第43話 花は火に

 ある程度夏祭りの屋台を巡ったので、最後に花火を見るために、山道を少し登り神社の近くまで歩く。


 エルは下駄を履き慣れてないため、ちょっと擦れて指の間が赤くなったからおぶってるけど、軽くね?


 この子、あんなラーメン食べてるのになんで太らないんだ?


 一応毎日一緒に走ってるけど、流石に太らなすぎだと思う。



 そんな雑談をしながら歩いていると、彼方がふと立ち止まり、神社の方を指差した。


「ん? あれ凛じゃない?」


 彼方がそう言うので、神社の方を見ると……

 境内に巫女服を着て色々な人と連携しながら書類に目を通してる凛の姿が確認できた。


 苗字にもある通り、榊の木を植えたり、祭事の準備でもしているのだろうか。


「え、あれ凛ちゃんなの……?」


 隣の有栖が目を丸くしながら驚いている。


「お面外してたからわからなかった」


 榊の木が立ち並ぶ境内では、凛を中心に地域の役所の人たちや、近隣の神社から来た神主たちが集まっていた。


 みんな真剣な面持ちで話し合いながら、手元の書類やメモに目を走らせている。


  境内には忙しさが漂っていた。


 どこかから持ち込まれたテーブルの上には神事のスケジュール表や安全確認のチェックリスト、備品の管理簿などがびっしりと並べられている。


 凛はそれを一つひとつ確認しながら、次の指示を出しているようだった。


「……はい、では次は拝殿前の露払いをお願いします。その後、提灯の確認も忘れずに……あ、えっと、あの、すみません、境内の通路ですが、そちらをもう少し広く――」


 凛の声は普段の様子とは打って変わって、まだ少しつっかえながらも、大きな声で綺麗に響く鈴の音のように伝わり、周囲の人たちは彼女の指示に従い、動き出している。


「あ、役人さん、照明の準備は大丈夫ですか?」


「それはもうすぐ来ると思います。それから、地方のテレビの方が来てるので手が空いてる神主さんの方は対応してください」


「わっち……私が向かいますので、書類はまとめておいてください」


 凛は一つ一つ指示を的確に出しながらも、どこか緊張感を漂わせている。



「凛ちゃんって、こんなにしっかりしてたっけ?」


 有栖がぽつりと感心したように言う。


「……普段と全然違うわね」


 彼方も、じっと凛の姿を見つめていた。普段は目立たず静かな凛が、祭りの中心でこれだけ堂々と動いている姿は意外だった。



 その後、境内で忙しそうに指示を出していた凛がふと顔を上げ、テレビ局の方に向かう。


 その行き先を追うように目をやると、地方テレビ局のスタッフたちがカメラや機材を準備しているのが見えた。


「あのー」


「ん?」


 凛を目で追ってると、ふいに誰かから声をかけられたので、振り返ってみると、カメラとマイクを持ったスタッフ複数人が立っていて……


「こんにちは! 少しだけお時間いただけますか? こちらの夏祭りを楽しんでいる方々のインタビューを撮影しておりまして。」


 突然の取材申し出に、有栖が驚いた顔で俺と彼方を見る。


「え、インタビュー? どうする?」


「断る理由もないし、ちょっとくらいならいいんじゃないか?」


 そう答えると、スタッフが満面の笑みを浮かべ、マイクを向けてきた。


「ありがとうございます! では少しお話を伺わせてください。夏祭りを楽しんでいる様子を視聴者の方にもお届けしたいと思っています」


 そうテレビスタッフが丁寧に言うと、有栖が一歩前に出て答える。


「すっごく楽しいですよ! 毎年ここに来るんですけど、特に今年は屋台も多くて、いろんなものを食べました!」


 そういって優しく笑う有栖に、スタッフが一瞬有栖の可愛さに当てられてよろけるが、プロ根性でなんとか立て直し満足そうに頷く。


 続けて有栖の隣にいた彼方に質問を振るスタッフ。


「神社で行われるお祭りについて、特別に感じることはありますか?」


 彼方は少し考え込んだ後、落ち着いた口調で答えた。


「そうですね……この神社は小さい頃から来てるので、懐かしいというか、地元の良さを感じますね。提灯の明かりとか、夜風とかが落ち着きます」


 あれ、てことは昔から凛のことは知ってたのかな?

