柘榴色のドレスを着た女③




 バルディ様がうでみをして廊下のかべにもたれて立っていた。


 立っているだけなのに絵になるなぁ、足が長い。

 たいから三列目くらいのきょで見るだけなら最高なのに、婚約相手となるとゆううつな気持ちになるからなんとも不思議だ。

 

部屋から出てきた私達を見て、バルディ様が壁から背を離す。


「随分と盛り上がっていたようだな」


 扉を閉めていたため内容までは聞こえていないようだが、最後のほうは七人が代わる代わる話していたのでヒートアップした気配が伝わったのだろう。


 それはもう、異常な盛り上がりだった。

 メイドさん達も誰かに言いたかったんだよね、わかる。

 絶対外に漏らせないが、夫人と甥の行いは皆行きすぎだと感じていたようだ。


 遠回しに『あの二人、絶対、できてるよね』『二人そろっておとなしそうな顔をして厚かましい』『子爵様を裏切ってるくせにすわるとかありえない』といった大変スキャンダラスな話を聞かせてくれた。


 別邸での二人は基本的にはお茶を飲んでいるだけ、ということになっているらしい。茶葉は姉の嫁ぎ先であるミリアン商会から取り寄せて、自分達でお茶の準備から片付けまでしているのだとか。


 二人きりのお茶会はほぼ毎日のように行われていて、時間にして四、五時間。長引くことはあれど、早めに切り上げることはないという。


 メイドのみなみなさま、私はそういった情報を聞きたかったのです、ありがとう。


しゅうかくがあったようだな?」


 私のほくそ笑む姿に、バルディ様が小さな声で尋ねてくる。


「はい、犯人が着ていた赤いドレスは子爵夫人のものだと思われます」

「間違いないのか?」


「三日前にメイド達が夫人のクローゼットからなくなっていることに気づいたそうです。しかもドレスの形状は一人でちゃくだつしやすい仕様です。犯人の着ていたドレスで間違いないでしょう。あとはそれがどこに隠されているか、だけです。ドレスの特徴も聞きました」


 赤い同系色の糸で柘榴ざくろの実と花が刺繍されているとのこと。ドレス専門の高級ブティックを経営しているジフロフ子爵の夫人ともなれば、所有しているドレスは領地の宣伝もねたオーダーメイドの一点もの。


 これが無地の赤いドレスだったら「他の誰かのもの」とのがれできるかもしれないが、一点ものはブティックに確認すればこうにゅうしゃがわかる。


「必要な証言は聞けました。別邸に向かってドレスを探しましょう。衛兵隊の皆様が目を光らせていたのなら、ドレスを処分する時間もなかったはずです」


 バルディ様と私、家令の三人で別邸に向かうと、副隊長さんと男性が二人……クール眼鏡の騎士とワンコ系騎士が玄関前で待っていた。

 この二人も同じ黒の隊服を着ている。バルディ様が小声で「捜査班の同僚でオーレリアス・マンフォードとヴィンス・ウェイドだ」と教えてくれた。クール眼鏡がオーレリアス様でワンコ系がヴィンス様ね。

 

 彼らが私に視線を向けて、「この子は?」とバルディ様に聞いた。

 バルディ様はちょっと得意げな顔で「オレの婚約者だ」と答える。


「ヒルヘイス子爵家のアリシャ嬢だ。可愛いだろう。第五騎士団のアドバイザーでもある」

「何、マジで婚約したの? くぅ~、まさかバルディに先を越されるとはっ」


 ワンコ系騎士がくやしそうに言う。彼もモテそうなのに……と思う横で、副隊長さんがガハハと笑う。


「それを言うなら、オレなんかおまえらより十歳は上なのに婚約どころか見合いで顔を見ただけで帰られているぞ!」


 この世界だとスマートな見た目の男性のほうが好まれるのね。

 私もここまで暑苦しい筋肉はちょっと、と思いつつチラッとバルディ様の全身を見てしまう。

 いやそんな、バルディ様が理想の筋肉かもだなんて……。もしやいだらすごい系?


