOCEANオーシャンという希望の星を見つけたのがきっかけだったように。


 そんな奇跡的なことは滅多に起こらない。


「だから私が……」


 今、自分が彼にとってのOCEANオーシャンになる。


 決意を胸に彼女は手を動かしていく。


 アイデアが湯水の如く沸き出てきて、手が止まらない。


 ここが自分のいいところでもある。一度集中できたら、スイッチが入り、作業スピードが格段に上がる。


「『好きに正直になる』──ちょっと違うかな。なら、『正直な自分を受け入れてみる』──うーん」


 ピアノが苦痛になったことがある美月みづきだが、恨んだり妬んだりした経験がないので、彼の心の奥底の気持ちが理解できない。


 だから、肝心なところの『詞』が決まらない。


 一時間、二時間と試行錯誤していくが……


「詞!」


 ハッとして心地の良い世界から解放される。


 外を見るとお天道様てんとうさまが昇っている。何が起きたのか驚きながら、時計を見たら七時を過ぎていた。


 美月みづきは急いで学校の支度した。


 どうやら寝落ちしてしまっていたらしく、歌詞は半分も完成させられなかった。


 だが、それも仕方がない。昨日、二時間しか寝ていたいのだから、体が限界を迎えるのは必然だった。


 母親に『いってきます』と雑に言い、住宅街を走っていく。


 毎朝五時に起床している美月みづき。遅刻とは無縁だったので、こんなに急いだのは初めてだろう。


 ヒヤヒヤしながら、人生初の遅刻をしそうになった美月だったが……


「セーフ!」


「何がセーフなんだ?」


 大声を出してしまったせいで翔兎しょうとに聞かれていたらしい。


 ちょっと恥ずかしくなり、赤面しながら顔を逸らす。


 その後、翔兎しょうとが話を深掘りすることはなかったが、しばらく恥ずかしさが抜けなかった。


 翔兎しょうととは学年が違うので下駄箱のところで別れ、お互いの教室に向かう。


「おはよう!」


 いつも通り、元気に教室に入ると……


宇崎うざき、元気になったよな」


「昨日のなんだったのかしら?」


「まぁ、関わらないほうがいいだろ」


 と、クラスメイトの反応は平常運転に戻っていた。


「おはよう、美月みづき


「おはよう」


 咲良さくらも元気になった美月みづきを見て喜んでくれた。


「何か解決策見つかった」


「うん、彼に音楽を届けようと思って」


「そうなんだ。聞かせてよその曲」


「まだ完成してないよ。詞もできてないし」


「そうなんだ。完成したら私に一番に聞かせてよ」


「いいよ!」


「約束だよ」


「うん」


 二人で約束を交わし、チャイムが鳴る。


 また日常が始まる。


 一日学校生活を過ごして帰宅。昨日の続きを始めた。


 今日は翔兎しょうとと練習の約束をしていた日だ。


 予定通り、翔兎しょうとが家にやってきた。


「ごめん、そこにギターあるから弾いててくない」


 部屋に入ってきた翔兎しょうとに背を向けながら言葉をかける。


 そんな美月みづきを見て、「順調か」と彼女のノートを覗き込んでくる。


 急な翔兎しょうとの行動に美月みづきはビックリして跳ね上がってしまう。


「悪い。つい気になってな」


「い、いいよ……」


 頬を赤らめさせながら、顔を逸らす。


 美月みづきの行動に翔兎は『?』を浮かべたが、すぐに「頑張れよ」と声をかけてくれた。


 翔兎しょうとはギターの練習に入り、美月みづきは詞の続きを始める。


 春樹はるきに向けた詞を考えていくが、あれからいいフレーズが思い浮かばない。三十分近く一文字も書けず、苦戦している。


「どうした?」


 全く動かない美月みづきを見て、翔兎しょうとが声をかけてくれる。


「いや、昨日は言葉が浮かんでたんだけど、なんか書けなくなっちゃって……どうしてかな?」


 昨日と全然違う感覚に苛まれる美月みづきだったが、ふと、翔兎しょうとがアドバイス的なものをくれた。


「アイツの気持ちを考えるなんてやめたらどうだ?」


「どういうこと?」


「簡単なことだよ。人の気持ちなんて相手に聞かなきゃ真実はわからないだろ? そんなの考えたって無駄だってことさ。なら、美月が春樹はるきにどう言った気持ちを伝えたいのかを考えた方が作業ははかどると思ってな。まぁ、あくまで俺の考えてだから参考程度にしてくれや」


