柘榴色のドレスを着た女①




 あぁ、ついにこんやくしゃ(仮)ができてしまった。しかもこうしゃくれいそくで肉体派モデルのようなイケメンの……。少し落ち着く時間がほしいわぁ。


 できれば五年か十年くらい。


 そう思っていたのに、翌日にはバルディ様が私をむかえに来てしまった。本日はだんの制服で、これが黒の上下ですこぶるかっこいい。


 クラスメイトが言うには「騎士団の制服は隊によって色がちがうの! このへいは白で、王城の警備隊はいめの青で……、私がひそかに一番かっこいいと思っているのは黒!」とのことでした。


 えぇ、認めましょう。おそろしくかっこいいです、黒の隊服は。

 隊服のせいではくりょく三割増しのバルディ様が言った。


さっきゅうに解決したい事件がある。おう殿でんからもたのまれている案件だ」


 私が言うのもなんですが、婚約者と顔を合わせて第一声がそれってどうなのでしょう。


 って、言いたい~。けど、言えない~。


「いや、声に出ているぞ。めたほうが良かったか? 今日のよそおいはずいぶんと地味なものに見えるが……、もとが可愛かわいらしいのでせいれんな花のようだな」


「わ……」


「わ?」


「私が悪うございました……。事件の話をうかがいます」


 そう……、さきれで殺人すい事件があったと聞いていたため、本日の装いはモスグリーン一色のかざりの少ないドレスにかみもまとめて後頭部でお団子にしていた。


「今日は時間があまりないが、日を改めてしんぼくを深める機会を作ろう」


 うぅ、そんな時間、私には不要です。そう協力はあくまでも「必要な時だけ」とのお話だったが、さっそく、必要になってしまったようだ。


 バルディ様のエスコートで公爵家の馬車へと乗り込む。もんもなく地味な馬車だったが、乗りごこはさすが公爵家……。れが少なく座面がふかふかしている。


 私は進行方向を向いて、バルディ様がそのななめ向かいに座った。事件のしょうさいが語られる。


「昨日、王都内のジフロフしゃくで当主のシアン・ジフロフ子爵が何者かにおそわれた。すぐに衛兵隊が呼ばれたが、犯人たいどころか手がかりも見つかっていないため、オレが所属する第五騎士団に声がかかった」


 第五騎士団……別名「とくしゅそうたい」。 領地、国境をえた広域犯罪や難事件を担当している部署とのこと。


 え、何、そのちょっとかっこよさげな部隊。あれでしょ、少数せいえいのスペシャリスト達が難事件にいどむ……って海外ドラマでよく見てたやつ。バディではなくチーム戦。個性派ぞろいのメンバーが特技を生かしつつ総合力で悪をめる。


 バルディ様の職場に興味なんてありませんけど、たぶんいるよね、神経質そうなせた研究者とかちょうはつ眼鏡のマッドサイエンティストとかクールなねえさん……。


「何を考えている?」

「……へ?」

「変な顔をして笑っていたぞ」

「いえ、別に、全然、何も……、はい、後ろ暗いことなど考えたりしておりません」

「後ろ暗いことを考えていたんだな」


 バルディ様にしっかり断定されてしまった。


「そういうわけではないのですが、ただ……、バルディ様の職場には神経質そうな痩せた研究者とか、長髪眼鏡の天才科学者がいたりするのかなぁと思って」


 アホなことを考えていてすみません……と謝ったら。


「会ったことがあるのか? あいつらは研究室からほとんど出ないで、そのまままりむ日も多いのに……」


 いるんかーいっ、と、コテコテのツッコミをしてしまいました。心の中で。


「アリシャじょうはいつ、会ったんだ? よく彼らが第五騎士団だとわかったな」


 バルディ様が心底おどろいた様子で聞いてくる。


「えっと……、特殊捜査隊と聞いて、こう、頭の中で、そういった一風変わった人達がいるのでは? と想像しただけです」


 バルディ様は感心したようにうなずいた。


「やはりアリシャ嬢はすごいな。どうやったらそこまで推察できるのか……」


 えぇ、それはもう何十本、何百本とその手のドラマを見て本を読めば。


「ちなみにその方、丸い眼鏡をかけていたりは……」


 その一言にバルディ様がだまんだ。まさか……、まさかの!


