ウォードッグ

たんぼ

ウォードッグ

 私がこの世界にやって来て、一〇年余りが過ぎた。早いもので、まだ一年か二年くらいしか経っていないように感じる。おそらく世界を取り巻く情勢が大きく変化し、様々なことが立て続けに起こったから、そう感じるのだろう。

 この手記は、私という男が存在した証として遺すことにする。恋人もなく、妻子もない私にとって、手記こそが子供であり、遺伝子なのだ。言語は、もともと暮らしていた世界で使われていた公用語、英語で書くことにした。ここに英語を話せる連中はいない。つまり、もし君が手記を読めるのなら、私と同郷の出ということになる。

 ここに、『族滅戦争』と呼ばれる、悲惨な戦争が勃発した背景を記してある。この戦争はとても興味深いものだ。なぜ、戦争が起こったのか。知りたがる者もいるだろう。君の知り合いに、そのような人物がいれば、訳して教えてやると良い。

 まずは私の簡単な生い立ちから記していこうと思う。面白いものではないが、出自に説得力があるだろうから。

 私は東欧の国で、レストランを営む両親の許に産まれた。長男だった。一つ下の妹と五つ下の弟がいる。アメリカのマンハッタンに一家総出で渡ってきたのは、ちょうど物心がついた時だった。故郷では大なり小なりの争い――それも銃を使った人殺しの争い――が毎日続き、両親はそのことに辟易していた。私もそうだったし、あそこで暮らしていた人々みんなが、同じ気持ちだっただろう。そんな中でも、幸いなことにレストランは繫盛しており、それなりの蓄えがあったので、引っ越し自体は簡単に済んだ。だが町の荒くれどもが虎視眈々と財産を狙っていたため、飛行機に乗り込み国境を越え、偉大な大統領の名を冠した、ジョンエフケネディ国際空港に到着するまで生きた心地はしなかった。

 貨幣をアメリカドルに換金し、小さな貸店舗をレンタルして新たにレストランを開業した。私たちはここでの新たな人生に希望を抱いていた。もう家族や自分の安否を毎日気遣う必要はない。ここに悪い人間はいない。偉大なるアメリカンドリームを成し遂げようと、世界から夢追い人が集う場所。そんな連中に、私たちは激励のスープを提供してやる。いつか誰かが有名になったら、店を紹介してくれ、更に多くの客がくる。私と妹はウェイターとして客をもてなし、弟と父母は最高の料理を作る。子供ながらそんなことを思っていた。

 数年後、自分の人生にハングリーな者たちだけではなく、元の住処から命からがら逃げ出したギャングやマフィアもやって来た。そして彼らは、自分たちの生き様を街にそのまま持ち込んだのだ。私たちの思い描いていた輝かしい未来図は、硝煙と心臓を震わせる銃弾によって蹂躙され、遂に叶うことはなかった。街では常に誰かが殺されていた。はじめ、銃殺事件はセンセーショナルなニュースとして大々的に報道され、大衆はこぞって情報に触れようとした。新聞各社やテレビ局が、連日のように嬉しい悲鳴をあげていた。しかし、月日が経つと誰かが撃ち殺されても、みんななにも言わなくなった。誰かが読書しているところに押しかけて「あなた本を読んでいらっしゃいますね!?なんとも珍しい!皆さん!この方は読書していますよ!」とわめきたてる人間がいるだろうか。いないだろう。人が読書をするように、誰かが撃たれて命を落とすことが当たり前になっていた。慣れてしまったのだ。

 母は不運なことにマフィアの抗争の目撃者となった。その時に受けた精神的なショックで、二度とキッチンに立つことはできなかった。父は母の療養に付きっきりとなって、料理している暇がなくなり、結局弟が両親の跡を継いだ。しかし弟の腕はお世辞にも良いとは言えず、客は日に日に減っていき、ついには開店から閉店までの時間、誰一人こなくなった。

 ある時、私は近所のレストランへ偵察にでかけた。どんな料理が売れているのか、どんな味付けなのか確かめるためだ。そこで銃撃戦が起こった。二人の若い連中が、敵対組織の大物一人に奇襲をしかけたのだ。結果は二つの若い命が奪われて終わった。私はたまたま二人のそばに立っており、老人に銃口を向けられた。私は手を挙げて潔白を証明しようとした。老人は、無言で荒れてしまったレストランから立ち去った。私は死なずに済んだ。思えばその日が、私の人生のターニングポイントだった。

 ところで、君はバタフライエフェクトという用語を知っているだろうか。気象学の言葉であり、初期値鋭敏性と言われることもある。私は気象学者でもなければ、数学者や物理学者ではないため、詳しいことは分からない。簡単に言えば、ある状態にほんのわずかな変化が加わった時、変化がなかった場合と、加わった場合とで生じる物事や結果が大きく異なるということだ。この言葉を覚えておいて欲しい。

 話を戻そう。銃撃戦を目撃した日から、私の中で変化が生じた。私はこれまで暴力を避けてきた。だが人類の歴史を思い出してみて欲しい。私たちの歴史は常に暴力と共にあって、歴史とは、暴力によって勝利をおさめた権力者が創り出してきたものだ。

 暴力は人間の一部だったのだ。

 私は暴力から避けることをやめて向き合うことにした。レストランで接客をした相手に、暴力団に憧れている奴が一人いたことを思い出した。そいつは何回もレストランに来ていたので、名前や顔、声も覚えていた。番号案内にかけてそいつの電話番号を聞きだし、数日後人気のないボロアパートの一室で落ち合う約束を取り付けた。

