第13話 想いの強さ

 家に帰宅した美月みづきはもう一度自分が書いた『詞』を確認してみた。


 想いが強い。咲良さくらが指摘してきた部分だ。


 自分ではそんなつもりはないのだが、今回の場合は、他人の評価が正解になる確率が高い。ましてや、自分が作ったものなど自己陶酔じことうすいしすぎており、盲目になりやすいものだ。


「どこが悪いかわからないんだよなー」


 美月みづきとしては平常運転で書いた『詞』。愛が重いと言われても、どこをどうすればいいのかわからない。


 悩んでいると家のインターホンが鳴る。


 いつもと同じように翔兎しょうとが練習にやってきた。


 どうせなら翔兎しょうとにも『詞』を見てもらって、二人で改善点を模索していこうと思う。


「どう?」


「どうって言われても、咲良さくらって子が言ってた通りだよ。全体的に重い。美月みづきの伝えたい思いを書けばいいとは言ったけど、これを見せられたらちょっと読みたいとは思わないな」


『たとえ君の運命が残酷でも誰かが手を伸ばしてくれる』という歌詞は言わずもなが、『偽りの気持ちほど辛いものはない』だったり、『好きに正直になってみよう』など、美月みづきの価値観が全面的に押し出されている歌詞そのものだった。


「第一、その二つができないんだからアイツは悩んでんだろ? だったらもと違うメッセージの方がいいと思うんだよな」


「じゃあ、どういうのならいいの? 翔兎しょうと君もこういったことに悩んでたんでしょ? なら、何かいい案が出てくると思うの」


「サラッとひでぇこと言うな。うーん……」


 悩んでいる翔兎しょうとを見ている。が、前のように食い入るように見るのは止め、控えめに。


「なんも浮かんでこねぇや」


「何それ!」


「ごめん。ごめん」


 人の気持ちを考えるの程、難しいことはない。その事実を痛感させられ、二人は悩みながらも歌詞のブラッシュアップを頑張っていく。


 改善点として参考になるのは、咲良さくらが言っていた想いが強すぎると言うアドバイスだけ。


 なら、その中間を取ればいいだけなのだが……


「それが浮かばねぇんだよな」


 簡単にでてこれば悩んだりしていない。だから、先に進めないのだが……翔兎しょうとが逆転の発想を投げかける。


「でもよ、この重さが美月みづきの長所でもあり、短所でもあると俺は思うんだ」


「長所?」


「あぁ。誰もできないことを平然とやってのける。でも、ただやってるだけじゃなくて、そこにはしっかりと芯がある。だから、俺のような芯の曲がった奴でも付いて行きたくなる。それがいいところだと思う」


 今の翔兎しょうとの言葉に美月は頭に稲妻が走る感覚を得る。


「わかったかも!」


「わかったって?」


「どういった歌詞を書けば春樹はるき君の心に届くのかが」


「マジかよ」


「うん。今書くから待っててね」


 そう言ってノートにスラスラと『詞』を書いていく。


 美月みづきの手が止まる気配がなく、ものの十分程度で候補の言葉が書けた。


「なになに……『答えは君が出せばいい。たとえそれが望んでいなくても、自分で示した答えは後悔しないだろう。もし、後悔するのであれば、それは真実の答えではなかっただけだ』に『君の答えは君の胸にある。だから、君が答えを導き出していけばいい』か……美月みづきらしいな」


「でしょ!」


 ただ、美月みづきがこうしたいという思いから、自分で答えを決めなよという歌詞に変わっただけで、想いの強さは抜けなかった。


 だが、これが宇崎美月うざきみづきという人間の本質なのだろう。だから、最初から中間を取るといった方法はできなかったと思う。


 たとえ、この想いが届かなくても。彼女は邁進まいしんし続けるだけだ。


 一応歌詞が完成し、咲良さくらにメッセージで送る。すぐに既読がをつけてくれて、『最初から何も変わってないじゃん。でも、美月みづきらしい』と翔兎しょうとと同じセリフを返された。


