柘榴色のドレスを着た女①
あぁ、ついに
できれば五年か十年くらい。
そう思っていたのに、翌日にはバルディ様が私を
クラスメイトが言うには「騎士団の制服は隊によって色が
えぇ、認めましょう。
隊服のせいで
「
私が言うのもなんですが、婚約者と顔を合わせて第一声がそれってどうなのでしょう。
って、言いたい~。けど、言えない~。
「いや、声に出ているぞ。
「わ……」
「わ?」
「私が悪うございました……。事件の話を
そう……、
「今日は時間があまりないが、日を改めて
うぅ、そんな時間、私には不要です。
バルディ様のエスコートで公爵家の馬車へと乗り込む。
私は進行方向を向いて、バルディ様がその
「昨日、王都内のジフロフ
第五騎士団……別名「
え、何、そのちょっとかっこよさげな部隊。あれでしょ、少数
バルディ様の職場に興味なんてありませんけど、たぶんいるよね、神経質そうな
「何を考えている?」
「……へ?」
「変な顔をして笑っていたぞ」
「いえ、別に、全然、何も……、はい、後ろ暗いことなど考えたりしておりません」
「後ろ暗いことを考えていたんだな」
バルディ様にしっかり断定されてしまった。
「そういうわけではないのですが、ただ……、バルディ様の職場には神経質そうな痩せた研究者とか、長髪眼鏡の天才科学者がいたりするのかなぁと思って」
アホなことを考えていてすみません……と謝ったら。
「会ったことがあるのか? あいつらは研究室からほとんど出ないで、そのまま
いるんかーいっ、と、コテコテのツッコミをしてしまいました。心の中で。
「アリシャ
バルディ様が心底
「えっと……、特殊捜査隊と聞いて、こう、頭の中で、そういった一風変わった人達がいるのでは? と想像しただけです」
バルディ様は感心したように
「やはりアリシャ嬢はすごいな。どうやったらそこまで推察できるのか……」
えぇ、それはもう何十本、何百本とその手のドラマを見て本を読めば。
「ちなみにその方、丸い眼鏡をかけていたりは……」
その一言にバルディ様が
「あいつは小さめの丸い眼鏡……だな。本当にアリシャ嬢は会ったことがないのか?」
「
ただ、あるある、なんです! 異世界でも適用される創作あるある、
コホン。
さて、時間もあまりありませんし、話を本題に
私がそう
王城の近く、王都の一角にある貴族街。
そこには多くの高位貴族の
今日訪ねるジフロフ子爵様の領地は
事件はこのジフロフ子爵様が王都内に持つ屋敷で起きたという。
「子爵は一階の
季節は春。初夏というには少し早い。絶好の外ランチ
「子爵は午前中は一人で仕事をすることが多く、昨日も一人だった。過ごしやすい時季だったため、窓を開けていた」
屋敷の造りは
「机に向かって仕事をしていた子爵は、
子爵様は殴られた勢いで
そこでテラスから庭へと
金色の髪に、濃い赤色の大きなリボン。ドレスも同じ赤色だった。
騎士は
「子爵邸も他の貴族家同様、高い
犯行は昼前で赤いドレスの女が走り去れば、人通りの少ない貴族街でもかなり目立つ。
犯行時間や立地から犯人が
家令の判断で衛兵隊が呼ばれ、護衛騎士達とともに赤いドレスの女を
「
今ある情報は次の通り。
子爵様が襲われた時、テラスに出る窓は開放されていた。
子爵様は一命をとりとめたが、予断を許さない
犯人は赤いドレスを着た
家令の判断ですぐに子爵邸の出入り口は
つまり事件後、子爵邸の敷地へ他者が出入りするのはかなり難しい状況だった。
次に
外部犯が塀を乗り越えて
内部犯だとすれば……アリバイがはっきりしている人達と、働いている場所、年齢、体型などである程度、
そして絶対にあると思われる犯行動機。今回の事件は通りすがりに「ついカッとなって子爵の頭をぶん殴った」的犯行ではない。
まだ見つからずに逃げおおせているのがその
「バルディ様、屋敷の中に子爵様を
「いると言えばいるが、使用人の中にはいない。ジフロフ子爵は
使用人達は一様に、子爵様の回復を願っていた。しかし……、使用人以外では子爵様との関係が悪化している者達がいるという。
「ジフロフ子爵夫人とその甥だ」