「あいつは小さめの丸い眼鏡……だな。本当にアリシャ嬢は会ったことがないのか?」

がみさまちかって申し上げます。会ったことはもちろん存在も知りませんでした」


 ただ、あるある、なんです! 異世界でも適用される創作あるある、おそるべし。


 コホン。

 さて、時間もあまりありませんし、話を本題にもどしましょう。


 私がそううながすと、バルディ様も「そうだな」と事件のあらましを語り始めた。


 王城の近く、王都の一角にある貴族街。


 そこには多くの高位貴族のしきがある。下位貴族は、所属するばつや予算と相談をして貴族街の中でも北側、商業地区に近い場所に居を構えていた。


 今日訪ねるジフロフ子爵様の領地はおりものの産地として有名で、らしいを織るだけでなく加工品でも名をせていた。さらにドレス専門の高級ブティックでは王妃様のドレスもけていて、その評判から予約をしても納品は最短で一年後と言われる人気店だ。うちと同じ子爵家ではあるものの、商売で成功を収めた勢いのある家門である。


 事件はこのジフロフ子爵様が王都内に持つ屋敷で起きたという。


「子爵は一階のしつしつにいた。そこにはテラスが作られていて、庭に出ることもできる。天気がい日はそこでお茶を楽しんだり、夫人とランチを食べることもあるそうだ」


 季節は春。初夏というには少し早い。絶好の外ランチ日和びよりだろう。


「子爵は午前中は一人で仕事をすることが多く、昨日も一人だった。過ごしやすい時季だったため、窓を開けていた」


 屋敷の造りはいっぱんてきな貴族ていたくと同じ。


 ほんていべってい使ようにんとう、あとはこうらした庭園。お客様から見えない位置には菜園や果樹園まであるという。


「机に向かって仕事をしていた子爵は、とつぜん背後から頭をなぐられた」


 子爵様は殴られた勢いでから転がり落ち、その物音でろうに立っていた護衛の騎士が室内に飛び込んだ。


 そこでテラスから庭へとげていく女の姿を見たという。


 金色の髪に、濃い赤色の大きなリボン。ドレスも同じ赤色だった。


 騎士はいっしゅん迷ったが、女の足ならすぐに追いつけると思い、まずは助けを呼んだ。すぐに家令とメイド達がけつけたので、子爵様のことを任せて騎士は女の後を追った。しかし、逃げた女は見つからなかったそうだ。


「子爵邸も他の貴族家同様、高いへいで囲まれており、門には門番が二人立っている。塀はレンガ造りで人が出入りできそうな穴もない。使用人が使う通用門は内側からかぎがかけられていて、鍵を持っていない人間に開けることはできない」


 犯行は昼前で赤いドレスの女が走り去れば、人通りの少ない貴族街でもかなり目立つ。

 犯行時間や立地から犯人がしきの外に出たとは考えにくく、おそらくどこかにひそんでいると目された。


 家令の判断で衛兵隊が呼ばれ、護衛騎士達とともに赤いドレスの女をさがした。子爵様のおいが一人で暮らしている別邸、使用人棟、にわとり小屋や馬の飼い葉の中まであさったが……。


もくげき情報といっする女性はこつぜんと姿を消したまま、見つかっていない」


 今ある情報は次の通り。


 子爵様が襲われた時、テラスに出る窓は開放されていた。


 子爵様は一命をとりとめたが、予断を許さないじょうきょう


 犯人は赤いドレスを着たきんぱつの女性で、目撃した騎士は後ろ姿しか見ていない。そのためねんれい、容姿など詳細は不明。


 家令の判断ですぐに子爵邸の出入り口はふうされ、衛兵隊も呼ばれて人の出入りは厳重に管理されている。


 つまり事件後、子爵邸の敷地へ他者が出入りするのはかなり難しい状況だった。


 次にきょう。こちらは庭にあったと思われるこぶし大の石で、たおれた子爵様の側に転がっていた。状況的に凶器はこの石でちがいないとのこと。


 外部犯が塀を乗り越えてしんにゅうし子爵様を襲った……という可能性も捨て切れないが、日中、だれにも見られずに高い塀を乗り越えて来るだけの技量があれば、凶器に適当な石を選び目立つ赤い服など着ないだろう。


