柘榴色のドレスを着た女②



 馬車がとうちゃくし、ダメ押しでもう一度だけバルディ様に「帰りたい」と伝えたが、「だいじょう、捜査中はオレが側にいるから」と、明後日あさってな方向の返事をされた。


 そんな心配はしてないです、単に面倒だから帰りたいだけです……。

 こうなっては仕方がない。

 けいドラマの主人公の後ろにひかえる捜査員Cとしてモブになろう。


 バルディ様にエスコートされながら、しぶしぶ子爵邸の敷地内へと足をれる。


 門から庭、ていないでも子爵邸の護衛騎士とは別に衛兵隊の方々が捜索に当たっているようで、なかなかに物々しいふんだ。バルディ様が軽く手をあげてあいさつをしている。


 こんないかにも「刑事ドラマの事件現場」という中に私がいてもいいものか……、うぅ、早く帰ってストロベリーチーズケーキアップルパイを食べたい。

 これ、名前だけ聞くとイチゴなの、りんごなの? チーズケーキなの、パイなの? ってなるけど、パイ生地にチーズケーキの生地とりんごを入れてソースとしてイチゴジャムを……。


 と、現実とうをしていたら、ガチャッと子爵邸のとびらの開く音がした。


「バルディ、待っていたぞ!」


 バルディ様と同じ黒の隊服の騎士様がげんかんから飛び出してきた。熊みたいな雰囲気のおおがらな男性で、バルディ様と背はそう変わらないのに筋肉量が三割増しだ。


「ん? そちらのごれいじょうは?」


「兄が推挙した第五騎士団のアドバイザーです。そして、オレの婚約者です」


「おぉ、隊長から話は聞いているぞ! 婚約もおめでとう!」


 満面のみで祝福された。

 婚約者(仮)ですけどね、って言いたい~。でも言えない~。


「アリシャ嬢、こちらは第五騎士団のマークス・ネイビー副隊長だ」


「私は捜査員C……いえ、お初にお目にかかります。ヒルヘイス子爵家のむすめ、アリシャと申します」


「そんなかしこまらなくて大丈夫! オレのことは副隊長でも、熊でも筋肉でも好きに呼んでくれ!」


 いえ……、実際、年上の男性を「おい、熊」とか「そこの筋肉」とか呼べませんよね? 

 返事に困るボケはやめてください。

 こんわくしている私の横でバルディ様が苦笑しつつ、副隊長さんにたずねた。


「事件に何か進展はありましたか?」


「ないな。夫人と甥があやしいのは変わりないため、交代で別邸を見張らせているが……」


かんしているのなら証拠品はまだ別邸内に……」


 と、いけないいけない。

 つぶやいたしゅんかんチラッとバルディ様に見られたので、すっと視線をらした。


「アリシャ嬢、何か気づいたことでも?」


「イエ、ナニモ……」


「まさかと思うが、犯人に逃げられてもいいと?」


 いいわけ、ない。

 しかし、専門家でもない私のなんちゃって推理で事を進めていいものか……、ここにきて迷いが生じた。発言には責任がともなう。私は捜査員Cでしかない。

 前世のおくで見たドラマではこうでした、なんてことがそう何度も役に立つわけがない。


 迷っていると、バルディ様にぐっと手をにぎられた。


「アリシャ嬢、君を引き込んだのはオレだ。リスクも責任もすべてオレが負う。たとえ君の推測が間違っていたとしても、その判断を下すのはオレで、君には何の責任もない」


 バ、バルディ様……、すみません、今、何だかかっこいい感じに話してくれたのでしょうが、手、手が大きいです。指が長い。なんか熱いしゴツゴツしていて……、間違いなく成人した男性の手。お父様の手とも違って、みょうに意識してしまう。