「アリシャ嬢?」

「はひっ?」

「また何かよからぬことを考えていただろう。今は捜査に集中してくれ」


 バルディ様のあきごえが耳に痛い。そう、ここからは短期決戦だ。集中集中。


 家令がノックもせずにげんかんとびらを開ける。別邸内に入るとそこは二、三十人が集まっても問題がなさそうな広々としたけフロアになっていて、ちょっとしたパーティーがもよおせるほどの内装だった。


 大きな窓に重そうなボルドー色のカーテンがかかっている。窓の一部はステンドグラスで、玄関の正面、フロア奥に階段があった。左右から中央に延びた階段はゆるい円をえがいている。おそらくこの一階の奥がちゅうぼうやリネン室。二階が居住区だろう。


「ご自由にお調べください。必要な人材、ものがあれば準備いたします」


 家令の協力のもと、捜索を開始しようとしたところで、警護に当たっていた衛兵隊の二人が小声で副隊長さんに報告をした。


「これまで変わったことはありません」

「甥のほうは現在子爵夫人と二人で二階におります」


 家令が小さな声で毒づく。


「はぁ、こんな時まで……まだ旦那様が予断を許さない状況だというのに……」


 夫人は子爵様の看病もせず別邸に入りびたっているため、子爵様にはしつとメイド長、それにメイド達がこうたいでついているそうだ。

 頭を殴られているためいつ急変するかわからず、二十四時間体制の見守りが必要とのこと。


 夫人はもはや甥との関係を隠す気がないのか、それともバレていないと思っているのか。


「それでバルディ、どこから探す?」


 副隊長さんに聞かれて、皆で分担を決めていたところに夫人と甥が何事かと階段を降りてきた。


 初めて見る子爵夫人ははかなげな美人だった。四十歳前後だと思うがかな

り若く見える。花とつた模様の刺繍がほぼ全面に入った、相当ないっぴんと見えるあわいピンク色のドレスを身にまとっており、アクセサリーはしんじゅ。羽織った総レースのストールもきっと高級品。


 そんな夫人の横に並ぶ甥はごくつうの青年だった。ただ、ちょっと顔色が悪く痩せすぎている。話に聞いていた通り線が細く、うれいのある美青年と言えなくもない。


 夫人は明らかに部外者の私に視線を向けると少し首をかしげたが、さほど重要なことではないと思ったのか副隊長さんに声をかけた。


「まぁ、皆様お揃いで……、こちらに何かご用ですか?」


 副隊長さんはあえて空気は読まないとばかりに元気に告げた。


「別邸の再捜査に参りました!」

「あら……」


 夫人はコロコロとおかしそうに笑って「どうぞ、お気の済むまで」と答えた。


「犯人は赤いドレスの女性……でしたわよね。私も赤いドレスを持っておりますから、私を捕まえにいらしたのかと思いましたわ」


 夫人はアリバイがあるため絶対に捕まらないと高をくくっているのか、じょうだんまで飛ばしてきた。甥のほうも焦った様子はなく落ち着いている。


 まぁこちらは、冗談で終わらせるつもり、ありませんけどね。


「アリシャ嬢……、どこから探す?」


 バルディ様にコソッと聞かれて、私も耳元でコソッと作戦を話した。


「屋敷中、くまなく探せばどこかにあると思いますが……、あまり時間をかけたくありません。そこで……」


 私が説明すると、バルディ様が感心したように頷いた。


「なるほど、効果がありそうだ」

「バルディ様の演技力にかかっていますよ」

「任せろ。オレはあの兄上の弟だぞ」


 そうですね。お兄さんは胡散臭男ですもんね。だからといってバルディ様までだまし上手とは思わないけれど……。


 打ち合わせを終えると、バルディ様が声を張り上げた。


「捜索と見張りでつかれているだろうが、ここが正念場だ。皆よろしく頼む」


 私は捜査員Cとして、おとなしくバルディ様の横で待機。そして、夫人と甥の動向を見守る。


「しかしバルディ、言ってはなんだが、別邸はすでに何度も捜索している。今さら何を探すんだ?」


 副隊長さんが疑問の声をあげた。夫人と甥も同様に思ったのか、こちらをしんげに見下ろしている。


「あぁ、探すものは女性ではなく赤いドレス、、、、、、、、、、、だ。クローゼットやリネンの中もくまなく確認してくれ」


「!!」


 ビンゴ!


 これまでゆうしゃくしゃくだった夫人と甥が、明らかな動揺を見せた。


 副隊長さん達が「任せろ!」と言いながら邸内を捜索していく。見つけるのは「赤いドレス」。人間を探すよりもある意味単純でわかりやすいだろう。


 ところが、数刻って、次々とらくたんした様子の隊員達がバルディ様のもとに戻ってきた。


 副隊長さんも「赤いドレスが見つからねぇ……」と気落ちしている。この段階で正直私は、敵ながらあっぱれという気持ちでもあった。


 バルディ様がチラッと私を見てこくりと頷いた。

 私もこくりと頷く。


 ――証拠は、あそこですね! あとは犯人を追い詰めるだけ!

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