 内部犯だとすれば……アリバイがはっきりしている人達と、働いている場所、年齢、体型などである程度、しぼみができる。


 そして絶対にあると思われる犯行動機。今回の事件は通りすがりに「ついカッとなって子爵の頭をぶん殴った」的犯行ではない。


 まだ見つからずに逃げおおせているのがそのしょう。犯人には明確な目的と動機がある。


「バルディ様、屋敷の中に子爵様をうらんでいる方、または不仲な方はいませんか?」


「いると言えばいるが、使用人の中にはいない。ジフロフ子爵はおんこうで有名な方だ。オレも昨夜、使用人達に聞き取りをしたがみなとても心配しているようだった」


 使用人達は一様に、子爵様の回復を願っていた。しかし……、使用人以外では子爵様との関係が悪化している者達がいるという。


「ジフロフ子爵夫人とその甥だ」


「子爵夫人……ふうが不仲となる原因はうわか資産の使い込みか親族がらみ? 王道展開なら浮気だけど、まさかそんな安直な理由じゃないよね。ひねりがなさすぎるもの」


「アリシャ嬢、ひねりはひとまず置いて、話の続きをするぞ」


 バルディ様は私の余計な一言にしょうしながら続けてくれる。


 ジフロフ子爵様と夫人の仲は冷え切っていたという。そのため事件直後から現在まで、屋敷内のことは家令がすべて取り仕切っていた。


 一方で夫人は「さわぎにしたくない」と捜査に非協力的で、何を聞いても「知らない」「わからない」ばかり。加えて甥も「さぁ、本邸のことはさっぱりで……」と笑うだけ。


「犯行時刻、夫人はメイド達と過ごしていた。甥は別邸に一人でいたため、別邸が怪しいのではないかとくまなくそうさくしたが、犯人とおぼしき女性はかくれていなかった」


「なるほど……アリバイのある夫人、アリバイのない甥……消えた赤いドレスの女……これ、ドラマで見たわ。確かトラベルミステリーで……」


「アリシャ嬢? 続けてもいいか?」


 またも独り言がていた。いちいち中断させて申し訳ない。


 ジフロフ子爵夫妻が不仲となった原因は、この甥にあるという。子どもにめぐまれなかった夫妻は、夫人の姉のむすを養子として引き取ることにした。夫人の姉はミリアン商会という王都にも店を構えるおおだなとついでおり、子を何人か産んでいた。

 ミリアン商会としても織物産業で成功しているジフロフ子爵様とのつながりは願ってもないりょうえんで、すぐにえんぐみがなされた。


 甥は夫人に似た線の細い青年で、当時十六歳。


 とつぜんとくぐことになった甥は、子爵様によってすぐさま当主教育をほどこされたが、本人にやる気がない上に、夫人が何かとあまやかしてしまう。


 子爵様もはじめのうちはまんづよく教えていたが、ついに限界を迎えたのか甥を別邸に追いやってしまった。それが半年ほど前の話。


 夫人がなんとか取り成そうとしたが子爵様は聞き入れず、甥との縁を切り実家に戻すよう伝えていた。


 しかし夫人があれこれとめんどうをみていたため、甥は夫人の保護下における完全なそうろう状態――前世で言うニートというやつだ――で、明日にも子爵様が甥を追い出すのでは……と、屋敷中にきんちょう状態が続いていたタイミングで今回の事件が起きた。


「それは二人、もしくはどちらか片方でも子爵様を害する立派な動機になりますね」


「そう思って我々も捜査している。しかし、犯人のとくちょうである赤いドレスの女性が見つからないことには……」


 そうでしょうそうでしょう。

 この世界の常識では、一見めいきゅうりに思えるこの事件。

 だけど、私は前世(のサスペンスドラマ)を知る女。もう目星はついてます!


