第8話 憧れ

翔兎しょうとくーん」


 待ち合わせの駅で手を振りながら、大声で名前を呼ぶ美月。少しだけ周りから見られて恥ずかしい。


「どうしたの?」


 固まる翔兎しょうとに話しかける。だが、反応がなく、不思議に思った美月は、顔の前で手を振って、彼が大丈夫か確認を取ると、翔兎はようやく反応した。


「ごめん。見惚みとれてた」


 笑いながら美月の美しさに魅了されていたことを言うが、それも仕方のないことだろう。


 かなり気合を入れたのか、いつもの美月の百倍、綺麗だ。


 腰までかかる艶やかな黒い髪。無地Tシャツ。白のフレアスカート。シルエット自体はとてもシンプルだが、彼女はそれだけでえる見た目をしていて、付け足すことが邪推じゃすいと感じさせるきらびやかさだった。大和撫子やまとなでしこという言葉は彼女のためにあるのではないかと錯覚するくいらに。


「もう! ほめたって何も出ないよ」


 められ慣れていないのか、いつもより早口で、誰がどう見ても照れ隠しにしか見えない。


 よほど恥ずかしかったのか、彼女は次の行動に移るのも早かった。


「それより早く!」


「待ってよ!」


「早くしないと、整理券無くなっちゃうよ!」


 いつもの調子で手を引いて美月が彼をリードする。


 こういった大雑把で警戒心が薄い点がなければ、理想の女性なのだが……どうやら完璧な人間というのはこの世にいないらしい。


 目的のライブハウスに到着。


「整理券ってまだありますか!」


 鑑賞したい欲が強すぎて、勢い余って強い口調になってしまう。少しだけ受付のお姉さんがびっくりしていたが、すぐに、「ありますよ。楽しんでくださいね!」と煌びやかな笑顔で言われた。


「それより、ライブハウスってなんだから緊張するね」


「そう? 私はワクワクするけどなー」


 初めてやってきた場所でも楽しみに変えられる美月が羨ましい。それに加え自分は……


(半分流されてだからな)


 罪滅ぼしの名目でこの場にいることが少し面目ない。


 OCEANオーシャンのライブまであと三十分近くある。それまで暇だ。


 やる事がない二人だが、美月は何も知らない翔兎にOCEANオーシャンの事を教えてくれる。


「彼らは十年前の今日──八月十三日にバンドを結成したんだ。最初の内はね、彼らも注目されてなかったんだけど……ある転換期が訪れたの!」


 目をキラキラとさせながら楽しそうに話している彼女の姿を見て翔兎しょうとは頬を緩めた。


「あっ、今日初めて笑ったよね」


「そうかな?」


「うん。で、彼らがね。このライブハウスでライブをした時、アクシデントがあったんだけど、それすらも演出に組み込んでね。それが凄いって口コミで広がって、人気もどんどん鰻登うなぎのぼりりに上がっていったんだって」


「だから、凱旋がいせんライブをこのライブハウスでやるってわけね」


「そう! 感謝の気持ちもあるってわけだね」


 感謝や思い出を忘れない。それがOCEANオーシャンというバンドの根っこにあるものらしい。


 美月はOCEANオーシャンについて更に教えてくれた。


 デビュー曲──『黄昏たそがれのロンド』やバンドメンバーの構成など、彼らのありとあらゆる情報が入れられた。


 観る前にこれを知れたのは良かったと思う。せっかく来たのなら、興味がなくても楽しみたい。


 ライブが始まる。


 二人で最前列を確保しようとしたが、制服を着た少年に既に確保されていた。


 仕方なく二番目の席を確保し、彼らのライブが始まるのを待つ。そして……お待ちかねの人物が登場した。


 バンドメンバーの構成はベーシックなバンド。


 ギターボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムである。


 ボーカルの男がMCをしていく。


「今日は、俺たちの凱旋ライブに参加してくれてありがとう! いつも応援してくれている皆んなのおかげで俺たちはここまで来れた。本当に感謝してる。これは俺たちからのささやかなプレゼントだ! 今日は楽しんでくれよ!」