「子爵夫人……
「アリシャ嬢、ひねりはひとまず置いて、話の続きをするぞ」
バルディ様は私の余計な一言に
ジフロフ子爵様と夫人の仲は冷え切っていたという。そのため事件直後から現在まで、屋敷内のことは家令がすべて取り仕切っていた。
一方で夫人は「
「犯行時刻、夫人はメイド達と過ごしていた。甥は別邸に一人でいたため、別邸が怪しいのではないかとくまなく
「なるほど……アリバイのある夫人、アリバイのない甥……消えた赤いドレスの女……これ、ドラマで見たわ。確かトラベルミステリーで……」
「アリシャ嬢? 続けてもいいか?」
またも独り言が
ジフロフ子爵夫妻が不仲となった原因は、この甥にあるという。子どもに
ミリアン商会としても織物産業で成功しているジフロフ子爵様とのつながりは願ってもない
甥は夫人に似た線の細い青年で、当時十六歳。
子爵様もはじめのうちは
夫人がなんとか取り成そうとしたが子爵様は聞き入れず、甥との縁を切り実家に戻すよう伝えていた。
しかし夫人があれこれと
「それは二人、もしくはどちらか片方でも子爵様を害する立派な動機になりますね」
「そう思って我々も捜査している。しかし、犯人の
そうでしょうそうでしょう。
この世界の常識では、一見
だけど、私は前世(のサスペンスドラマ)を知る女。もう目星はついてます!
「犯人は甥でしょう」
「だが、赤いドレスを着た女性だというゆるぎない証言がある」
「だとしても、甥が第一容疑者です。現場では甥に絞って捜査を進めてください。ということで、必要最低限の協力はしたので私はここで帰らせて……」
「待て。説明を省くな、きちんとわかるように説明をしろ。犯人が女性である以上、甥が犯人である可能性は低いと思うが?」
あぁそうか……、バルディ様にはわからないか。
この世界の価値観だと、男性がスカートを
二時間ドラマだと電車の窓から大きなつばのある黒い
そう、これはとっても簡単なトリックなのだ。
「つまりですね、『甥がドレスを着て、犯行に
しかも
「…………、甥が、ドレスを?」
バルディ様が自分の服装に目を向けて、
いえいえいえ、バルディ様、自分の女装姿を想像しないでーっ、それはだいぶ無理がありますから。私はちょっと見たい気もしますが、この世界では一部のマニアを除いてアウトです。
「ええっと、私で想像してみてください。まず、髪をまとめて帽子をかぶります」
「うん、かぶった……、帽子もよく似合って可愛いな」
そうじゃないです、バルディ様……。話が進まないためここは流しましょう。
「次に服装です。平民の男の子が着るようなラフなシャツにパンツ、ベストなんてどうでしょう。で、顔や手足に
「やんちゃな一面が
「この際私基準で考えるのは置いといてください……」
「変装か……、そういえばうちの騎士団にも変装を得意とする
いるんだ……。それは年齢性別
「ご
「ダメだ。馬車から飛び降りる気か?」
「
「そうだな。喜べ、アリシャ嬢には第五騎士団のアドバイザーという役職がついた。つまりオレ達の仲間だ」
私、聞いておりませんけども?
「本人の
「昨日婚約が決まってすぐに兄上が手続きをしていたぞ」
くぅ~、あの
「もちろん対価も
「え、今まで通りお父様にお願い……」
「オレに、言うように」
バルディ様、腰を
「どうしてもと言うのなら、
「ドレスや宝石を買う程度の資産はある」
「いえ、私のほしいものって、カフェの新作ケーキや
バルディ様は意外そうな顔をした後、ハハハッと声をたてて笑った。
「アリシャ嬢は本当に予想外で
えぇ、今、笑うところありました? 私はちっとも面白くないんですけど。
「事件が解決した後、カフェでも屋台でもどこにでも付き合おう。止めないから好きなだけ食べてくれ。なんなら店の商品をすべて
「いくらなんでもそんなに食べられません!」
急に耳元でささやくように言うから、いい加減
何がツボに入ったのか、それから馬車がジフロフ子爵邸に着くまでバルディ様は笑い続けていた。
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