第3話 六つ墓村温泉
出かける前から不吉な事の連続……しかし、楽しみにしていた慰安旅行である。4人はそんな些細な事など、すっかり忘れていた。
「ところでシチロー、私達が行く温泉って何て名前だっけ?」
「〇〇県の山中にある『六つ墓村温泉』という所だよ」
「六つ墓村? 聞いた事無い温泉ね……」
「まあ、『秘湯の旅』なんだからいいんじゃないの」
「そうそう、なんせタダなんだから」
なにしろ無料の温泉旅行である。多少の事は大目に見なければ、罰が当たるというものだ。
旅行の荷物を持って新宿駅から山手線で東京駅に着いたシチロー達は、東京駅から新幹線に乗り〇〇県へ向かった。
「先は長いぞ……〇〇駅から電車を2本乗り換えて、それからバスに乗って……」
前もって旅行代理店からFAXで送られてきた日程表を眺め、シチローが目的地『六つ墓村温泉』までの乗換行程の説明をする。
「結構遠いのね。じゃあ、お弁当買っておかなきゃ」
「あたし、ビール持って来たもんね」
新幹線の車窓から外の風景を観ながら駅弁とビール。子豚とひろきからすれば、これもりっぱな温泉旅行のイベントである。まあ、ちょっと気が早い気がしないでもないが……
○○県○○市……
新幹線から別の電車に乗り換え1時間程揺られると、都会の街並みはすっかり消え去り、窓の外はのどかな田舎の風景へと変わっていった…
「ねぇシチロー……さっきから2時間位乗ってるんだけど、まだ着かないの?」
「どうでもいいけど、すごい田舎ね……周り田んぼと畑ばっかりよ…」
「え~と…あと3つ目の『
「じゃあ、ビールあと3本位にしとこ」
既に足下いっぱいに転がる缶ビールの空き缶。すっかり戦闘態勢に入っているひろきであった。
* * *
シチローは3つ目の駅と言ったが、実際には駅と駅の間隔が非常に長かった為、『土井仲駅』に着いたのはそれから更に2時間後の事だった…
「さぁ~また乗り換えだ」
「ビール買っておかなきゃ」
まだ飲むのか……ひろき……
やっとの事で『土井仲駅』まで辿り着いたシチロー達………
しかし目的地の六つ墓村温泉へは、ここから更に電車を乗り換え、そのうえにバスに乗らなけばならない。
土井仲駅のホームに立ち、時刻表を見た4人は唖然とした……
「電車が1時間に1本しか無いよ!」
「どんだけ田舎なんだ、ここは……」
幸い次の電車の時間は、あと数分待つだけで良かったが、もし電車が行った直後だったらきっと子豚あたりが暴動を起こしていたかもしれない。
そして、待つこと五分、時刻表と自分のスマートフォンの時刻を見比べたてぃーだがホームから遠くの線路を眺めて呟いた。
「もうそろそろ次の電車が来る時間ね……」
てぃーだがそう言うと同時に、カンカンと踏切の降りる音が聞こえ、遠くの線路からこちらへ向かって来る列車の影が見えてきた……
「あっ、来たみたいだよ」
シュッシュッシュッシュッ……
「今、『21世紀』よね……」
「電車じゃなくて、『汽車』が来た・・・・・・」
ある意味、この『土井仲駅』の景観にぴったりの車両。SLマニアが見たら、泣いて喜ぶに違いない……
生まれて始めて『SL』に乗ったシチロー達……
調子に乗って窓から顔を出した子豚は、石炭の煙で顔が真っ黒になった。
「や~い、『黒豚』だ」
「うるさい!」
やがて汽車は『六つ墓村駅』に到着した。
「やっとゴールが見えてきたわ……ここからバスで旅館まで直行してくれるのね」
しかし、旅行代理店から送られてきた日程表を見ていたシチローから、残念なお知らせが伝えられる。
「いや…バスは途中までだな……最後は徒歩だよ。」
「ええぇぇ~っ!歩きなのぉ!」
バスは途中までしか走らず、その先は旅館まで車の通れない狭い山道を歩いて行くしか方法が無かったのだ。
「まだ日本にそんな場所があったなんて……」
細い山道の周りには、雑木林と畑が続いていた。
コンビニも
カラオケボックスも無い
というか
シチロー達の他には、歩いている人間は居なかった。
「なによコレ! まるで罰ゲームじゃないの!」
「疲れた~! まだ着かないの~シチロー~!」
「こんな所にすすんで来る観光客の気が知れないわ……」
富士山だって、エベレストだって苦労して登ってこそ、頂上に到達した時の喜びはひとしおなのである。それが風情というものだ。
しかし、この4人には風情なんてものはひとかけらも無かった。
「いやぁ…かったりぃ…早くしないと、陽が暮れてきちゃうよ……」
予想を遥かに超える長旅で、高く昇っていた太陽もすでに西に傾きつつあった。
* * *
「大体『六つ墓村』なんて名前、なんか胡散臭いわよね。」