 約束の日、そいつは妙な笑顔を浮かべて私を待っていた。

「遅かったじゃないか。ところでなんだ急に?お前んとこに食いに来て欲しいのか?残念ながらそうはいかねえな。なにしろ」

「そのことじゃない」

 そいつは勝手にベラベラと話し出す癖があった。正直、商売相手としては好ましくなかった。しかし、私は自分を抑えることができず話を続けた。

「お前、まだあのイカれた夢を追い続けてるのか?」

「あん?」

「ほら、前に言っていただろう。マフィアになりたいとかどうとか」

「そのことか。電話でも話したがな、そうだぜ」

「そうか」

 彼がまだ愚かな夢に憑りつかれていて安心した。私は持参したスーツケースを開け、中身をそいつにさらけ出した。

「お、おいこいつは!」

 ウージーサブマシンガン。9×19mmパラベラム弾を使用する、小型の機関銃だ。持ち運びしやすく、簡単に手に入れられた。

「そうだ。ウージーサブマシンガン。装弾数三二発。全長四七cm、重量は三八〇〇gと重めだがリコイル制御が容易だ。これをお前に売ってやる」

「ほ、ほんとうか!?」

「ああ」

 その日の商談――と言えば聞こえはいいがただのお喋りだった――はとんとん拍子で進み、二〇〇〇ドル儲けた。仕入れ額を差し引くと、一一〇〇ドルになる。悪くない商売だった。

 その日から小型の機関銃を専門として商売を始めた。仕入れたウージーは飛ぶように売れた。それには訳があった。私がはじめてウージーを売った男は、念願かなって裏社会の仲間入りを果たした。だが、彼は初参加の銃撃戦で命を落とした。その彼が生前知人に私を紹介していたのだ。おかげで私は新しい顧客を難なく確保することができた。暴力団関係者から、夫が働きに出ている間、家を守るため自衛すると言い張る主婦に至るまで。私が銃の売買で得た利益は、両親が今までレストランで得てきた数値より大きくなったが、私は現状に満足していなかった。もっとでかいことをやりたいと思い始めた。

 ありがたいことに、その頃になると私の名はまことしやかに広まっていた。私は事業を拡大するために奔走した。会うべき人物に会い、行くべき場所へ行き人脈を広げた。どうやら私は語学の才能もあったらしく、母国語と英語をはじめとして、ロシア語、ペルシャ語、アラビア語など必要な言語を日常会話レベルから商談レベルまで話せるようになっていた。ちなみに、この才能はこっちの世界へきてからも大いに役立った。

 数年後、私の事業はケチな一地方から世界を股にかけるまでの規模となった。しかし、貨物船で武器を密輸している最中、取引先から敵船と誤認され、私の体は船諸共木っ端微塵となり、海のもくずになった。最期の瞬間、瞼を閉じて「今までやってきたことのツケが回ってきた」と思った。後悔はしなかったが、もっとビジネスを続けたかったと残念に思った。

 以上が私の生い立ちだ。この世界に来るには、元の世界で死ぬ必要があるのかもしれない。しかし、なぜそのまま果てることなく、異なる世界で、新たな生が与えられたのかは謎だ。暇な時にそのことを考えたが、解決できるような疑問でもないだろう。

 この手記を読んでいる君も、おそらく死亡してこちらにやってきた。親近感が湧いているといいのだが。

 さて、ここからは族滅戦争が起こった背景を書いていく。私がこちらへやって来てからの場面だ。

 再び瞼を開けた時、見たこともない植物が景色一杯に映っていた。幹が細く、灌木を思わせる。私は仰向けに倒れていて、太陽の光が眩しかった。スーツ姿のままで、体からは煙が漂っていた。機械油の不愉快な臭いがまとわりつき、思わずむせ返した。私は右も左も分からないまま歩き出した。森はどこまでも続いていて、いつ開けた場所に出られるのかも分からなかった。

 歩き続けて約二時間ほどが経過した時、うっそうと茂っている木々の間から、煙が空高くに昇っているのを見た。私は煙に向かって歩いた。歩調は自然と早くなっていた。そしてとうとう森から脱出した。目の前には民家らしき小屋が何軒か建っていた。丁度、すぐ手前の小屋から一人の少女が出て来て、私に気が付いた。私は人に出会えた嬉しさと安心感からそのまま気絶してしまった。

 目が覚めた時、私は天井を見上げていた。できの悪いベッドに寝かされていた。スーツの代わりに、なにかの繊維で造られた衣服をまとっていた。ドアが開き、先ほどの少女と、一人の男性が部屋に入って来た。男性は私の知らない言葉で何か言っていた。はじめのうち、私は運よく助かったのだと思った。ここはアフリカ大陸近辺に点在する島のどこかで、波に流されてきたのだろうと。

「ありがとう。助かったよ」

 英語で話してみた。命の恩人には感謝するものだ。男は私の言葉が分からないのか、戸惑っていたが、私が喋れると知り安堵している様子だった。そばに立っていた少女を示し、いくらかの言葉を言い残すと男は部屋を出て行った。

「§ΘΨж?」

 少女の言葉はこう聞こえた。当時の私には意味不明だった。後で分かったが、少女は私の名を聞いていたのだ。少女の名はマノといった。

「すまない、なんて言ってるか分からないんだ」

 ジェスチャーで意思疎通を図る。マノも応じてくれる。やり取りをすること十数分に及んだ。小麦肌をした少女は、言葉が分からないことを理解してくれた。

 それにしてもと驚いていたことがある。私の記憶が正しければ、アフリカに住む者たちの多くは黒人だった。しかし目の前の少女の肌は白く、小麦色に焼けて眩しかったのだ。イギリスか、ヨーロッパ諸国のかつての植民地だったのかとも思った。だとしたら、簡単な英語くらいは解りそうなものだ。後日、ここが私のいた世界と違うことが分かった時、この些細な疑問はきれいになくなった。

 私は、しばらく家族のやっかいになった。それからの日々は、私にとって充実したものとなった。これは嘘ではない。以前はどこに行くにも命の危険があった。大枚をはたいて常に腕の立つ護衛をつけていたし、目的地の情勢を入念に調べ上げねばならなかった。その上会う相手と言えば、相手を殺すことしか考えていない野蛮人どもだ。彼らの気まぐれで私に害が及ぶ可能性もあった。商談中も常に意識を鮮明に保ち、周囲に注意をはらっていた。なかなかエキサイティングだったが、どうして骨が折れるのだ。