『おぉぉぉぉー!」


 彼らのファンが歓声を上げる。ライブハウスが揺れ、熱狂がハウス全体を包み込む。


 熱く、心揺さぶられるものがあり、それを体全身で感じられる。


「最初は俺たちのデビューソング──『黄昏たそがれのロンド』だ!」


 そう言い、彼らが演奏を始める。


 ギターボーカルの男が、ギターを一音鳴らし、次にドラムがスネアを叩く。そして……


 イントロが流れ、曲が翔兎しょうとの鼓膜を振動する。すると……


 世界が一瞬にして変わった。


 異世界に舞い降りたと表現しても遜色そんしょくない。


 彼の心を射抜き、目の前の男たちに目を釘付けにされる。


 本来なら飛び跳ねたりして盛り上がった方がいいのだろうが、周りの人間と同じようにはできない。


 体が動かないのだ。


 感銘かんめいを受け、涙すら流れてくる。それ程、彼らの演奏は翔兎しょうとの心を鷲掴みにした。


翔兎しょうと君! 凄いね!」


 美月の言葉に翔兎しょうとは頷くだけで言葉を返せない。


 こんな感情は生まれて初めてだった。たった一音で見るものを感動させる演奏力は神業と称する以外、翔兎しょうとには表現方法がわからなかった。同時に彼らが多くの人間に支持されている理由が理解もできた。


 翔兎しょうとの感動とはよそに、彼らの演奏は続いていく。


 会場のボルテージは、曲が増えるほど上がっていき、最終的には熱狂だけで会場を燃え上がらせるほどであった。




「あれ?」


 誰もが自分なりに盛り上がっている中で、美月の前にいた人物が棒立ちのままステージ上を見ている。


 翔兎しょうととは違う異質。感動しているわけでもなく、当然熱狂しているわけでもない。


 あまりに異質すぎる少年が気になった美月は、彼の肩を叩いてしまっていた。


 少年は急な美月の行動に体をはねらせる。


「なんだよ」


 突然肩を叩かれた男は、美月をにらみつけ舌打ちをして不機嫌になる。


 男の威圧を受け、背筋に寒気が走るが、すぐに「余計なことしちゃったかなー」と、自分の行いを反省する。


 ライブは想像以上に盛り上がり、最後まで熱狂が覚めることはなかった。


「楽しかったねー」


「…………」


翔兎しょうと君? 大丈夫?」


「あっ! 大丈夫だよ。思った以上に楽しめた」


 ライブ開始前より、表情が柔らかくなった彼を見て、美月も嬉しくなる。


 「喉乾いたし、飲み物買って帰ろうか」


 ライブハウスでドリンクを注文。美月はオレンジジュースを翔兎はコーラにした。


 ハウス内に置かれている椅子に座り休憩……と思っていると、目の端に先程の学生服の少年が映った。


「翔兎君、これ持ってて!」


 少年が気になり、無意識に彼の元へ駆けていく。「待って!」と声をかけ、少年の肩に触れる。


 少年は立ち止まり、美月の方を見た。


「またお前かよ。関係ねぇだろ!」


 舌打ちしながら、無理矢理に美月の手を振り払い、ライブハウスを出て行った。


 その後ろ姿が美月には少し切なく感じた。


 少しショックを受けた美月は、翔兎しょうとのところに戻ろうとする。が、何かを踏んだ感触があっので下を向く。


「これは……」


 踏んだ何か──学生証を拾い、いけないとは思いつつも書かれている情報を見る。


 書かれていた情報に美月は驚きを見せた。なぜなら、そこに書いてあった名前には『神門春樹じんもんはるき』と書かれていたからだ。


「まさかねー」


 『神門じんもん』といえば、OCEANオーシャンのドラム担当、神門夏弥じんもんなつやと同じ苗字。


 しかし、『神門じんもん』などという苗字珍しく、たまたま同姓の人が彼らのライブを見に来たとは考えづらい。もし、あったとしてもそんな可能性は天文学的数値に近いだろう。


 なら、考えられる可能性はひとつ。


「もしかして! もしかして!……兄弟ですかー」


 頭に浮かんだ可能性が自分の中で確信へと変わった途端、周りの目など気にせす、美月は思っている事を口に出した。

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