「犯人は甥でしょう」


「だが、赤いドレスを着た女性だというゆるぎない証言がある」


「だとしても、甥が第一容疑者です。現場では甥に絞って捜査を進めてください。ということで、必要最低限の協力はしたので私はここで帰らせて……」


「待て。説明を省くな、きちんとわかるように説明をしろ。犯人が女性である以上、甥が犯人である可能性は低いと思うが?」


 あぁそうか……、バルディ様にはわからないか。


 この世界の価値観だと、男性がスカートを穿くというにんしきはまるでない。


 二時間ドラマだと電車の窓から大きなつばのある黒いぼうをかぶった女性が見えたとか、タクシーに乗った女性が派手な色のスーツにサングラス姿だったとか、わざと印象に残る女性的装いで目くらましをするのはよくある手法。


 そう、これはとっても簡単なトリックなのだ。


「つまりですね、『甥がドレスを着て、犯行におよんだ』ということなのです。犯行動機があり犯行時に一人でいた人物は甥だけですし、夫人に似た線の細い青年ということなら変装で女性に見せることも可能でしょう。細身の男性なら十分ごまかせます」


 しかもあせっている護衛騎士が遠目で見ただけですもの。その場では体格より赤いドレスのほうが印象に残ってしまう。


「…………、甥が、ドレスを?」


 バルディ様が自分の服装に目を向けて、いやそうにまゆをしかめた。

 いえいえいえ、バルディ様、自分の女装姿を想像しないでーっ、それはだいぶ無理がありますから。私はちょっと見たい気もしますが、この世界では一部のマニアを除いてアウトです。


「ええっと、私で想像してみてください。まず、髪をまとめて帽子をかぶります」

「うん、かぶった……、帽子もよく似合って可愛いな」


 そうじゃないです、バルディ様……。話が進まないためここは流しましょう。


「次に服装です。平民の男の子が着るようなラフなシャツにパンツ、ベストなんてどうでしょう。で、顔や手足によごれをつけたら……」


「やんちゃな一面がかいられて随分と愛らしいが、知らずに会えば……、少年だと思うかもしれないな」


「この際私基準で考えるのは置いといてください……」


「変装か……、そういえばうちの騎士団にも変装を得意とするやつがいる」


 いるんだ……。それは年齢性別しょうどくぜつキャラとかじゃないですか? と聞いてみたい気もするが、今はジフロフ子爵様の件を解決しなくてはならない。


「ごなっとくいただけたのなら、私はここで帰らせて……」


「ダメだ。馬車から飛び降りる気か?」

 

 こしかせると、私のとなりに移動してきたバルディ様にしっかりと腰をホールドされてしまった。ぎょしゃに「停車」をお願いしようと思っただけで、さすがに馬車から飛び降りたりはしませんよ。


何故なぜですか? 私は部外者ですよ。捜査は衛兵隊や騎士団のお仕事ではありませんか」

「そうだな。喜べ、アリシャ嬢には第五騎士団のアドバイザーという役職がついた。つまりオレ達の仲間だ」


 私、聞いておりませんけども?


「本人のしょうだくもなく、いつの間にそんな役職がついたのですか?」


「昨日婚約が決まってすぐに兄上が手続きをしていたぞ」


 くぅ~、あのさんくさめ……。


「もちろん対価もはらわれる。ヒルヘイス子爵とも相談をしたが、対価はアリシャ嬢の個人資産としてちょちくされ、学園を卒業後自由に使えるようになる。それまでは、何かほしいものがあればオレに言うように」


「え、今まで通りお父様にお願い……」


「オレに、言うように」


 バルディ様、腰をいたまま圧をかけるのはやめてください。それ、ナニハラですか。間違いなくナニカシラハラスメントですからね。


「どうしてもと言うのなら、えんりょしませんけど……、本当によろしいのですか?」


「ドレスや宝石を買う程度の資産はある」


「いえ、私のほしいものって、カフェの新作ケーキやてんの新商品とかですよ。貴族ようたしだけでなく、平民向けの屋台でも買うので、わざわざバルディ様にお願いするような高価なものではないんです」


 バルディ様は意外そうな顔をした後、ハハハッと声をたてて笑った。


「アリシャ嬢は本当に予想外でおもしろいな」


 えぇ、今、笑うところありました? 私はちっとも面白くないんですけど。

 あつしたり、笑ったり、一人で楽しそうですこと。と、少々、くされていると。


「事件が解決した後、カフェでも屋台でもどこにでも付き合おう。止めないから好きなだけ食べてくれ。なんなら店の商品をすべてめよう」


「いくらなんでもそんなに食べられません!」


 急に耳元でささやくように言うから、いい加減はなれてほしいという意味も込めて全力でお断りした。

 何がツボに入ったのか、それから馬車がジフロフ子爵邸に着くまでバルディ様は笑い続けていた。

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