「この辺りは、その昔…『豊臣』と『北条』が戦をして、この村の中で北条の武将六名が首を跳ねられたらしい。その、首の無い武将の遺体をこの村に埋葬した事から『六つ墓村』という名前がついたそうだ…」
シチローは、ガイド資料を見ながら『六つ墓村』の由来を説明した。
「なに~っ!それじゃこの辺り、侍の死体がウヨウヨあったの~!」
「みんな!走るのよ~!こんなところにいつまでも居られないわ!」
さっきまでダラダラと歩いていた4人の足取りは、それから急に速くなった。
やがて、太陽は先程よりも傾きを進め、辺りは段々と暗くなってきた……
「見て!あそこに誰かいるわ!」
てぃーだが指差したその先には、夕日を背にした一人の老婆が立っていた……
「あのお婆さんに、旅館まであとどれ位が聞いてみましょうか?」
しかし、老婆に近づくにつれ、その老婆の異様な雰囲気が、シチロー達を不安にさせた。
無造作に伸びた白髪。低く折れ曲がった腰。そしてなんといってもその恍惚の表情が、不気味な雰囲気を醸し出していた……
「なんか怖いよ、あのお婆さん。まるで『やまんば』みたい……」
狭い山道では、その老婆とすれ違わなければ旅館へは行けない……
4人は、道の端に寄り緊張の面持ちで老婆とすれ違おうとするが、その時の老婆がとった仕草があまりにも常軌を逸していた為に、シチロー達は言葉を掛ける事が出来なかった。
老婆は、まるで何かがとり憑いたかのように恐ろしい表情で両手を顔の前で合掌し、長い白髪を振り乱しながら全身を震わせ、奇声を上げて唸りだした!!
「キエェェェ~~~~ッ!」
「!!!!!!!」
チ~ン!ズルズル~!
老婆は、鼻水をかんでいた……
「鼻水かんでただけかよっ!」
「おや? アンタ達、見ない顔だね?」
さっきとは、うって変わって穏やかなしわくちゃの笑顔で話しかける老婆。
「オイラ達、東京から観光で来ました。『横溝旅館』へ行きたいんですが、お婆さん知ってますか?」
「おぉ~知っとるよ。誠司さんのところじゃな……良かったら、儂が案内しましょう」
『やまんば』なんて、とんでもない。お婆さんはとてもいい人だった。
話し好きなその老婆は、歩きながらこの村の近所の面白い話などをしながら、和やかな雰囲気で道案内をしてくれた。
やがて、しばらく行くと視界がひらけて大きな湖が現れた。
「わあ、キレイな湖だね」
その湖は鏡のような湖面に真っ赤な夕日が映り込み、なんともいえない絶景であった。絶好の撮影スポットである。
「ねぇ、ここで記念写真撮らない?……こう~湖をバックに~」
子豚は、湖に向かって両手の親指と人差し指で四角い枠を作りながら、記念写真の提案をした。
「いいね、それ」
「撮ろう、撮ろう!」
皆は快く賛同し、湖が一番綺麗に見える場所を探して、その前に並んだ。
「ハイ、お婆ちゃんも入って~じゃあ撮るわよ~ハイッチィ―――……」
「……………」
「あれ?どうしたの、コブちゃん」
デジカメを構えてファインダーを覗いていた子豚の腕が、何故かガタガタと震えだした……
「あ…あれ……」
子豚は、震える指で湖のある部分を指した!
「キャアア~~ッ!」
「なんだ! あれは!」
一斉に振り返ったシチロー達の目に映ったものは……
* * *
「なんて酷い事を……」
「こんなのどかな温泉地で、まさか殺人事件が起こるなんて!」
そこには、逆さまになって湖面に突き刺さるように浮かぶ人間の両脚があった!
旅行代理店の不参加から始まりシチローの靴の紐が切れたり、事務所の壁掛け鏡が割れたり……そして『六つ墓村』という温泉地の名前………これまでいくつもの不吉な予兆があったのは、すべてこの事件のフラグだったのではないだろうか?
「あれは……」
眉間に皺を寄せ、目を細めて湖に浮かんだ脚を見ていた老婆が口を開いた……
「あれは六つ墓村ウォーターボーイズじゃ。この村にはプールが無いよって、この湖でアーティスティック・スイミングの練習をしとるんじゃよ」
「こんな所で紛らわしい事してんじゃね~よ!」
やがて、水泳帽を被った男達が次々と現れ、満面の笑顔でポーズを決めた。
『ウイ~ア~ウォーターボーイズ!』
* * *
「まったく…こんな湖なんかでよくそんな事やれるわよね!」
「記念写真が台無しだわ!」
皆でぶつぶつと文句を言いながら更に歩くと、やっとのことで目的地の『横溝旅館』が見えてきた。
「ほれ、あれが横溝旅館じゃよ」
「やった! とうとう着いたぞ~!」
「バンザ~イ」
まるで遭難した登山グループが無事に保護されたかのような大騒ぎだ……
子豚なんて、涙ぐんでさえいる!
「終わったのね…」
いやいや……これからが慰安旅行の始まりですから……
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