 翔兎しょうとの言葉に美月みづきは黙り込み、深く考える。そして、


「ありがとう! また翔兎しょうと君に助けてもらったね。私ってダメだな」


「そんなことないさ。美月みづきがいなけりゃ……」


「私がいなきゃ?」


「なんでもねぇよ! ほら、早くしないと曲完成させれないぞ」


「そうだね」


 翔兎しょうとのアドバイス通り、視点を変えていく。


 春樹はるきの心に訴える『詞』ではなく、春樹はるきの心に届いてほしい『詞』を書く。


 後者ならいくらでも書けると思う。なぜなら、美月みづき春樹はるきに伝えたい思いはたくさんあるから。


 翔兎しょうとのアドバイスのおかげで作業スピードが格段と上がり、二時間ほどで『詞』は完成した。その間に、夜も遅くなったので翔兎しょうとは帰宅したが。


 次は作曲。


 この『詞』に合うのはバラード調の音だと、音楽経験が長い美月みづきの直感が言っている。


「ここをこうして、こうすると……うん、いい感じ」


 ちょっとしんみりさを残しながら、勇気をもらえるような音になる。暗さと明るさのバランスの取れており、ここに先ほど書いたバラードな『詞』を合わせれば最高の曲が出来上がるだろう。


 慣れた手つきで続きの作曲も軽々とこなしていく。


 これまでに作った曲は三桁越え。経験値は伊達じゃない。


「あとはこのコードを作れば……OK! 最後に編曲して終了っと! 明日には完成できそう。咲良さくらなんて言ってくれるかなー」


 完成して曲の試聴は、いつも咲良さくらがやてくれる。音楽才能が一切ないので聴いた時の雰囲気で評価してくれるが、そこが音楽の素晴らしいところだとも美月みづきは思っている。


「どんな人でも楽しめるはずなんだよ、音楽は」


 それを春樹はるきにも伝えたい。その思いを胸に、美月みづきは明日の結果のために就寝した。



 翌日学校に登校する。


 本日はルーティン(五時起床)ができたので慌てて登校することなく、学校に到着した。


 ホームルームが始まるまでに時間があったので、昨日できた曲を咲良さくらに試聴してもらう。


「ふむふむ。なるほどね」


「どう?」


「どうも何も、思いが強すぎるんじゃないかな?」


「ウソ!」


「本当だって。この『たとえ君の運命が残酷でも誰が手を伸ばしてくれる』っていう歌詞、美月みづきの価値観が押し付けられてるように感じるでしょ?」


「そうかなー」


「そうだよ。美月みづきの愛は重いんだから、受け止める方も相当な覚悟が必要なの!」


「愛って……そんなつもりはないんだけど」


「無自覚って一番怖いね」


 人より共感能力が高い美月みづきは、悲しみや辛さをすぐに感じ取ってしまう。それだけならまだしも、人一倍行動力が高いので、不幸の渦中かちゅうにいる人にすぐ手を伸ばしてしまう。それに救われる人もいるからまだいいものの……厄介者やっかいもの扱いしかされず、最悪の場合、トラブルに巻き込まれたらどうするつもりなのか。


「まぁ、ちょっと歌詞を変えてみたら? あの男にも相談してさ」


翔兎しょうと君のこと?」


「そうそう。作曲はできなくても、詞を書くくらいできるでしょ」


「そうだね。で、曲の方は」


「まぁ、そっちは問題ないよ。さすが美月みづきだね」


「へへっ! ありがとう」


 咲良さくらに確認してもらったことにより、『詞』の部分の改善といった課題が見つかった。やはり、人に確認してもらうと自分の感覚では見つけられないところが見つかるもんだ。


 まだまだ改善点のある曲だが、春樹はるきへの想いを伝える曲。妥協はできないと次にやるべきことに目を向ける美月みづきであった。


 

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