第7話 本物との距離


 涙を流したあの日、翔兎はバンドメンバーとして正式加入した。その日から早二日。週末を迎えた二人は、美月の家で演奏の練習をしていた。


 翔兎しょうとがボーカルで美月がギターだ。


 演奏しているのは美月が作詞作曲した曲──『Catch the Dreamキャッチ・ザ・ドリーム


『憧れをこの手に掴むために!』そんな想いが乗せられている曲でもある。


 しかし、今演奏している二人は、曲に込めた想いとは正反対で、お世辞にもいい演奏だとはいえなかった。


「何をどうすれば……」


 理想の音楽にほど遠い今の状況を、美月は冷静に分析する。


 音は間違っていない。むしろ正解以外のなにものでもない。


 それなのに、理想とかけ離れていると感じるのは理想と比べ過ぎてしまっているからなのだろうか。それとも、単純に実力不足が原因なのだろうか……


 後者なら練習あるのみだ。


「もう一回……」


 だから彼女は演奏を続ける。それに答えるように翔兎しょうとも全力で歌った。


 何回も、何回も音を紡ぎ、彼らの動画と見比べる。


 しかし、違いが美月達には理解できず、ただ漠然ばくぜんと『何かが違う』という感想を持つだけだ。


 だが、やるしかないという感情が美月を震えあがらせ、「もう一回……」と気合いを入れ直していく。そんな美月を見て、「ちょっと休憩しない?」と翔兎しょうとが声をかける。


「でも……」


「なんでもがむしゃらにやれば良いってもんじゃないし、適度な休憩は必要だよ」


 翔兎しょうとの言葉は真っ当すぎた。


 夢中になり過ぎて何も感じなかったが、気を抜いた瞬間に、喉の渇きや腕の疲労が一気に押し寄せてきた。


 翔兎しょうとの言うとうりだった。


 多分気合いが入りすぎている。


 コンビニで買ってきてあったスポーツドリンクをがぶ飲みし、リフレッシュしてく。


 そして、二人は一度全身に入っていた力を抜いた。


「そういえば翔兎しょうと君ってさ、本当にバンドやりたかったの?」


「なんでそんなこと聞くの?」


「私が強引に誘ったから、仕方なくやってるのかなーって感じがしてるからさ。それならね、ごめんね」


 あの日の夜、美月の胸の中で泣いた後、翔兎しょうとを半ば強引に誘った。


 あの時、翔兎しょうと自身は「やってもいい」と言ってくれたが、それは美月に対する罪悪感と罪滅ぼしをしたくて、協力してくれているのではないかと美月自身は思っている。


 なんせ、今の彼から音楽が好きだと言う感情が伝わってこない。


 美月の言葉を聞いて翔兎は、顔を逸らしながら答える。


「まぁ、これが俺なりのケジメの付け方だよ」


「そう……でも、ありがとう」


 偽りの音楽への愛情。それが彼の答えだった。


 正直、音楽を好きになってもらいたい美月としては、複雑な気持ちだ。しかし、こんな自分に付き合ってくれている彼の善意は、嘘偽りのない事実だと思う。


 これから彼の心境が変わるかはわからないが、皮肉にも美月の望んだ結果に終着した。


「それよりさ……何で許してくれたの?」


 単純な疑問だろう。


 翔兎しょうとの質問に美月は一度気持ちを整理してから、心の奥底の気持ちを口にしていく。


「あの時ね、すっごく傷ついたし、すっごく怖かった」


 美月の言葉を聞いて翔兎しょうとの顔色が曇る。


「でもね、後からあの時のことを思い出してみたらね、翔兎しょうと君が悲しい顔をしてた。何でなんだろうと思った。もしかしたら何か理由があるんだろうなーって思えたんだ。それが知れたから、許せたんだよ」


 翔兎しょうとの過去。彼が背負ってきた愛情への飢え。


 美月を襲った事は行き過ぎた行為だっただろうが、彼女を魅力的に思えたから行った行為とも取れる。


 それは少なからず、彼女へ心を許しても良いという感情の現れだったのかも知れない。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 一通りの休憩を終えて二人は練習を再開。やっぱり思った通りにはいかなかった。


 翔兎の方を見て、彼の心情を考えてみる。すると……頭がスッキリするような感覚に包まれ、彼女の頭の中に一つの案が降ってきて……


「そういうことかも!」


 美月が急に大声を上げる。


 翔兎しょうとはその行為に驚きを見せながら、「どうしたの?」と言葉をかける。


「わかったかも! 私達とOCEANオーシャンの違いが!」


「違い?」


「そうだよ! やっぱり必要なんだよ。愛情が! 本物が! それがないと近づけない! いい音楽は作れない! 音はその人の想いを乗せるから!」


 顔と顔がくっつくほどの距離まで接近し、翔兎しょうとに熱弁する。


 前と同じてつを踏みそうになる翔兎は、彼女から距離を取って、頬を赤らめさせていく。


「お前! 本当に反省してるのか! 自分から勘違いを生んでるんだぞ!」


「何のこと?」


 無自覚な美月は、目を点にしながら首を傾げる。


「もういいよ! で、愛情って何? 本物って何? 君にはもうあると思うけど」


「愛情はあるよ。でも私、実はOCEANオーシャンのライブ生で見たことないの」


「嘘……てっきり観たことあるのかと思ってた」


「まぁ、あれだけ熱弁してたらそう思うのも無理ないよね……でもね、金銭的な都合でテレビでしか観たことなくて」


「そうなんだ」


 美月が悲しそうな顔を見せながら語る。直後、その表情が嘘だったかのように元気になり、テンションの高い子供のように声を出す。


「だからね! 観に行きましょ!」


「何でそうなるんだよ!」


 突然の提案。


 翔兎しょうととしては理解不能だった。それに、


「アイツらのライブ高いんだよ! 倍率も高いし、それ以前にいつやるのかも不明。そんなの待ってたら、お前の夢が叶うのがかなり遅れるぞ!」


 正論を投げかけられる美月。


 確かに、インターネット上でも彼らのライブは、二日前まで未定となっていた。そう二日前までは。


「それがね! 八月十三日。渋谷のライブハウスで凱旋がいせんライブやるんだって! しかも先着百名限定での無料ライブ。昨日発表されたの忘れてた」


 OCEANオーシャン公式のホームページを見せる美月。


 そこには武道館ライブ達成記念と、十周年記念が偶然重なり合って大盤振おおばんぶいするという詳細が書かれてあった。


 正直、これはチャンスでしかない。


 憧れを生で見れる。


 その中に今、自分達が必要としている答えがあるのではないのか美月は思う。


翔兎しょうと君も行こうよ! 絶対後悔しないって!」


「でもよ……」


「お願い……」


 無意識に上目遣いで可愛くお願いする。


 美月の可憐さは翔兎しょうとにのハートを打ち抜き、「わかったよ」と渋々承諾させる。


「やったー! じゃあ、金曜日。渋谷の駅前集合ね!」


 美月の言葉に頷く翔兎しょうと。想定外のことが起きたが、もう少しだけ練習して二人は解散した。



 

 



 

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