 バルディ様に早く手を放してほしくて、私はさりげなく手をりほどきながらまくしたてるように答えた。


「お、甥が証拠を隠している可能性がありますっ。先に裏付けをとりたいので、彼が動かないように引き続き見張りを続けてください!」


「ということは……」


 副隊長さんがゴクリとのどを鳴らす。私は頷いてこうていする。


みなさまが疑っている通り、甥が犯人でほぼ間違いないと思います。証拠を固めるために、先に共犯者がいないかさぐりたいです」


「よし、わかった、任せろ!」


 副隊長さんはそう言うと、子爵家の家令を呼んできた。


「案内なしで邸内を歩くと夫人から苦情がくるからな。家令を連れて来た! 夫人は話にならん。じゃ、オレは別邸周辺にありいっぴき通さないよう見張ってくる」


 副隊長さんは風のように家令を連れてきて風のように別邸に向かって走り出した。やはり脳筋……、いえ、実直な方のようです。


 呼ばれた家令は部外者の私がいることにも表情ひとつ変えず深々と頭を下げた。


だんさまを……、どうか旦那様を襲った犯人をつかまえてください。使用人一同どのような協力でもいたします」


 心からの言葉だと思えた。情報通り、子爵様は使用人達からしたわれているのね。


「バルディ様はすでに屋敷の皆様から話を聞いたのですよね?」


「一通りは聞いたが……、じょせいじんがな。思っていた以上に口がかたくて……」


 家令が申し訳なさそうに言う。


「副隊長様はあの通り声も体も大きく、他の方々は……」


「オレ達にも問題があったのか?」


 バルディ様がちょっと驚いたように言うと、家令が深々と頷いた。


みなさまうるわしい方達ばかりで、その、ずかしくて話せなかったようです」


 察し。


 それはそうでしょう。まったく興味のない私でもバルディ様に顔をのぞまれるとドキッとしてしまうもの。条件反射のように顔も赤くなる。

 かっこいいと意識していたら、とても冷静に話せないだろう。やとぬしの不利になりかねないことならば、なおのことだ。


「であれば、女性陣には私から話を聞いてみます。ちょうど夫人の担当メイドさんにかくにんしたいこともありますし」


 家令にお願いをして、子爵様及び夫人の身の回りの世話を担当しているメイド全員をきゅうけいしつに集めてもらった。


 そうがかりが三人と、来客対応やきゅう担当が一人、残り二人は子爵夫人付き。そしてメイド達をとうかつするメイド長で七人だ。


 バルディ様には廊下で待っていてもらい、私と家令で室内に入った。


「こちらは第五騎士団よりらいを受けて来てくださったヒルヘイス子爵令嬢だ。皆、旦那様のためにも協力をするように」


「アリシャと申します。捜査のお手伝いと言っても私はただ皆さんがだんどのようにお仕事されているかをお伺いしたかっただけです。どうかねなく、どうりょうの一人だと思って気軽にお話を聞かせてくださいね?」


 筋肉だるまやごくじょうイケメン達による取り調べが続き、メイドさん達は気が休まらなかったのだろう。THE・つうそういんCの私が話しかけただけで、あんの様子がうかがえる。


「では早速……、子爵夫人は赤色のドレスを持っていますか?」


 メイド達の顔色を見ればわかる。夫人付きの二人がかなりどうようしていた。ならばと私はたたみかける。


「そのドレスはサイドファスナーで、一人でも着られるものではないですか?」


 メイド二人が手に手を取り合ってふるえながら頷いた。


「い、いつの間にか一着、なくなっていて……」

「でも奥様に知られたらクビになると思い、い、言えなかったのです」

「いつごろ、なくなったことに気づきましたか?」


 震えている二人にメイド長がやさしくさとす。


「正直に話しなさい。旦那様のためです」

「は、はい……。週に一度、クローゼットのお掃除をしています。十日前のお掃除の時にはありましたが、三日前にはなくなっていました」

「夫人のクローゼットに出入りできるのは貴女方あなたがただけですか?」

「わ、私達はぬすんだりしていませんっ」


 疑われていると思ったのか、二人はわっと泣き出してしまう。私は誤解させないようおだやかに声をかけた。


「心配しないでください。貴女達が盗んでいないことはわかっています。他に持ち出せる人がいないか、盗まれるすきがなかったのかを知りたいのです」


 すんすんと泣いている二人の代わりに、メイド長が答えた。


「クローゼットには高価なアクセサリーもあるため鍵がかけられています。鍵は奥様と家令、それに私が持っています。彼女達がクローゼットに入る日は私の鍵を貸しています」


 となると、他のメイド達や使用人は目を盗んでしのむか、鍵を盗むしかない。盗むといっても、そんな簡単なことではないわよね。


 あとは金髪のカツラと赤いリボン。重ねて尋ねると、夫人のクローゼットの中にあるとは思うが確実にあるかどうかまでは覚えていないとのことだった。


「リボンだけでも何百本とあります。つけ毛も……、奥様の髪色からそうでないものまで髪の量を変えていくつかございます」


 リボンは確認しようがないか。赤いリボンは私でも二、三本持っている。カツラは背後から見て女性に見えれば良いだけだ。現物を見つけてからの裏付けで十分だろう。


「教えてくださってありがとうございます。では皆様、あとは事件当時の夫人の様子と、別邸で暮らす甥の話を聞かせてください」


 ようやくなみだが止まったのか夫人付きのメイド二人が答えた。


「は、はい……、事件があった時間、奥様は部屋にいて、しゅうをしておりました」

「普段はお一人で過ごされるか、別邸にいらっしゃることが多いのですが……」


 そこで二人は、顔を見合わせる。


「昨日に限っては、たまには皆で刺繍でもどうかとさそわれて……」


めずらしいこともあるものだなといっしょに刺繍をしておりました」


 あらあらあら、ここでいつもはやらない行動を起こしての、てっぺきのアリバイ作りはかえって不自然だというのに……。


「では夫人の甥はどうでしょう?」


 私がかくしんに迫せまった問いを向けると、七人で目くばせというか「どうする?」といったけいかいした空気がただよう。うーん、皆さん口が堅い。ぺらぺら話せない事情でもあるのかしら。


 するとここで、家令からの思わぬえんしゃげきを受けた。


「皆、正直に言って構わない。あのはじらずには私だって思うところがある」


 おお、家令さんナイス。そうですそうです、言ってしまいましょうよ! と私もがおで乗っかる。


「そうですよ皆様! この際、思っていることは全部話しておきましょう。子爵様にとって不都合な話は無理に聞きませんから。聞きたいのは夫人とその甥の話です。それに……実はここだけの話――私もどうかと思っていたんですよ~」


 最後はさも私も事情を知っているかのように適当トークをかましてみた。

 事情を知っている相手ならば、話してもいいか、という空気が漂う。

 そして誰かが口火を切ればあとはいもづる式に……とそわそわ見守っていると、「実は……」と、メイドの一人が食いついた。


「別邸に移ってからは、あの方は奥様が声をかけない限り出てきませんでした」


「旦那様が大変な時も、手伝いもせず、別邸に引きこもってばかりで」


「奥様もそれをとがめないし……、それに時々、二人で見つめ合っているっていうか……なんかそれがちょっと……、だいぶアレで……」


 メイド長がふんっと鼻を鳴らしててるように言った。


「お二人の間にはもはや我々など不要なのですよ」


 それを皮切りに、出るわ出るわ。


 あれこれととんでもない二人のばくばなしが飛び出し、私はほくほく顔で家令とともに使用人達の休憩室を出たのだった。

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