第5話 翔兎の過去

 翔兎しょうとに拒否された美月は、気分が落ち込みながら学校に来ていた。

 

「なぜダメなのか」という感情が渦巻き、彼が拒否した理由を考えていくが……結局、答えを導き出す事ができなかった。


「美月!」


 声をかけながら、自分の元へと駆けてくる咲良さくら


 急に抱きつかれ、「もう大丈夫なの?」と声をかけてくれる。


「大丈夫だよ。心配かけてごめんね」


「そうだよ! だから私言ったじゃん! あの男には気をつけなって。で、何もされてない?」


「うん……大丈夫」


 美月としては、倒されただけなので許しているが、襲われたなどと正直に言えば、咲良さくらは彼と会うのを許してくれないだろう。


 それは彼を救ってあげたいと思っている美月にとっては困る。


 だが、彼が自分を拒否している間は、こっちからも近づけないのだが……


 そんな時、美月の頭の中に疑問が浮かぶ。


「そういえばさ、咲良さくらって翔兎しょうと君のことどうやって知ったの? 彼が女の子を家に連れてってるってこと」


「あぁ、それね。隣のクラスにいるのよ。彼の幼馴染の子が。アイツのこと気になったから、彼女に聞いたら、碌でもない男だってわかったのよ。その子もほぼ絶縁状態だって言ってたし」


 幼馴染。


 そのワードが美月にある考えを思い付かせた。


 幼馴染という事は、彼のことを詳しく知っている。そこに今、自分の悩みの解決策があるのではないかと。


「ありがとね」


「ちょっと、美月!」


 そう言って、美月は彼女の元へと向かおうとしたが、ホームルームの事を忘れており、咲良さくらに指摘された。


 幼馴染の子に会いに行くのは、放課後ということにした。


 放課後。


 美月は、その子が帰ってしまう前に隣のクラスへ直行。扉を開けて言葉を発する。


翔兎君しょうとの幼馴染って子いますか? 一年B組の銀河翔兎ぎんがしょうと君です」


 まだたくさん人が残っていた。


 周囲の人から笑われたり、嫌な顔をされたりしたが、黒髪のストレートヘアが美しい清楚な女性が美月の元へとやってきた。


「あなたがそう?」


 美月の言葉に無言を貫く。そして、「ちょっと来て」と言われた。


 人混みの少ない場所に案内され、近くにあったベンチに腰をかける。


しょうちゃんの話はできるだけしたくない」


「どうして?」


 不躾ぶしつけな質問だと言葉を出してから後悔した。彼女の顔が曇ったからだ。


 美月の言葉を聞いて、彼女は……


「私、彼のことが好きなの。だから、他の子を家に連れ込んでるって噂を聞いたときは耳を疑いたかった。でも、ただの噂だって気にせずにいられたんだけど、私、見ちゃったの。彼が大学生くらいの女の子に覆い被さってるところを。それを見てね、ショックだった。家が隣だから偶然見ちゃっただけなんだけどね」


 彼女の言葉を聞いて美月は胸が痛くなる。


 自分は恋愛といったものはしたことがない。好きになった人などいない。


 けど……自分の信じてる人が自分の知らない顔を持っていたら。それが、マイナスの面でのことなら。ショックは大きいだろう。


 実際、美月自身も翔兎しょうとのことを信じているひとりであったが、それは彼が誠実な人という前提条件のものだ。


 今の言葉が本当なら、美月でも翔兎しょうととは距離を置きたいと思ってしまうかもしれない。現に……美月は一度襲われているのだから。


 だが、美月は彼女の言葉を聞いて自分なりの答えを話していく。


「私、彼はその時何もしてないと思うよ」


「どうして?」


「私も襲われた。けど……何もされてないし、翔兎しょうと君悲しそうな目をしてた。私の服にまで手をかけようとしたけど一瞬、躊躇ためらったようにも思えて……」


 彼が本気で手をかけようとしたなら、自分はとっくに犯されていただろう。


 現に何もされず、嫌悪感も抱いていないのは、彼が誠実な人であるという自分なりの証拠でもあった。


「だからね。私は翔兎しょうと君を救いたい。お願い! 彼のことについて知っていることを全部教えて。それが彼のためにもなると思うの!」


 彼女に力強くも優しく言葉を放つ。


 美月の言葉に心を打たれ、全てを話してくれると言ってくれた。


「それより、あなた名前は? 私は海馬梨花かいばりか。よろしくね」


 話を聞くことに夢中で肝心の自己紹介を忘れていた美月だったが、梨花りかに聞かれて自分の名前を教えた。


「美月さん。これから話すことは覚悟もって聞いてほしい。それと……心の中にだけ留めといて」


 梨花りかの念押しに頷く。美月の覚悟を感じ取った梨花りかは口を開いた。


しょうちゃんね、昔いじめられてたの。でも、いじめの原因は彼が何かしたとかそういったことじゃないの。原因は父親。犯罪者の息子って言われて、『動物殺してみろよ』とか『女の子を襲ってみな』とかって」


 歯を食いしばりながら、凄惨せいさんな過去を語っていく梨花。


 彼女の言葉ひとつひとつが重く感じられる。


 だが、自分の言葉に正直な梨花は、苦しそうにしながらも、語るのをやめない。


「私それを見てて辛かった。何もしてあげられなかった。そうして、中学の頃、彼の父親が逮捕されて、彼は母方の祖父母に引き取られた。翔ちゃんと離れるのは辛かったけど、翔ちゃんにとってはよかったと思う。誰も彼のことを知らない場所に行けて、解放されたから。なのに……」


 翔兎しょうとはこの街に戻ってきてしまった。保釈金を払って釈放された父親に無理やり連れ戻されて。


 梨花りかは泣いていた。彼を思う気持ちが強いからだろう。そんな彼女に美月は「ありがとう」と言い、その場を去った。

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