 それに比べれば、農作業や家事の手伝いなどはまさに平和の象徴だった。ここに住む者たちは「隣人を愛せ」を体現していた。作業は見様見真似でやった。可愛らしい監督つきで、間違っていたらジェスチャーで教えてくれる。日没後は、家事を手伝い、食事をしながら彼らの言語を学んだ。最初のひと月は毎日がその繰り返しだった。

 作業も覚え、言葉がだんだん分かってくる頃になると、文字の読み書きを教わった。この世界の文字は線文字と、四角形やひし形のような記号を組み合わせたものだ。無論、見たことも聞いたこともなく、別の世界だと知らない私は地球には知られざる言語が存在すると、感慨深い思いを味わった。半年後には難なく言語を扱えるようになった。その頃になって、ようやくこの世界のことを知る機会に恵まれた。

 オリンシア。私たちが暮らす大陸の名前で、人間以外の種族も生きている。ここで言う種族とは、犬とか、猫とか馴染みのある動物を指している訳ではない。つまり、おとぎ話にでてくるような人型の、あるいは、一定以上の知能や文明、文化を持った知的生命体のことを指す。

 はじめて彼らの存在を聞いた時、にわかには信じられなかった。そもそも、私はここが地球のどこかだと思っていたので、家族が私をからかっているのだろうと酷く気分を害したのだ。しかし、その言葉が、真実であるということはすぐに分かった。話を聞いてから三日後、立派な顎髭を蓄えた、低身長で筋肉質な男たちが村にやって来た。男たちは皆一様に牛のような角がついた帽子をかぶっていた。はじめは小人症の人間だと思い、近づかなかった。だが、マノたちが新しく家族となった私を紹介すると言うので、不承不承彼らと交流を持った。

 察しがついていることと思うが、彼らは小人症の人間ではなく、ドワーフと呼ばれる種族だったのだ。体は驚くほど頑健で、手刀で薪を割れるほど力強く、かざりだと思っていた角は頭から生えていた本物だった。おまけに手先が器用で、道具を一目見ただけで構造を理解し、模造品や改良品を造れるのだと言う。

 そんな彼らが村にやって来た理由は、見回りと食料の調達だった。近くに彼らの住処があって、定期的に村まで降りて来ていたのだ。

 なぜ見回りに?と疑問に思ったが、それはすぐに解消されることとなる。

 話を聞くと、人間とドワーフは友好的な関係を築いていた。個人レベルではなく、種族間レベルでの話だ。国に置き換えれば理解しやすいだろう。同盟国とも言える間柄なのだ。ここで新たな疑問が生じた。友好的な関係とわざわざ言うからには、敵対関係にある種族も存在するのだろうか。

「どこかと戦争しているのか?」

 私は目の前に座っていたドワーフの男に質問した。男は、名をネッドと言った。ネッドは手入れがされていない煤だらけの顎髭を、節くれだった手で撫でながら答えた。

「戦争はしておらん。だが、エルフ族とはいつぶつかってもおかしくはない状況だ。奴らに与する獣人族ともな」

「なぜ?」

「うーむ。お前さん本当になにも知らんのだな」

「まるっきりね」

「では簡単にあらましを話してやろう」

 昔、オリンシアは一人の魔族と彼に従う魔物たちによって破滅への道を辿っていた。だが彼は勇者と称された人間と、その一行によって滅ぼされた。オリンシアには平和が訪れた。その後、生き残った種族の長たちは、種族間でオリンシアを分割して統治することを決めた。しかし、種族は種類だけでいうと数百にも及び、中には生き残りが数人程度しかいない種もあった。統治が細分化しすぎると、更なる混乱を招きかねないと首脳部は考えた。結果、勇者と彼が引き連れていた仲間の種族が、数が少ない種族をまとめて統治する方針となった。選出されたのは人間族、エルフ族、ドワーフ族、竜人族、獣人族の五種族だった。

 はじめは魔族が滅び、オリンシアが復興に向かっていた情勢下だったため、五種族の間では平和的な往来が盛んにおこなわれ、関係も良好だった。しかし平和が続き、世界には停滞の影が色濃くなってきた頃、一方が他方の文明、文化を非難するようになってしまった。これは価値観の相違が根本にある。とりわけ、エルフ族獣人族と人間族ドワーフ族は思想もなにもかも異なった。前者は自然と共生し、環境破壊や必要以上の生命の消費は行わない。後者は文明の発展のため、環境を破壊し、頻繁に狩りを行うし、食べるために生き物を養成する。これは地球出身の我々からすれば当たり前のことで馴染み深いだろう。

 これらの行いは野蛮で、倫理と摂理に反しているというのが、エルフ族及び獣人族の主張である。人間族とドワーフ族は、体の構造的に肉を食べなければ生きていけないし、技術と文明を発展させることで、今日のような平和を維持できると反論した。これらの議論――私はもはや難癖としか思えないのだが――は、はじめは些細なやり取りとして片づけられていた。しかし、ある日エルフ族と獣人族の、いわゆる過激派と呼ばれる連中が、人間族とドワーフ族の村や町を襲ったのである。この出来事は「自然への開放運動」と呼ばれる。彼らは占領した地域の牧場や農場から、動物を解放した。加えて建物を壊し更地にした後、草木の苗を植え森をつくろうとした。

 この行いにはそれまで議論に加わらず、事態を静観していた竜人族からも非難の声が上がった。エルフ族、獣人族の中からも声があがり、運動に加わった者たちは首脳部による多数決により処刑された。処刑に賛成が三票、反対が二票。賛成に投票したのは人間族、ドワーフ族、竜人族だった。反対に票を入れたのは残りの二種族だった。激しい口論の末、処刑は行われたが種族間にわだかまりを残す結果となった。それからというもの、種族間での往来は以前に比べ盛んではなくなった。他種族の領内に点在していた村や町は放棄され、住民は同胞が統治する自治領へ移った。もっとも、友好的な種族間では以前のように人や物品の往来もあったし、生活圏も存在していた。

