鬼灯色の浮気男③


 ガタンッと大きな物音の後、ドサッと何かがたおれる音がした。


 どこから……?


 近くの部屋のとびらが十センチくらい開いていた。さっと紺色コートの男性が青緑コートの男性と私に下がるように言い、自分は前に出た。


「何か……、人が倒れたような音ですね」

「どうかな」

「急病人の場合、時間がてば経つほど救命率が下がりますね」


 無意識に漏らした私の一言に、「ん?」と二人が私を見下ろして、そこで初めてしっかりと顔を見た。


 うん、雰囲気から察していたけど、お二人とも大変顔立ちが整っていらっしゃる。


 紺色コートの男性は海外でかつやくしていそうな肉体派モデルのように均整のとれたスタイルをしている。黒に近いのうこんの髪色に黒い目で、きりりとしたまゆすずしげな目元。通った鼻筋にうすめのくちびる


 さわやかさもあるのに眼光がするどすぎてカタギの人に見えな……、いえ、あらごとにも慣れたの方ね。物音を聞いた時に青緑のコートの男性を守ろうとしていたもの。


 青緑のコートの男性は体格が一回り小さい。と言ってもきゃしゃなわけではない。十分に背が高く、映画俳優のように洗練された雰囲気がある。紺色コートの方に近い濃紺の髪に黒に近い目だが色が薄いようにも思える。そのせいか目元も口元も気持ちやわらかな印象だ。


 この二人、顔立ちが似ているような気もするが雰囲気はまるでちがう。


 紺色コートの男性はだいけんかついでドラゴンの首を切り落としそうなはくりょくがあり、青緑のコートの男性はじわじわとものめるようなすきのなさ。


 二人とも意思の強そうな目元というか他人をあっとうするオーラというか……、平凡ど真ん中の私では側にいるのも憚られるぼうと存在感。


 気持ち的にはズササーッと数十メートル下がりたいが、なんとか堪えた。


 両親は「アリシャが一番可愛い」と言ってくれるが、緩く巻いたハニーブロンドと空色の瞳は貴族令嬢の標準装備。純日本人の記憶からすれば確かに可愛いかも……と思っていたが、貴族学園に通うようになってからはへいへいぼんぼんなビジュアルだと自覚している。


 貴族学園って美男美女しか通えないの? と思うほど美しい方々が多く、私の場合は背の低さのせいもあり見事に周囲にまいぼつしていた。


 そんな私に比べて、こちらの美男子二人は色合いからして違う。貴族に多いきんぱつへきがんではなく、平民に多い茶系でもない。

 濃紺の髪に黒っぽい瞳の色はかなり珍しい。


 この色合いを持つ貴族男性といえば、おそらくファイユーム公爵家。い色を持つ家は他にもあるが、この組み合わせは公爵家特有だと聞いた覚えがある。


 以前、「すっごく素敵なご兄弟なの! 雲の上……、そう、女神様が作られた芸術作品のようなお二人なのよ」と、大興奮でクラスメイトが教えてくれた。


 確かお兄さんがルディス様二十二歳、弟さんがバルディ様二十歳。ルディス様は王宮で働いていて、バルディ様は騎士団に所属、と聞いたような。


 個人的には筋肉ダルマな文官と細身の騎士のほうがギャップえだけど、騎士団所属というからには体格の良いほうが弟なのだろう。


 推定公爵家兄弟の二人は顔を見合わせてため息をついた。


かくにんをして何事もなければすぐに部屋を出ればいいだろう」

「ですね。彼女の言う通り、誰かが急病で倒れたのかもしれない。困っている人がいるのならば騎士として見過ごせません」


 そう言って二人は観音開きの大きな扉をゆっくりと押し開いた。


 そこは応接間のようだった。テーブルセットに大きなびん。だが花は飾られていない。視線を巡らせると、座りごこの良さそうな三人は座れる大きさのソファの奥――に倒れている女性の上半身が見えた。


 病人ではない。

 メイド服の白いエプロンが血に染まっている。この状況、私――知ってる。


「これ、ドラマでよく見たあの場面……」


 ぐうぜん通りかかって、事件現場にそうぐうしちゃうパターン。この場合の主役は当然、イケメン兄弟。とくれば、刑事ドラマのバディものが定石。


 ――そう考えれば圧の強いイケメン兄弟が急にたのもしく思えてきた。二人とも主役にふさわしいビジュアルでもある。


 メイドさんは心配だし、いきなり始まった刑事ドラマのような展開も気になるし、そうじゃにならないよう適切な距離……入り口付近で待機する。通行人Aとして、静かに待たせていただきましょう。決して野次馬こんじょうから残ったわけではございません。


 男性二人は倒れているメイドさんの側に近づく。


「これは……、と、バルディ?」


 あ、やっぱり彼らはファイユーム公爵家のご兄弟で正解だったようだ。しかも肉体派モデルがバルディ様で合ってたみたい。


 そのバルディ様が、入り口付近に立つ私の側につかつかと歩み寄って来る。

 目の前まで来ると、バルディ様が不思議そうに首をかしげた。


 な、なんですか? まさか、第一発見者が犯人説……をお考えで?


