第4話 横溝旅館
『横溝旅館』は、古いながらも造りの良さを感じさせる立派な佇まいの旅館であった。
「なかなか良い雰囲気の旅館ね」
「もう、汗でベタベタだよ~早く温泉入ろうよ」
シチローがフロントで受付を済ませている間に、3人はさっさと部屋へ向かって行ってしまった。
ドカドカドカッ‼
勢いよく階段を登ったかと思ったら、5分もしないうちに浴衣に着替えて温泉に直行する3人。
「なんだよ~! オイラは置いてけぼりかよ!」
「どうせ、お風呂は別々でしょ。お先に~」
3人は子供のようにはしゃぎながら、シチローを置いて『女湯』の暖簾をくぐっていった。
てぃーだ、子豚、ひろきの三人の姿が見えなくなると、つい今まで怒るそぶりを見せていたシチローは急に表情を綻ばせ、掌を口元にあてていたずらっぽくほくそ笑んだ。
「ふっふっふっ……何も知らないんだな君達~」
「ガイド資料によると…ここの温泉は、入り口が別々でも中に入ると繋がっている『混浴』なのだよ~」
シチローは、ウキウキ気分で浴衣に着替え温泉へと向かった。
「いやぁ~アイツらの驚く顔が目に浮かぶ」
シチローは『男湯』の暖簾をくぐった。しかし、脱衣場までは別々でもその中は……
ガラガラ!
「…………………メガネが曇って何も見えない…………」
シチローは、極度の近眼であった……
「クソ……コンタクトにしとくんだったよ!」
しかも、少し離れた所にいる3人は……
「やっぱり、水着持って来て良かったわ……」
シチローの野望は、すっかりバレていたのだった。
しかし、まだ諦めてはいけない。今温泉に入っている女性はこの3人だけとは限らない。
目が見えないシチローのそばに、誰かが近づく気配がする……
「ん?そこに誰かいますか?」
シチローの問いには答えずに、その相手は大胆にもシチローの腕に触れてきたのだった!
「いやぁ~ずいぶん積極的な女性だなぁ~。オイラ東京から来たんですけど、貴女はどこからいらしたんですか?」
「ウキ?」
「わあ!シチローの所に、おサルさんがいるよ」
「きっと『仲間』だと思ってるのよ」
この露天風呂には、時々野生の猿が入浴に来る事で有名だった……
* * *
さて、ひとっ風呂浴びた後はお待ちかねの料理である。
「仲居さ~ん、今日の料理はなぁに?」
「本日は『すき焼き』でございます」
ニッコリと笑って仲居が答えた。
「きっと、こういう所のすき焼きはさぞかし良い肉を使ってるんだろうな」
「クゥ~楽しみ~」
やがて膳の上に所狭しと料理が並べられた。
「いっただきま~す」
ここから始まる熾烈な心理戦……
「ティダ、ほらっ白菜がもう煮えてるよ」
「あら~シチローこそ、シラタキ煮えてるわよ」
「ほらっコブちゃん、豆腐は美容にいいんだよ」
「シチローこそ、ネギ食べると頭良くなるわよ」
「ほらっひろき……」
「ビールおかわりぃ~」
「ひろきは別にいいか……」
* * *
「そろそろ、上に追加のお料理持って行ってちょうだいな。」
「そうですね…では行ってきます。」
仲居が追加の料理を持って、二階の鶴の間の襖を開ける。
「失礼致します。あの、追加の……」
「そりゃオイラの肉だろ~が」
「うるさい! 私が先に目を付けてたのよ!」
「何でそっちに肉を寄せるのよ! 遠くなるでしょ!」
「ビールおかわりぃ~」
その光景に口をポカンと開け、唖然とする中居。戦時中じゃあるまいし、どうして目の前のこの四人はスキヤキの肉ぐらいでこんなに目の色を変えて争う事が出来るのか? スキヤキでさえこの有様なのだから、今自分が持ってきたこの食材を目にしたらどんな事になるのだろう……そんな心配をしながら、中居はチャリパイの四人に声をかけた。
「あの……カニの用意が出来ましたのでよろしかったらどうぞ」
それまで髪の毛の掴み合いをしていた、シチローと子豚の手がピタリと止まった。
「何っ!カニがあるのか!!」
さっきのすき焼きはそっちのけで、早速カニの方に飛びつく4人だった!
* * *
バキッ…スルスル…
「………………」
ボキッ…ホジホジ……
「………………」
バキッ…シュルシュル…
「………グビッ…」
「なんか喋れよ……」
「カニ食べてるんだから仕方ないでしょ……」
バキッ……
「…………………」
「手抜きだ……」
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