「ほらこれを見て見ろ」

 一枚の茶色をした紙が机に置かれた。それは地図だった。中央にはオリンシアと名前が記されている。そこから東西を二分するようにして種族が分かれていた。西側に我々、東側にエルフ族たちだ。竜人族は地図の南の方で東西二つの陣営に挟まれる形となっていた。北はドワーフ族と獣人族の国境が接していた。国境線はアフリカ大陸に引かれたような、人工的できれいな直線をしていた。

「この村はどの辺にあるんだ?」

 ネッドの話を聞いた私は、恐れおののくことも、世界の行く末を案じたりもしなかった。心臓の鼓動が早くなり、全身に流れる血が滾っているのが分かった。ある考えが閃き、興奮していたのだ。もしかしたら私の熱気が語調にも表れていたのかもしれない。ネッドは怪訝な顔をして地図の一点を示した。村は国境線に近い。

「なるほど。この先にも村があるのか?」

「ああ。いくつもある」

 ネッドは更に指で地点を示した。中には国境線とほぼ重なっている箇所もあった。

「私も連れて行ってくれないか?」

「なに?」

「もちろんタダでとは言わない。…………今は手持ちはないが、礼ならする」

「別に報酬が欲しいって訳じゃないんだがな。でも良いのか?万が一ってことがあるんだぞ」

「構わないさ。この世界のことを知りたいんでね」

 ネッドは視線を家主に向けた。家主は無言で小さく頷いただけだった。

「ほんと変な奴だ。ドワーフならともかく人間で自分から連中の縄張りに近づこうってな」

「人生にはスリルがつきものだ」

 スリルに相当する言葉は私が知る限りない。私はそこだけ英語を使った。ネッドは目を点にしていたが、はははと豪快に笑い身支度を始めた。どうやら私を気に入ったらしい。

「いっちゃうの?」

 マノがそばに寄ってきて寂しげに言った。私は屈んで目線を合わせ「すぐに戻ってくるよ」と言いネッドたちについて行った。

 それから私がマノの村に戻ってきたのは約一か月が経った頃だった。ネッドたちとの旅は興味深く、好奇心にそそられるものばかりだった。旅の中でも、とりわけ記憶に残った出来事を記していこうと思う。私がオリンシアでの生き方を決めた要因にもなったことだ。

「どうして遠くへ離れないんだ?」

 ネッドにこう質問したことがある。彼らとの旅で、人間族は獣人族を非常に恐れていることが分かった。獣人族は体格、運動神経ともに人間よりはるかに優れており、もし戦うことになったら勝ち目がないからだ。森の中でクマと遭遇する場面を思ってくれれば分かりやすい。武器がなければ到底太刀打ちできないし、あったとしても必ず生還できる保証はない。死ぬ可能性の方が圧倒的に高い。

 それでも、獣人族の国境線から住居を移そうとしない者たちはいるのだ。恐れているのなら逃げれば良い。私はそう考えたが、同時に留まる理由があるのではないかとも思った。ゆえにネッドに先の質問をした。

「まあその理由はいくつもあるんだが、主なものだと二つだな」

「二つ?」

「ああ。先祖代々からの土地ってのと、あいつらの役割だ」

「…………見張りか、防衛線って訳か」

「勘が良いなあんた」

「で、武器は?」

「武器?」

「そうだ武器だ。なにしろ獣人族との間は非友好的だろう。そんな連中と領地を接しているんだ。武器ぐらいは持っているだろう?」

「んん…………まあないこともないが」

「どういう意味だ?」

「見れば分る」

 二つの考えが私の思考を支配した。一つは、彼らはまともな武器を持っていないのではないか、というもので、これはネッドとの会話と彼の反応を基にした完全な憶測だった。もう一つは、ビジネスの機会に恵まれたかもしれないというものだ。こちらは考えというよりかは予感に近かった。憶測を前提にしたものだったが、付け入る隙はいくらでもあると思っていた。事実、そうなった。

 防衛線を形成する一つの村にたどり着いたのは、マノたちと別れてから二週間が経過した日だった。そこまで見てきたものと違い、村には張り詰めた空気が充満し、村民は意識を前途に広がる森へ常に集中させていた。

「よう元気だったか」

「ネッド。お前さんも相変わらずだな」

 ネッドが村のリーダーらしき人物と会話している間、私は村を案内してもらっていた。

「武器や防具を見せてくれないか?」

「武器、ですか」

「ああ。あるんだろ?」

「ええ…………まあ」

 若者は平屋の蔵に向かって歩き出した。私もついて行った。

 蔵の中には鍬や、スコップ、鎌などの農具類が乱雑に置かれていた。

「こいつは、なんだ?」

「なにって、武器ですけど」

「…………農具だろう」

「まあ、そう言えばそうですけど」

「せめて弓矢や、投石はないのか?」

「ないですね」

「そうか…………」

 有事の際スコップを持ってどうしようって言うのだ。第一次大戦の際、人を最も殺めたのはスコップだとされているのは承知している。役立たずという訳ではないのも分かっている。しかし大戦は人間と人間の戦争だった。今回の相手は人間よりはるかに頑健で、優れた獣人族なのだ。私は獣人族を実際に見た訳ではないが、ネッドから聞かされた話だけで、どれほどの相手か想像は容易についていた。こんなガラクタでは自分の身も、村も、充分に守れない。一〇分保てば良い方だ。

「ところで君たちは物を売買する際、なにを用いているのかな?」

「買う物と同じ価値を持った物でやり取りしてます。都会であれば通貨が使えると思いますけど」

「なるほど」

 この世界にも通貨があったのだ。マノの村では見かけなかったが。行動を起こす前に、オリンシアの経済事情を簡単にでも把握しておく必要があった。

「もう充分だ。ありがとう」

 若者と別れた後、ネッドと合流した。

「ネッド一つ質問いいかな」

「おおいいぜ」

「ドワーフが造った製品を人間に売る時、どのようにしてやり取りしている?」

「そうだな相手によるな。一番多いのは都会への出品だが、その場合だと金を使ってのやり取りになる」

「金か」

「ああそうだ。金貨、銀貨、銅貨だな。価値は言った順に高い」

「その他の場合は?」

「ああ。お前さんがいた村や、この辺だと物々交換になるな。何しろ金を持ってねえからな」

「なるほど」

「それがどうかしたのか?」

「少し気になってね。竜人族やエルフ族、獣人族が相手の場合はどうだ」

「竜人族とは基本的に金だな。エルフ、獣人の連中と取引することは今ではなくなったが、昔は物々交換でやり取りしてたそうだ。まあ連中は文明的な発明品を好まないんで、売れ行きはよくなかったそうだ」