 これで歌は完成。あとは練習してデータとして記録して春樹はるきに送るだけ。


 春樹はるきへの渡し方は、前に夏弥なつやにアドレスを教えてもらったので、そこを経由して行おうと思っている。


「じゃあ、早速練習と思ったけど……翔兎しょうと君まだ曲は弾けないんだよね」


「まぁ、始めて一週間しか経ってないからな」


「ってことは、私が弾いて歌った方がいいってことだよね」


「そうなるよな」


 ギターかピアノどちらにしようかと考えたが、ピアノの方が表現方法が多様なので、ピアノを選択。翔兎しょうとからも「いいんじゃない」と言ってもらえた。


 翔兎しょうとはいち早く曲を弾けるようになるように、ギターの練習を開始。


 美月みづきはピアノで演奏しながら、マイクに向かって歌を歌っていく。


 翔兎しょうととしては初めて聞く美月みづきの歌声。実力がどれほどのものか気になった翔兎は、手を止めて美月みづきの歌声に耳を澄ませていく。


 いつもの喋っている時の声とは違い、やや低い声色。落ち着いた雰囲気の歌とマッチしており、今回歌っているバラード調のメロディとは相性抜群だ。


 当然の如く、音程を外すことはほぼない。ピッチもしっかりと安定しており、声の安定性も申し分ない。


 OCEANオーシャンの燃えるような歌声とは裏腹に、静かに揺れる水面みなもみたいな透き通る歌声は、聞いているものに癒しを与える歌姫のようだった。


「歌の事になるとさすがだな」


 いつもはおちゃらけている美月みづきだが、天才ピアニストと言われていただけはあり、歌も彼女の得意分野のひとつなのだと、より感じられた。


 歌い終わる。自分の歌声を録音したもの聴き、美月みづきはため息を吐く。


「はー、やっぱ、初めてはダメだな。もうちょっと練習が必要かも」


「そうなのか?」


「うん、二日くらいは練習した方がいいかな」


「俺はそうは思わなかったけど」


「そうなの?」


「うん」


 音楽経験の差がはっきりと出た意見だ。


 翔兎しょうととしては完璧以外の意見はない。


 だが、美月みづきとしては表現方法やちょっとしたピッチのズレ、歌い方の工夫の仕方。春樹はるきの心に響く声の出し方など、山ほど課題はあると感じた。


 それを二日で修正して完成形に持っていく。そこまでやって初めて人に伝えられる歌になるのだ。


 今日も時間があっという間に過ぎる。


 翔兎しょうとが帰宅。その後も美月みづきは練習を続け、改善点をノートにまとめていく。


 そして、二日が経ち……


 美月みづき夏弥なつやにメールをして音楽データを渡した。


 夏弥なつやとしては、『届いてくれると嬉しいけど……』と、ネガティブな文章が送られてきた。


 それに美月みづきは『大丈夫ですよ。絶対』と返す。


 お互いに結果を待ち望んでいる。春樹はるきがどういった答えを導き出すのかと。



 夏弥なつや春樹はるきにデータを送った。


 最初は拒否していたが、あまりにもしつこいので渋々受け取り、イヤホンをしながら歌を聴いていく。


 タイトルは『想いの強さ』。お互いの想いが強いが故の衝突をテーマに歌った曲だ。


 ピアノ伴奏だけが流れる。最初は寂しさを想起させるメロディが流れる。


 しばらくイントロが続いていくと、綺麗な音色で構成された女の歌声が第一声を放つ。


 春樹はるきへの想いがたくさん詰め込まれており、正直うんざりだ。


 でも、心が熱くなってくる。音楽が好きだった頃の気持ちが刺激される。自分の心に正直に生きてみたいと思ってもいる。だが、体がそれを拒否しているため、今更と思うこともある。


 曲を全て聴き終わる。


 急ぎで作った曲だったため、二分半ほどしかない曲だった。


「こんな音楽で……しょぼいんだよ」


 涙ぐみながら呟く。


 だが、その言葉には羨望せんぼうが込められており、心底けなした言葉ではなかった。


 しばらく呆然ぼうぜんとする時間を過ごし……春樹はるきは立ち上がった。


 決意をし、ある場所に向かうために。



 音楽を届けた日、翔兎しょうとは雨の中、渋谷の映画館にいた。


「せっかくの土曜なのに最悪だ」


 傘をさしながら、たくさんの人が歩いていくのを見つめながら、目的の人物が来るのを待っている。


 しばらくして、派手な服を着ており、淡い赤髪の男が視界に映る。


 写真を見せてもらっている翔兎しょうとは、一目見ただけで目的の人物だと判断できた。


「よう」


 肩を掴みながら声をかける。


 急に触れられた男は振り向き、睨みつけるように翔兎しょうとを見た。


 だが、翔兎しょうとは男の目線に一切怯まず、言葉を紡ぐ。


「ここで待ってれば来ると思ったよ。話をしようぜ。男同士で込み入った話をよ」


 予想的中の翔兎しょうとは、春樹はるきに力強く言い放ち、無理やり話し合いの場を設けるのだった。

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