第6話 1人目

 帰路に着いた美月みづきだったが、あの話を聞いて更に翔兎しょうとの事が気がかりになり、足が勝手に彼の家へと向かっていた。


 学校からは意外と遠かったのだが、そんな事は美月みづきにとってはお構いなしだった。


 彼の家の前にたどり着いたのだが……家の中から急に乱れた服を着ている女が飛び出してきた。


 それを見て美月は危険な香りがしたが、翔兎しょうとに何かあったのかと思い、家の中に入っていく。


 カーテンが完全に閉められており、電気も消されていた。


 誰もいない。それが少し怖く、今にでも引き返そうと思ったが、彼の身に何かあったのかと思った美月は、恐怖を押し殺して前へと進んでいく。


 ひとつの部屋から声が聞こえてきた。


「テメェ、なんで学校休んだ? テメェさえいなけりゃ、さっきの女と楽しく遊べたってのによ! なに逃してくれてんだよ!」


「あの子はお前の便利な道具なんかじゃない!」


「テメェだって女と楽しく遊んでたじゃねぇか。人のこと言えねぇだろ」


 父親の言葉に翔兎は黙り込む。


「まぁ、テメェの方は女の方から求められたやつだけどな。夜な夜なアプローチされて羨ましいぜ。イケメン君」


 美月みづきは声の聞こえた部屋を覗き込み、二人のやりとりを見る。


 翔兎しょうとが父親に踏みつけられており、体には殴られたであろう傷がたくさんついていた。


 そんな痛々しい姿を見て美月みづきは無意識に名前を呼んでしまっていた。


美月みづき!」


 なんでここにいるという目で美月みづきの事を見る。反対に翔兎しょうとの父親は……


「おっ! この前の女。やっぱ翔兎しょうとに気があったんだな。どうだ? 俺と遊ばねぇか?」


 そう言って、翔兎しょうとをほったらかして美月へと接近してくる。


 翔兎しょうとに襲われた時とは違う。


 完全な男の目をしている目の前の男に恐怖を感じ、一歩も動く事ができない。


「やめろ!」


 美月みづきに接近していく男を見て、翔兎しょうとは声をあげる。


 だが、それを無視して男は乱暴に美月みづきを突き倒す。


 それを見て翔兎しょうとは、「やめろって言ってんだろ!」と言葉を吐き、自分の父親へと突進していく。


「邪魔!」


 そう一言だけ言われ、翔兎しょうとが男に殴られる。


「黙って見てろよ」


 そう言った後、男の手が美月みづきの胸に触れる。


 気持ち悪い。やめて……


 服の上からとはいえ、好きでもない男に触られた事実に、無意識に涙も溢れてくる。


 これほど心が痛む思いはしたことがない。


 怖い。怖い。助けて……


 美月みづきの感情は男には関係ない。


「小せぇけど結構いいじゃねぇか」


 手の感触を確かめ、次は下へと手を伸ばす。


「いやー!」


 男の手が伸びていくのを見て、暴れ出し、最低限の抵抗をしていく。


「暴れんじゃねぇよ! もう逃げ場なんてねぇ。俺と楽しもうや!」


「やめろって言ってんだろうが!」


 翔兎しょうとも男を押さえつけ、美月みづきに被害がいかないようにしていくが、またも暴力を受ける。


 暴れている美月みづきにも暴行を加え、おとなしくさせていく。


「じゃあ、始めようか」


 もう終わりだ。なんでこんな目に……


 現実を呪う反面、現実から目を背けようと目もつむった。だがその直後……パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


「動くな!」


 音の後、たくさんの警官たちが押し寄せてきた。


 男は現行犯で逮捕され、警官たちに連れて行かれたが、「テメェら覚えとけよ!」と二人に捨て台詞を吐きいていった。


「よかった! 無事だったんだね」


梨花りか……」


 翔兎しょうとにとっては馴染み深い声が聞こえてきた。美月みづきもその声に安心感を覚え、彼女に抱きついた。


「あのパトカーは梨花りかが?」


「うん、余計なお世話かもしれないけど、しょうちゃんの事が気になって家に来てみたら、女の人が襲われそうになってたから。だから一応と思って」


「カーテンは閉まってたはず……」


「ちょっと空いてる場所があったよ」


 偶然に偶然が重なった結果だが、それで美月みづきは救われた。今はその事実だけがあればいい。


「ごめんね。ありがとう」


 梨花りかの胸から離れ、美月みづき翔兎しょうとの方を向く。そして……


「しつこい女かもしれないし、翔兎しょうと君は迷惑かもしれない。けど……私と一緒にバンドやりませんか」


「ごめん……俺は君を傷つけた。だから関われない」


「そんなの関係ないよ!」


「でも……」


 自分は気にしていないと伝えていくが、翔兎しょうとがケジメをつけないのが嫌らしい。だが、それに対しては、


翔兎しょうと君は私を助けてくれようとしたじゃん。それがアナタの本当の心でしょ? やっぱり翔兎しょうと君は私の思った通りの人だった」


 今の出来事を上げ、自分への誠意は見せてくれたと伝えていく。


 それでも翔兎しょうとの心は動かない。すると……


「私ね。昔いじめられてたの」


 急な美月みづきの言葉に翔兎は目を見開く。


 それでも、美月みづきは言葉を続けていく。


「母子家庭が原因だった。『貧乏人なのにピアノなんてやりやがって』とか言われてね。私が他の子よりすぐに上達するから、それをひがんでってのもあるんだけど……翔兎しょうと君のとは比べものにならないか……」


 笑いながら過去のことを話していく。


「でもね、私にとっては辛かったんだ。誰も味方がいなかったから。そんな時に咲良さくら──私の親友がね、手を差し伸べてくれて、私の音楽を褒めてくれた。それで私は救われたんだ。だからね。私も手を差し伸べたい! 私に何ができるのかはわからないけど……私はあの手に救われたから。私はその手助けがしたい! 夢中になれるものを見つけられたら、翔兎しょうと君の何かが変わるかもしれないから」


 一度は拒否された手をもう一度伸ばす。今度は掴んでもらえると信じて。


 だが、差し伸ばされた手は翔兎しょうとにとっては眩しすぎた。


 こんな自分を思ってくれる。あんな最低なことをしたのに……


 美月みづきという女性の心の広さに翔兎は涙を流した。


 そんな彼を美月みづきは優しく抱き寄せ、頭を優しく撫でるのだった。

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