「物々交換した物は、誰かに売ることもできるんだよな?」

「まあな。代金は売る相手によって違ってくるがね」

「そうか。分かったありがとう」

 思い描いているビジョンを実現するのは容易でないが、不可能という訳ではなさそうだった。

 それから他の村も見て回った。村の状況は似たり寄ったりで、仮に獣人族が攻めてきたとしても、役割を十全には果たせないだろうことはすぐに分かった。

 マノの村へ戻ってきた後、私はすぐにネッドへ連絡を取り、ドワーフ族と人間族の領内を案内してもらう約束を取り付けた。

 はなはだ面倒な役だったのにも関わらず、ネッドは快く応じてくれた。村へ戻ってから二か月経ったある日、ネッドが私を迎えに来てくれた。今回もマノが寂しそうに私を見るので、好きなお土産を持って帰ってくると約束した。

 はじめ私たちはドワーフ族の首都である、ヴァレリアへ赴いた。強靭な鋼の一種から採った名前で、いかにもドワーフらしい。ヴァレリアは、レンガ造り、石造りの建物が多く、街の景観は故郷を彷彿とさせた。ドワーフ族の長であるガミフスにも会った。ドワーフ族は皆大らかな性格なのか、私の来訪を快く歓迎してくれた。また、ヴァレリアではドワーフたちが働いている工場の様子も見学できた。手際が非常に良く、造り出した物品の質も高い。もしドワーフが地球で暮らしていたら、すべてのメーカーは彼らに取って代わられるだろう。

 その後ドワーフが住む町や村を巡回しながら、人間族の領地へ向かった。人間族もドワーフたちと同程度の文明レベルを持っているらしかったが、多くは農村であり、首都のアレクサンドリアもヴァレリアほどの規模はなかった。ネッドから聞いていた通り、農村での物の売買は物々交換によって行われ、通貨で取引をしているのはアレクサンドリアをはじめとするいくつかの町しかなかった。代わりに、彼らはドワーフや竜人族から取り入れた品物を加工したり、無から有を産み出す創意工夫の能力は高い。既存の物の質を高めたり、模造品の生産及び量産が得意なドワーフたちと、異なった能力を有していたのだ。

 人間族の長は、アレックスという名前の若い青年だった。数年前、病に斃れた父のアレクサンドルの跡を継いでいる。私はアレックスと懇意になれるよう、時間のほとんどを彼との会話に費やした。私は政治家でもないし、統治者ですらない。元々一介のビジネスマンなのだが、アレックスは親身に話を聞く私を気に入ったらしく「そばで支えてくれ」と要請してきた。彼の申し出も悪くはなかったが、まだやるべきことが残っていたため辞退した。しかし、後日再訪する約束をした。

 最後に訪れたのは竜人族の首都ドラグーンだった。私は彼らの領地ではじめて竜人族を見た。全身が鱗に覆われ、太い尻尾が伸びていた。筋肉質な両脚は見るからに重量のある体を支えている。皆背中に翼があり、多くの者は飛べるという。ファンタジー小説の登場人物にピッタリな風貌だった。彼らの暮らしぶりは文明的な遺産と、自然的な遺産を効率よく取り入れていた。思想が異なる陣営に挟まれて暮らしているからなのか、昔からの生活様式なのかは分からなかった。

 竜人族は表情の変化に乏しく、相手がどういう感情になっているのか推し量るのに骨が折れた。威圧的な外見に似合わず、温厚な性格の者が多く争いをあまり好まない種族だった。

「だがな、逆鱗に触れるとただじゃすまねえぞ」

 ネッドの言葉だ。よく言うだろう「普段おとなしい奴が怒った時、手が付けられなくなる」と。要するにそれと同じで、彼らの平和的な感情の下には、燃え滾るマグマがいつでも噴火できる状態にあるということだ。

 マノの村に戻ってからも、私はガミフスとアレックスと手紙をやり取りしていた。アレックスはエルフ族、獣人族に潜在的な脅威を感じているらしく、ドワーフ族と獣人族の領境に住み、防衛線を形成している村民たちのことを案じていた。それは、私が彼に村の現状を伝えたことに起因していた。また、彼は胸の内に秘めた猜疑心を年々増大させているらしく、先代であり父でもあったアレクサンドルは病によって死んだのではなく、敵対する勢力によって殺されたのだと信じて疑わなかった。父が口にする酒や料理に毒を忍ばせたに違いないと、何度も自説を披露してきた。

 君はこの世界にやってきて、恐慌王アレックスの名を聞いたことがあるだろうか。多分あるだろう。オリンシアに混沌をもたらし、族滅戦争を引き起こした人物なのだから。彼こそ私の友人であるアレックスその人だ。

 私が見たところ、この時期のオリンシアはいわば小康状態にあった。異なる思想を持った陣営は、敵対心と警戒心を抱きつつも、領地に侵入せず、文化を犯さずの不干渉を守ってきた。人命が損なわれることもなく、平和な時代が戻りつつあった。きっと多くの者がそう望んでいたのではないだろうか。だが、本能的な衝動は、理性で彩られた思惑など簡単に粉砕できることを私は知っている。たとえそれが市民レベル、一個人レベルでの話だとしてもだ。地球では些細なことから、国が滅びるまでに発展した事例が数多にあるし、オリンシアで生きている連中も、私たちとなんら変わりのない生き物だと分かっていた。

 おそらく私は止めることもできたはずだった。だがそうはしなかった。

 ある日、アレックスから届いた手紙には、ガミフスをはじめとするドワーフ何人かと、私を召集して敵へ対抗策を講じたいと書かれていた。指定場所はアレクサンドリアだった。それに加えて、ドワーフたちは、アレックスの提案に前向きな返事が既に着ているとも書かれていた。私は短い返書をしたためた。

