第二章 アストン家のお屋敷にて
2-1
チェリーの住んでいた背割り長屋もひどいものであったが、
「
ヘンリエットと名乗った元
(男手が全然ないのかしら。どこの家も、男性使用人から減っていくものよね。お給料が高いのもあるし、いまは
会話をする二人を
「怖がらなくても
「チェリー、お化けってなに? 怖い?」
それはね、と説明しようとしたところで、ノエルがさらに怖がってしまうと気付き、チェリーは口をつぐんだ。
(いけない。やっぱり家に帰りたいって泣き出しちゃったら大変)
楽しい話をしよう、とチェリーはあたりをぐるりと見回してから、屋敷を見上げた。
「ほら、ノエル、よく見て。とても
すうっと深呼吸をすると、
「おいしいの?」
ノエルは、チェリーを
「
思えば、長屋暮らしは本当に散々だった。壁は
それに比べて、アストン家のお屋敷は見た目こそ
子どもの頃、田舎の
「お化けではなく、
「ようせい?」
二人で息を
「ここが今日からあなたたちの暮らす家です。荷物は自分で持ちなさい」
長屋から持ち出してきたのは、ぼろぼろの衣類と長らく使っていた
チェリーは、よいしょ、と
「私達のお部屋はどこですか? 当主の妻と言っても、
んんっと咳払いをすると、ヘンリエットはドレスをつまんで、横合いから雑草の飛び出した道を屋敷に向かって歩き出した。足元悪いけど大丈夫かしら? と思いつつ、チェリーは片手に荷物、もう片方の手はノエルと手を
「みんな
マリアという初老の女性が、二階の一室までチェリーとノエルを案内しがてら、屋敷の住人について説明をしてくれたのだ。
当主バーナードが不在のこの家には、ヘンリエットの他には、当主の妹のキャロライナと、台所周りを担当しているというメイドのマリアしか、いなかったのである。
*****
「この部屋は好きに使ってください。必要なものがあれば
部屋の前で、マリアは「掃除は間に合ってなくて……」と
チェリーはドアノブを
「お部屋がたくさんあるって
つとめて明るく言うと、
もふっと、足元で
「チェリー、怖くない?」
ドアの前で立ちすくんだノエルが、
背中で聞きながら、チェリーは静まり返った部屋の中を見回した。
壁に四つ並んだ上げ下げ窓から、弱い光が差し込んでいる。
家具は
そのどれもこれもが埃にまみれ、かびくさい匂いがしていたが、チェリーは思わず「うわぁ……!」と
「ノエル、見てみて! すごいベッドがあるわよ!
「ベッド?」
きょとんとしているノエルに片目を
「掃除しよ、掃除。窓を開けて、埃を
がばっと起き上がり、壁際まで
風がさあっと
窓は前庭に面していて、高い木が視界に入ってくる。その周辺には、やや背の低い木々が並んでいるのが見えた。チェリーは目を
「春で良かった」
ん? とノエルが聞き返してきた。チェリーは、荒れ果てた前庭を見ながら「春は種まきの季節だから」と答えた。
「あのお庭を遊ばせておくのは、もったいない。手入れするひとがいないなら、私が使ってもいいかしら。今から種をまけば、秋にはたくさんの野菜を
「庭で…あそぶ?」
「そう、それもいいわね!
気が
その驚いた顔がおかしくて、チェリーは声を上げて笑う。
「さて、まずは
あれもしよう、これもしようと思いながらチェリーはベッドへ引き返す。ノエルは子どもの
チェリーは振り返って、ノエルへと笑いかける。
「キッチン担当のメイドさんがいるのよ、今日からごはんの心配はしなくてすむわ。夢みたい。朝起きたときは、こんな素敵なことになるなんて、考えもしなかった」
明るく話すチェリーであったが、内心少しだけ心配していた。
(お屋敷は立派だけど、使用人はマリアさんただひとり。遺族年金をあてにしているってことは、金銭的に苦しいのよね。急に増えた二人分の食事は、用意されているの? いいえ、今から心配しても仕方ない。ノエルの分はあるはず。私の分は……)
果たして、チェリーのその不安は的中することとなる。
その夜の食事は、
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