第46話 天才

「結ちゃんって、本当にすごいわよね……」


 舞台袖の裏で、小道具や衣装の最終チェックをしている俺を横目に、保育士たちがひそひそ話している。

 彼女たちの視線が痛い。いや、俺に向けられる視線は昔から慣れてるけど、内容があまりにも……



「この間も驚いたのよ。劇の台本を少し手直ししてほしいってお願いしたら、完璧に直してくれて」


「うんうん。しかも、ただ直すだけじゃなくて“キャラクターの心情が伝わりやすくなるように調整しました”って……」


「……それ、幼稚園児の台詞じゃないわよね?」


 一人が小声でそうツッコミを入れると、もう一人も苦笑いを浮かべる。


「昨日なんて、背景画を描いてるのを見たら、遠近法がバッチリで……。“これ、どうやって描いたの?” って聞いたら、“自然とこうなります”だって」


「ねえ、本当に結ちゃんって、普通の子ども……なのよね?」


 その言葉に、保育士たちが一瞬真剣な表情になる。

 まあ、そう思われるのも仕方ない。

 俺は“普通”じゃないからなぁ。



 劇のリハーサル中も、大人たちの驚きは止まらなかった。


「結ちゃん、照明の位置をどうしたらいいか教えてくれたのよ」


「照明の位置?」


「そう。『ここのシーンでは主人公の心情が大事だから、少しスポットを強めに当てるといいと思います』って……」


「スポットライトを提案する幼稚園児って……普通いる?」


保育士の一人が額に手を当てながらため息をつく。

リハーサルを見守っていた園長も、隣で驚愕している。


「いや、確かにその通りだったんだけどね……それを言うのが園児っていうのが……」


 そして、本番前の準備でも。


「ここに飾る花、少し右にずらした方がバランスよく見えると思います」


「はいはい、右ね……って、え、これも結ちゃんが指示するの!?」


「だって、このままだと見栄えが悪いですから」


淡々と答える俺に、大人たちは顔を見合わせる。

 そして小声で話し始めた。


「これ、ほんとにどうなってるの……?」


「天才なの?それとも、何か別の理由が?」


 心の中で思う。

 いや、大人だった俺が小さな子どもに転生してるだけですって説明しても、信じないだろうけど。



 劇が終わり、盛大な拍手が巻き起こった。

 俺は安堵の息をつきながら、舞台袖に戻る。


 とりあえず子供達に怪我とかなく終われて良かった。


「結ちゃん、本当にお疲れさま!素晴らしかったわよ!」


「ありがとう。でも、みんなが頑張ったからです」


 そう答えると、保育士たちはまた顔を見合わせる。

 そして一言。


「……ほんと、普通の子どもじゃないわね」


 いや、自分でもそう思うよ。

 


 劇が無事に終わり、園児たちと一緒に片付けをしていると、保育士たちが俺に近寄ってきた。


「結ちゃん、少しお話してもいいかしら?」


「はい、何ですか?」


 顔には笑顔を浮かべてみせるが、内心は警戒している。

 このパターンは嫌な予感しかしない。


「えっとね、結ちゃんのアイデアや提案が本当に素晴らしくて……ちょっと気になったんだけど、どうしてそんなに色々なことを知ってるの?」


 子どもらしくないことを追及されるのはまあ分かってたけど、染み付いてて辞められねえんだ。

 

 だから適当に流す方法もまた熟知している。


「んー、お父さんが本とかたくさん読んでくれるからです!」


 俺の父親――いや、今の父親は本好きで、絵本だけじゃなくて児童向けの図鑑や冒険小説もよく読み聞かせてくれる。

 そのおかげで、“知識豊富な子ども”を演じるにはうってつけの言い訳になる。


 まあ、それでも言い訳としては少し苦しいけどさ。


「あら、それは素敵ね……でも、結ちゃんって本当に頭が良いのねぇ」


 保育士たちは半ば呆れたような顔で、俺を見つめていた。だが、この場はなんとかやり過ごせそうだ。


 ふふん。

 稀代の天才美幼女だとでも思ってくれればいいよ。



 その日の午後、園長室に呼び出された。



 俺は小さな足で園長室まで歩き、コンコンとノックをする。


「どうぞ」

 

 ドアを開けると、優しい笑みを浮かべた園長が出迎えた。だが、その奥には何とも言えない困惑が混じっているのが分かる。


「結ちゃん、少しお話ししたいんだけど、いいかな?」


「はい、大丈夫です」


 椅子に座ると、園長は少し考え込むようにしてから口を開いた。


「結ちゃん、いつも周りのお友達をよく助けてくれるし、劇でも大活躍してくれて本当にありがとう。でもね、保育士たちも少し驚いているみたいなの。結ちゃんが……その、普通の幼稚園児とはちょっと違うって」


 来たか、と心の中でため息をつく。


「えっと……そうなんですか?みんなで頑張るのが好きだから、つい色々手伝っちゃいます!」


 あくまで「頑張り屋の子ども」を演じる。園長は俺の言葉に頷きながら、少し困ったような顔を浮かべた。


「そうね、それはとても素敵なことよ。でも、もしかしたらお友達たちが『結ちゃんばかりすごい』って思うかもしれないの。だからね、少しお友達に教えたり、一緒に考えたりしてみてほしいの」


 なるほど、俺が目立ちすぎることで周りの子どもたちに影響が出ているのか。


 まあそれももっともな意見だろうけど……このくらい小さい子供達は賢いからそこまで配慮しなくても杞憂だと思うけどなぁ。


 でもまあ、やりすぎはよくないか……


「わかりました。みんなと一緒に考えて、もっと楽しくできるようにします」


 園長の表情がほっと和らぐ。


「ありがとう、結ちゃん。これからもよろしくね」

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時間遡行転生したTS思春期ちゃんの初恋事情 猫渕 雨(旧,海ねこ あめうつつ) @Yume_Ututu

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