 それから一月後にはアレキサンドリアを訪れていた。

 私は以前と同じくアレックスの住居となっている宮殿に通された。宮殿といってもシェーンブルンや、ヴェルサイユ、バッキンガムなどのような壮麗で煌びやかなものではない。白亜に磨き上げられ、太陽の光を受けて白く輝く三階建ての大きな城のような建物だった。アレックスは宮殿と言って譲らなかったので、彼の名誉のために私も宮殿と記す。

 宮殿内は多くの部屋があり、その中の三階に位置する一室へ案内された。室内にはガミフスとネッドをはじめとするドワーフが数人、アレックスと彼の側近である人間が数人円卓を囲んでいた。アレックスが私を出迎え、空席を自分の横に構えて、私に座るよう促した。

「今日集まってもらったのは事前に伝えている通り、敵対勢力への対策を考えたいと思ったからだ」

 厳かな語調でアレックスが話始める。私を含め、会議に参加した連中は沈黙を守っていた。

「私はこれまで彼と手紙でやり取りをし、情報を交換した。そこで、ドワーフ領と獣人領の境にあり、防衛線となっている村に暮らしている人々のことと、村の現状を知るに至った」

 彼とは私のことだ。

「私は話を聞き、不安を感じている。奴らは虎視眈々とこちらに攻め入る隙を伺っているに違いない。先年、父のアレクサンドルを毒殺したのも連中だと私は信じている。このまま手をこまねいている訳にはいかない。奴らに目に物を見せてくれる」

「アレックス」

 野太い、良く通る声が室内に響く。声の主はガミフスだった。たくましい腕を挙げて発言を求めている。

「なにかなガミフス」

「あんたの話はよく分かるし、父上を亡くされたことは気の毒に思うが、奴さんたちがあんたの父上を毒殺したという確たる証拠はあるのか?」

「証拠は…………まだない」

「であれば事態を大きくするのは性急ではないか?俺たちに大義名分はない」

「ある」

「…………と言うと?」

「知らない者はいないだろう。はるか昔、奴らが我々に、我々の町に対してなにをしたのか」

「まさか自然への開放運動のことを言っているのか」

「そうだ」

「しかし、その話は当時の時点で決着がついている。当事者はことごとく処刑された。それで良いではないか」

 何人かのドワーフたちがガミフスに唱和する。

「駄目だ。奴らは我々にはなにもできないと高を括っている!許すわけにはいかん」

「アレックス!無用な火種を育てることに俺は反対するぞ!」

 対策を講じるだけならまだしも、戦争に発展するような行いには、ガミフスたちは反対していた。

「まあまあ。皆さん落ち着いてください。アレックス、ガミフスの言う通りだ。既に終わったことを持ち出して、相手を非難するのは良くない。そんなことをすれば竜人族や、同族たちからも不信感を買うことになるぞ」

 室内の空気が加速度的に加熱していくのが分かった。私は彼らの議論に割って入り、一旦落ち着かせた。そしてある一つの提案をした。

「アレックス、君の言い分は分る。ガミフスもそう言っているだろう」

「ああ…………」

「だからこうしよう。防衛村、領境にある村のことだ。あそこに武器を届けてやろう」

「武器?武器だと?槍や弓のことか?そんなもので獣人族には満足に対抗できない!」

 アレックスは再び声を荒げている。よほどエルフ族や獣人族が憎いのだろう。私はアレックスの肩に手を置き、なだめながら話を続けた。

「そんなやわなものじゃないよ。ガミフスこれを見てくれるか」

 懐から三枚の紙を取り出し、机に広げる。

「これは、なんだ?なにかの筒か?」

 紙には、ハンマー方式のスタンダードなハンドガンの図を描いてあった。コルト1911だ。

「銃だ」

「ジュウ?」

「そうだ。弓矢より強力だ。扱いも簡単だ」

「素材は…………鉄か?」

「そうだ。だがここと、ここ、あとここは鋼鉄になっている」

 コルト1911の素材は主に鉄だが、フレーム、スライド、バレルこれら三つの部位は鋼鉄が使われている。

「ふむ」

「造れるか?」

「なに、一日もかからんだろう。こいつを村にとどけると?」

「ああ」

「そんなものが一体なんの役に立つ?」

 アレックスは怪訝な表情を浮かべて図面を見やっていた。

「君もきっと気に入るぞ」

 その日は、私の提案が受け入れられ、銃の簡単な仕組みを解説した後は、製造にかかる費用の負担や試験日を決めお開きになった。費用はアレックスがすべて負担してくれた。しかし、ドワーフ族の領地には鉄をはじめとする金属が豊富にあり、在庫も有り余っているとのことだったので、金額は大きくならなかった。

 会議から四日後、私たちはヴァレリアでコルトが産み出される過程を見守っていた。彼らの技術は舌を巻くほどで、イギリスが産業革命を起こしても、彼らだけは征服できないだろうと思った。それほど手作業がスムーズだったのだ。

 約二時間余りで図面にしたためていたコルトと、弾薬が完成した。

「はじめて見たもんでちっと手間取ったがね。どうだい」

「素晴らしい。見た目は完璧だ」

「後は正常に動作するかだな」

「早速見てみよう」

 工房を出て、射撃場として設けて貰っていた場所へ移動する。

「私が撃とう」

 私が立っている場所から、標的にしてある陶器のガラクタたちまで約40メートルある。ハンドガンの射程距離はだいたい45メートルから50メートル前後だが、地球で造られた製品ではないし、なにより彼らにコルトをアピールするため、是が非でも命中させなければならなかったので、敢えて距離を短くしてあった。

