第3話 人間の業

「お待たせ! 」


 一度帰宅した美月は、翔兎との待ち合わせ場所の駅前へと到着した。


 今日は打ち合わせなのだが、彼が勉強を教えて欲しいと言ってきたので、勉強会も兼ねている。


「予定通り俺の家でいい? 抵抗感あるかもしれないから、一応別の場所ってのも考えてあるけど……」


「いいよ! 私も練習したいからさ」


 ギターバッグをぶら下げながら、陽気に応える。そんな彼女を見て、「いいのかよ」と翔兎は呟く。


「なんか言った?」


「いや、なんでもない」


 翔兎の言葉に首を傾げる。不思議そうに思ってはいても、心の底は純粋無垢な女の子。


 なんの勘ぐりもせず、美月は言われるがままに翔兎しょうとの家へと向かっていく。


「そういえばあれから一週間程経つけど、メンバーは集まってる?」


「全然ダメ。部活の勧誘も頑張ってるんだけどなー、私って敬遠されてるのかなー」


「僕はそんな風には思わないけど。僕の親父の方が敬遠されてるし……そういえば、あのクソ親父、僕になんか受け取っとけって命令してきたな。自分でやれよ」


 親の悪口を聞いて彼女は苦笑する。


 自分にとって、親の悪口は無縁だからだ。


 楽しく雑談をしながら、銀河ぎんが家に着く。


 彼がお茶菓子を出してくれたので、お言葉に甘えていただきながら、本番の勉強会へと入っていく。


 翔兎しょうとは成績が悪いらしい。


 偏差値五十である桜花おうか学園にも、ギリギリ合格でき、勉強についていくだけで苦労しているとも言っていた。


 なので特待生の美月に勉強を教えてもらえないか頼んできたのだ。


 翔兎しょうとつまずいていた数学の問題を、美月は的確に教えていく。


 彼女の説明がわかりやすかったのか、翔兎しょうとの手もスラスラと進んでいく。


 それを見て、大丈夫だと思った美月は、持っていたギターを取り出した。


「ちょっと音出すけど、大丈夫?」


「いいよ」


 翔兎しょうとに承諾を取り、演奏を始めていく。


 部屋の中にゆったりとした癒し系の音が広がっていき、自然と心が洗われるような感覚を覚えた。


 演奏しながら、翔兎しょうとの進捗を確認する。自分の演奏が邪魔になってないか気になったから。


 彼の方を見ると、翔兎しょうとも美月の方を凝視していた。


「やっぱり、うるさかった?」


 やはり美月も女性なので、異性にジロジロと見られると恥ずかしいという感情は出てくる。


 だが、翔兎しょうとは「大丈夫」と端的に一言発すると、「ちょっと休憩しない?」と、まだ三十分も経っていないのに提案してきた。


 美月としてはどちらでもいいので、彼の意見を受け入れる。


 いつも通り、ゴロゴロする翔兎。ゲームをやらないかと提案されるが、美月としてはバンドの話がしたい。


 そちらに無理やり持っていき、さらには……


翔兎しょうと君音楽センスあるし、一回ギターやってみない! 私が担当してもいいけど……メンバー勧誘の芳しさから見ると、二人でやっていかないとけないかもしれないし……私が別の楽器を演奏する方法も視野に入れた方がいいと思って」


 無茶振りと感じられる提案をするのだった。


「じゃあ。ちょっとだけ……」


 美月の熱量により、渋々承諾。彼女のギターを持ち、わからないなりに音を鳴らす。


「えーっとね、指は立てて、指先で抑えるようにすると鳴らしたい音が鳴るよ。こんな風にね」


 後ろから彼の体に密着し、ギターの弾き方を教えていくが、翔兎しょうとが慌てて美月から距離を取り、頬を赤らめさせていく。


「あっ、ごめん。教えるのに夢中で……なんかごめんね」


 翔兎しょうとの顔を見て、自分がやった事がどれだけ年頃の男子には刺激的だったかを痛感する。


 翔兎しょうとがその場を立ち、部屋を出ていった。


 

 部屋を出た翔兎はトイレにいた。


 呼吸を荒げ、自分の陰茎いんけいに触れる。


「くそ!」


 トイレの壁を思い切り殴りつけ、怒りをぶつける。


 あの女がいけないんだ。それが今の翔兎の本音だ。


 純粋無垢で、無意識に男を誘惑する。彼女自身にそんなつもりはない。それがタチの悪さを際立たせる。


 トイレで一通り落ち着きを取り戻した後、自分の理性を信じ、翔兎しょうとは部屋へと戻っていった。




「ごめん! ちょっとお手洗いに行ってたんだ」


 陽気に取り繕い、場の空気を戻そうとしている翔兎を見て、美月は苦笑いを浮かべる。


 正直気まずい。


 無理やり取り繕って一緒の空間にいるのも苦しいくらいだ。


「私、今日は帰るね」


 場の空気と先ほどの件を思い出し、彼女はギターバッグを肩にかけ、立ち上がった。


 だが、彼の家を出て行こうとした時、翔兎しょうとが急に手を取ってきた。


「どうしたの?」


 何も喋らない翔兎しょうとを見て、美月は恐怖を覚える。


「お前が悪いんだよ……」


 その一言の後に、無理やり押し倒される。


「きゃっ!」


 息を荒げ、美月の顔を凝視している。


 男がこんな行為をするのは、ひとつしいかない。これから何をされるのかを理解した美月は、抵抗しようとするが、女の力では抵抗するのも一苦労だった。


 翔兎が美月のボタンに手を伸ばす。


 もうダメだ。と思い、現実から目を逸らすように目を瞑った。その時……インターホンが鳴った。


 宅配便が声をかけ、その声に翔兎しょうとは我に帰った。


「ごめん……」


 美月は涙目で翔兎しょうとを睨み、彼の手を跳ね除けた後、急いで家を飛び出した。


「おかえ……り」


 帰宅後、下を向き自室に直行する美月。


 ギターを投げるように置き、壁にもたれかかり、うずくまる美月。


 その目には大粒の涙が流れる。あの時のように信じていた人の裏切りを目の当たりにして……

 


 

 

 

 

 

 

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