「わ、私は犯人ではありません。女神様にちかえます」

「いや……、そうではなく」


 じっと見つめられて、私には後ろ暗いことなどないのにあわててしまう。


「きょ、共犯者でもありません。フィーター侯爵家に来たのは、今日が初めてです。本当です。イリス様から招待状をいただいて……、クラスメイト達も証言してくれるはずです」


 こんしんの言い訳に、バルディ様が呆れたようにため息をついた。


「そんなことは言ってない。君が気絶するのではないかと思ったのだが……」


 私が、気絶?


 ……するほどのどうようはない。だって倒れているメイドさんとは距離があるし、映画やドラマではよく見た光景だ。何より私一人で発見したわけでもない。


 頼りになりそうなイケメンバディが捜査に乗り出している。これはもう解決したと言っても過言ではないでしょう。犯人がつかまるのも時間の問題。


 あとはイケメンバディがいかにスマートにかっこよく事件を解決するか。

 そこを観客として最後まで見届けたい!


 なんてことを言えるはずもなく、少しだけ首を傾げてまどったふりをしておく。言われてみれば深窓のご令嬢にとって流血きょうの対象のはずだものね。


「ご心配には及びません。私のことはただの通行人Aとでも思っていただければ!」

「通行人A……?」


 バルディ様に思い切り不審な顔をされてしまった。


「んんっ、ともかく、私のことはお気になさらずに、早く彼女の様子を」


 先ほどからメイドさんはピクリともしないし、出血もかなりしているようだ。兄弟が彼女の様子を確認しているのをハラハラした気持ちで見守っていると、兄であろうルディス様が指示を出した。


「バルディ、フィーター侯爵を呼んでくれ。それと……、警備責任者も」


 医者を呼ばない、ということはそういうことなのだろう。メイドさんは事切れているようだ。


 残念な結果になってしまった。可哀相に。侯爵家のメイドは下位貴族の娘が多い。

つまり私とそう変わらないとしごろ、立場の女性かもしれない。


 物音がしてから一、二分で部屋に入っているので、そのタイミングで害されたのならそくに近い。


 おそらく他殺だ。ナイフを使っての自殺なら、どうたいではなく首を切るほうが簡単で、先ほどのバルディ様のリアクションと合わせて考えると血に不慣れな女性がナイフでの自死を選ぶとは考えにくい。


 そして女性のわんりょくいちげきで即死させるのも不可能に近い。仕事である程度の荷物は持つとしても、メイドさんのこうげきりょくがそこまであるとは思えない。


「とすると、犯人はメイドさんと親しい男性……?」


 おうえんを呼びに廊下に出ようとしていたバルディ様が、立ち止まって私を見た。なんかすっごくにらまれているのですが?


「今、親しいあいだ|柄《がらの男性が犯人だと言っていただろう。彼女は殺されたとでも言うのか?」


「…………!?」


 ――また余計なことを言っちゃった? 両親にも調査官のおじさん達にもあれほど気をつけろと注意されたのに……。


 待って、落ち着くのよ、私。まだ前世の記憶持ちだと知られるようなことは言っていないはず。ここは白を切り通すしかない!


「私は何も……申しておりません。えぇ、たぶん、言っていないはずです」

「いいや、この耳でしかと聞いた。犯人は親しい男性だと。何故そう思った?」


 うっ……。イケメンが顔面力で押してくる……かんべんしてください……。バルディ様って目力も強いから、ちょっとこわいです。


 私はほとほと困りながら、仕方なく自分の考えを述べることにした。


「この部屋の花瓶には花が飾られていませんでした。ティーセットなども置かれていないため、使う予定のない部屋だったと思われます。彼女はこの部屋に呼び出され、殺されたのではないかと拝察しました」


「それで親しい間柄の男性だと何故わかる?」


「皆がいそがしく働いているパーティーの最中、使われていない部屋でこっそり会うなんて、こいなかの相手くらいでしょう。状況的に一撃で殺害できる力が女性にあるとは考えにくいため、犯人は男性の可能性がきわめて高いのではないでしょうか。物音が聞こえたタイミングからしても、犯人はがいしゃの近くにいて短時間でめいしょうを……」


 あれあれあれ? ってことは、犯人どこ行った?


 す時間、なかったよね。


 窓……は開いていない。植え込みが見えるから窓から逃げれば物音がしたはずだ。入り口は私達が入ってきた観音扉ひとつだけ。


 しかも室内には人が隠れられそうなたなや机はない。だからこそ、入り口に立つ私にも倒れているメイドさんが見えたわけで。


 ソファ、テーブル、花を飾るためのテーブル。あとは……。


「犯人、まだこの部屋にいるかも……?」


 大きな観音開きの扉。

 推理物の漫画や小説では、たいていこの扉の裏に隠れて、関係者全員が室内に入ってから何食わぬ顔で自分もさいこうに交ざる……とか、あるあるだよね。


 そんなドラマみたいな展開あるわけないか、と思いながらも私は扉の裏をひょいっと覗きんでしまった。


 バルディ様かルディス様かはわからないけど、「待てっ!」という声が聞こえた時にはもうおそかった。


 目が、合ってしまった。


 あざやかなオレンジ色の髪を持つ彼……、今日の主役の一人であるはずのアルク様と!


「動くな! 動いたら、女を殺す!」


 結果、私はアルク様にめにされてナイフを突きつけられ――冒頭に戻る、といったわけだ。

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