「見ててよ」

 生前、教えて貰ったように銃を構える。体はしっかりとインストラクターの教えを覚えていた。アイアンサイトで狙いを定め、トリガーを引く。ハンマーが落ち、ファイアリングピンを叩く。ファイアリングピンを介してプライマーに衝撃と圧力が加えられ、プライマーは撃発する。弾薬内の装薬は引火、燃焼を起こし、燃焼によって高圧ガスが発生し、ガス圧に押されて弾頭が銃身内で加速しながら発射する。弾頭が前進すると同時に、反動を受けたスライドが後退し、薬莢がエジェクターに衝突すると外部へ排莢される。スライドが最後まで後退すると、リコイルスプリングの反発力によってスライドが前進する。前進するスライドはマガジン内の弾薬を引っ掛け、そのまま銃身内部の薬室内に弾薬が送り込まれる。そして次弾装填が完了する。これが僅か一秒にも満たない間に行われる。私は久しぶり味わう、射精にも似た感覚を貪るように堪能していた。乾いた発砲音、チャリンという薬莢が落ちる音、銃を撃った時の反動、腕のしびれ。ほのかに鼻腔をくすぐる火薬の香り。なにもかも懐かしく、最高だった。

 その間にも、コルトから放たれた弾頭は標的目掛けて飛んでいき、陶器を粉々に粉砕した。立て続けに他の陶器も狙い打っていく。陶器たちの乾いた断末魔が、コルトの華麗な旋律に重なった。

「どうだ。すごいもんだろう?」

 得意気に振り返った私の目に映ったのは、アレックスやガミフスたちの驚愕した表情だった。ネッドなどは、口をあんぐり開けていた。

「す、すごい…………!」

 はじめに感想を漏らしたのはアレックスだった。声は狂喜の色を帯びていて、今にも踊り出しそうなほどだった。

「とりあえずこれと同じものを量産して欲しい。村に配って使い方を教え込み、防衛力を強化しよう。ガミフス、できるか?」

「あ、ああ。可能だ。しかし、こんな小さな変な形の筒にこれほどの力が」

「科学の最も偉大な発明品だよ」

「カガク?なんだそれは。お前が発明したのではないのか?」

「違う。が、まあ識者ではあるかな」

「そうか。で、どのくらい欲しいんだ?」

 私が注文した量を、ドワーフたちは数日の内に造り終えた。間もなくして、私は再び防衛村を訪れた。今度はオリンシア産のコルトを携えて。人々は銃の威力を目の当たりにすると、大いに歓迎した。

「よく見てろよ。まずこう構えるんだ」

 その日から軍事訓練を行った。すべての村を周りながら、村民全員に銃の撃ち方を教える。筋が良い者を選出し、優先的に教えた。彼らは村でリーダーとなり、残りの者たちの教官役となった。

 それから一週間後のことだった。その時に起きた事件がオリンシアの歴史の流れを変えることになった。

 村の連中が、コルトの訓練のため狩りに出ていたらしい。動く獲物を撃つのは技術の向上につながるし、食料も手に入るので良いことだ。狩りに出ていた集団は、森の深くまで入り、領境を越えていたことに気が付かなかったようだ。そこで一頭の鹿を見つけ、発砲した。静寂に包まれた森の中を、コルトの乾いた発砲音が響き渡ったことは容易に想像できる。

 仕留めた鹿を抱え、引き返そうとした時、何人かの獣人族とエルフ族と鉢合わせになったらしい。彼らは自らの領内に人間族が入り込み、あろうことか自然の仲間の命を奪ったことに対して激昂しただろう。村の連中は必死に逃げ、自分たちの領地へ戻ったが、獣人族とエルフ族はどこまでも追いかけてきた。そしてとうとう後ろを走っていた者が一人、斧で殺される。彼らは遮二無二コルトを抜き、獣人族を撃った。一つの弾丸が獣人族の額を穿つ。一つの弾丸がエルフ族の胸に風穴を開ける。弾丸は自分の役目を完璧に果たしたのだ。私はこの話を聞いた時、確かに高揚していた。

 そこから人間の反撃が始まった。突然のことに当惑する敵目掛けて更に発砲する。敵は一人、また一人と斃れていき、最終的に一人のエルフ族が逃げ帰ったらしい。

 狩猟団員たちは村に凱旋してこの事実を伝え広めた。村々は沸き立ち、今や自分たちが隣人たちより優位な立場にいると思い込んだ。その時は、これで済んだ。だが私はこの報せを聞いた時、ある予感がした。早急にガミフスと連絡をとらねばならないと、急いで手紙をしたためた。

 それからひと月も経たない内に、獣人族は防衛村に大挙してきた。村民の多くは殺され、生き残った女や子供も犯され、奴隷にされた。この一連の事件が族滅戦争の呼び水となったのだ。

 獣人族の集団にエルフ族も加わり、彼らを支持する小規模の種族も加勢していた。ドワーフ族の領地はどんどん侵入され、襲われた町や村は防衛村の後を辿った。ガミフスは彼らに話し合いによる解決を持ちかけたが、完全に時機を失していた。だがこれは彼が本心からそう望んでいたのかは分からない。なぜなら、ドワーフたちは既に私の依頼を受けて新たな銃――世界最高の名機であるアブトマット・カラシニコバ――を量産していたからだ。戦争を始める前に、話し合いを提案したという事実が欲しかっただけだと私は思う。

 一方アレックスの動きは私の予想を超えて早く、既に軍隊を編成していた。兵士の一人一人にコルトと、大柄な盾を持たせていた。盾は先端が尖っていて、地面に突き刺して使うものだった。後に、主兵装はAK-47に代わり、コルトは副兵装となった。

 アレックスは竜人族を通して、獣人族とエルフ族、彼らに与する種族を声高に非難し、襲われたドワーフ族を助けるという名目で宣戦を布告した。ドワーフ族もこれに合わせて声明を発表する。襲撃を受けた土地を取り戻すため戦線に加わったのだ。

 アレックスは自ら軍隊を率いており、私も途中で合流した。取引相手と共に戦場へ赴くなど、生前では考えられなかったが、私の銃が、どこまで通用するかこの目で確かめたかったのかもしれない。アレックス軍は強行軍で最前線に乗り込み、反撃を開始した。銃弾が戦場を鮮血と臓物で染め上げた。

 逃げる一方だった人間・ドワーフの同盟軍は、前線を一気に押し上げて、ふた月もしない内に防衛村まで領地を奪還した。奪い返した領地の中には、マノの村も含まれていたが、彼女や彼女の家族をはじめとする村民は、既に死亡していたらしい。残念なことだ。

 この戦闘で我々の人的損失は数万人までに達した。これに激怒したアレックスは「前線を戻しただけでは足りぬ」と怒声を発していた。私はアレックスから、更なる銃の開発と、量産を急かされていた。武器を造るのはあくまでガミフスたちドワーフ族の仕事なのだが、特に反論することもなく了承した。

 それから私はオリンシアの西側半分を縦横無尽に飛び回った。この間竜人族の中である動きがあった。それは人間・ドワーフ派と獣人・エルフ派の派閥が出来上がり、内戦の機運が一気に高まったことである。

「彼らに使えそうな武器を造れるか?」

 アレックスからの依頼だった。竜人族の皮膚は他の種族に比べて非常に硬く、ハンドガン程度では傷つかないだろうと私は予想した。そのためもっと高火力の兵器が必要だ。それに彼らは飛べるのだ。制空権を握られての戦いは苦戦する。無論、彼の要望に適う知識を私は持っていた。問題はドワーフに造り出せるかだった。

「…………で、こういうものを用意して欲しいんだが、できるか?」

「なんだそんなことかい。あのハンドガンとかアサルトライフルってのよりかは手間がかかるが、造作もない」

 ガミフスの言葉は真実だった。半日でロケットランチャー、グレネードランチャーなど重火器が完成し、対空兵器となるキャノン砲も完成した。

「君たちはほんとうに凄いな!」

「俺はあんたのその脳みその方が凄いと思うがね。よくもまあこんなもん考えつくな」

 口角を上げてガミフスがニヤついている。彼も前線に出たかったのであろうか。間違いなく言えることは、彼はこの状況を心底楽しんでいた。

 アレックスやガミフスに見せたように、人間・ドワーフ派閥の竜人族を招き、兵器の威力と実用性を披露する。コルトやカラシニコバの時と比較にならないほどの轟音と、火薬の香りが我々を包んだ。竜人族の連中が火力に圧倒され、即座に買い注文を付けた。人類が産み出した叡智の結晶が、またオリンシアの地へ運ばれていく。私は彼らに同行し、『実地試験』を見守ることにした。

 見事だった。砲弾が空気を切り裂き、標的の体を粉砕する光景は生涯忘れないだろう。

 戦いは我々の有利に進んでいた。だが戦争が起これば必ず死者が出る。当たり前のことだ。それと同じくらい、使っている武器は鹵獲されるのだ。オリンシアでもこの摂理は変わらなかった。コルトをはじめ、大小問わぬ兵器が敵の手に落ちた。連中は自然を尊び、文明的な兵器はおろか道具すら忌避しているような奴だ。鹵獲されても問題はないと思っていたが、背に腹は代えられないのか、次第に敵の陣地からも弾丸が飛んでくるようになり、前線に立つ兵士の命が奪われてしまった。

 おまけに連中は学習スピードが尋常ではなく早い。はじめ、連中の弾は明後日の方向に飛んでいき、文字通りかすりもしなかった。だが数時間後には、こちらの兵士の眉間を的確に狙い撃ってくるようになった。加えて、捕虜に製造させているのか、彼らの紋章が刻んである銃も散見されるようになってきたのだ。この話はすぐさまアレックスにもたらされ、彼のこめかみに青筋をたてさせた。

「許せん!人間とドワーフが産み出した道具を、あんな野蛮な者どもが使い、あまつさえ我らの仲間に製造を強制させているなど!断じて許せん!」

 ガミフスの代行として会議に参加しているネッドもアレックスに唱和していた。

「我らに仇名す愚か者どもはことごとく処刑することを私は決めた!奴ら蛮族を滅ぼすのだ!族滅するのだ!オリンシアに生かしておくな!」

 アレックスは新たに声明を発表し、世界中に向けて言った。「お前たちを滅ぼすまで我々はとまらない」と。彼らもそれに応じた。「お前たち全員を土に還すまで我らも退きはしない」と。

 こうして思想を違える東西の文明は、どちらか一方を滅ぼすまで鎮まらない、大火の中に身を投じた。

 読んでいて呆れたかもしれない。族滅戦争などという大仰な名をつけられた戦争は、一人の青年の癇癪とも言える言動から産まれたのだ。周囲の人間が、もっと彼をコントロールするべきだったと思うかもしれない。しかし彼と一度話してみれば分ることだ。それがどれだけの徒労と、虚無を生むのかが。

 地球の人類史にも「たったそれだけの理由で?」と思わずにはいられないようなことが、大きな災いとなって多くの人を巻き込んだ例はいくつもあるのだ。

 結局、知的生命体、いや敢えて人間と言わせてもらおう。人間というのは、どのような世界であっても、暴力を完全に否定することはできないのだろう。

 私は自分に自信を持っている。だが過大評価をしている訳でも、自分を世界を変えた偉人などと思っている訳でもない。しかし、私が現れたことによって、オリンシアの世界は大きく歪んでしまったと思う。遅かれ早かれ、戦争は起こっていたのかもしれない。そうだとしても、戦争の形態は、オリンシアが歩んできた歴史に即した内容で行われていたはずだ。中世の騎士が、槍の代わりに自動小銃を構え、相手を撃ち殺すというのはあり得ない。

 私がオリンシアに出現したことは、単なる偶然で、深い意味はないと思っている。しかし、その小さな偶然が、結果として族滅戦争という世界大戦に発展した。私はオリンシアにとっての、バタフライエフェクトだった。

 …………今しがた大地が揺れた。天井から砂埃がぱらぱらと降り注いでいる。砂の粒子はランタンの灯りに照らされて、煌めている。しかし室内は空気が悪く、思わずむせてしまう。敵の砲弾が近くに着弾したのだろう。今ので何人の兵士が命を落としのか。……そろそろ行かなければ。私にはまだ仕事がある。

 みんなのために、新しい武器を届けてやらないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウォードッグ たんぼ @tanbo_TA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