 どうなんだろ。



 それからは、夏の定番やら、色々と聞かれて終わった。


 特にエルはラーメンとかき氷についてそれはもうとんでもなく長い間語ってたから、慌てて止めたけど……たぶんカットかなぁ。

 


 そうして、ほっとしたのも束の間、俺たちの近くに歩いてくる人物が目に入る。


 夏祭りの喧騒が境内に響き渡る中、巫女装束をまとった凛が、こちらへしっかりとした足取りで歩いてきた。


 薄明かりに照らされる白い衣と赤い袴は、彼女の清楚な雰囲気を一層際立たせている。


 凛は近くに立っていたテレビ局のスタッフたちに、軽く頭を下げる。

 身のこなしは落ち着いていたが、その表情には微かな緊張感が見え隠れしていた。


 彼女は俺たちの前で足を止め、小さく深呼吸をしてから話しかけてきた。


「皆さんも、来てたんですか?」


 声色は普段通りの控えめなものだったが、その中には少しだけ安心したような響きがあった。


「凛ちゃんこんばんはー、今日は皆と一緒に来てるんだ!」


 有栖が手を軽く振りながら答えると、凛はほっとしたように微笑んだ。


「そうですか……楽しそうで、なにより、です!」


 言葉遣いは相変わらず丁寧だが、その表情からは疲労感が隠しきれない。

 彼女がここ数時間、境内を走り回っている姿を見ていた俺には、凛が夏祭りを楽しむ暇などほとんどなかっただろうことが容易に想像できた。


「それはそうと、さっきから忙しそうね凛」


 彼方がそう尋ねると、凛は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それから少し恥ずかしそうに目線を落とした。


「父がいないのでわっちが、かわりにやらなくちゃ、いけなかったので。でももうすぐ終わりそうなので、後で合流しても……いいですか?」


 凛はそう言いながら、小動物みたいにもじもじとしながらこちらを見つめてくる。

 視線をちらちらとこちらに向けてくる様子が、なんとも控えめで可愛らしい。


 俺はもちろん異論などなかったし、横に立つ有栖の表情からも、彼女が大歓迎の意を表しているのが一目瞭然だった。


「全然良いよ」


「よ、よかった……」


 俺がそう言うと凛はホッと安堵した様子になり、少しだけ息を吐き、再び背筋を伸ばす。


 そんな様子を俺が背負ってるエルは思い出すように言った。


「結、この方は?」


「あそっか、エルはまだ初対面だっけ。この子は凛……彼方の同級生だよ。自分とはクラスは違うけど」


「なるほど、そうでしたか。初めまして。私はエレオノーラと申します。結さんとは最近ご縁がありまして、居候しております。エルと呼んでください」


 その言葉遣いの丁寧さに、凛は少し目を瞬かせながらも微笑みを浮かべる。


「あ、初めまして。私は榊 凛と言います。この神社でお手伝いをしています。よろしくお願いします」


 なんだこの硬い挨拶……お見合いか?


「巫女装束もよくお似合いで、祭りの雰囲気をさらに彩られているようです」


「そ、そんなことないです。ただ、着ているだけなので……」


 エルの言葉に驚いた様子で頬を赤らめる凛は、恥ずかしそうに俯きながら答えた。



 そうして、エルと凛の顔合わせも終わり、凛は軽く一礼して自分の仕事に戻っていった。

 巫女装束の背中が提灯の明かりに照らされ、祭りの喧騒の中に溶け込んでいく姿は、どこか幻想的で目を引くものがあった。


「さて、凛が戻ってくるまでどうする?」


 俺が二人に問いかけると、有栖が提案するように手を上げた。


「エルもそんな感じだし、ベンチで休憩するわ」


 ということで、人混みを避けて近くのベンチに腰を下ろした。


 祭りの喧騒から少し距離を取ったこの場所は、灯籠の光がほんのりと足元を照らし、心地よい夜風が吹いていた。


「なんか、こうしてると祭りの音が遠くに聞こえて、少しだけ現実離れしてる感じがするねー」


 有栖がそう言って空を見上げる。エルもそれに続いて視線を上げた。


「提灯の光が空気に溶け込む様子は確かに美しいですね」


 詩人かな?


 俺はそんな二人を見ながら、少し微笑む。しばらく穏やかな沈黙が流れた後、遠くから聞こえる凛の声に気づいた。


「お待たせしました!」


 振り向くと、仕事を終えた凛が巫女装束の裾を軽く押さえながら小走りでこちらに向かってきていた。


「お疲れ様、凛。無事に終わった?」


 俺が声をかけると、凛は少し息を整えて頷いた。


「はい、なんとか片付きました! これでみなさんと一緒に楽しめます」


 有栖が立ち上がり、凛の肩に手を置いてにっこり笑う。


「じゃあ、今から花火だね。ちょうど良いタイミングじゃない?」


 彼方がそう言うと、有栖は腕時計をちらりと確認しながら頷いた。


「うん、あと数分くらいかな? 会場の方に行った方がいいかも。」


 俺たちは立ち上がり、花火がよく見える会場の方へと足を向けた。


 途中で露店の賑わいや提灯の明かりを横目に見ながら、心地よい夜風に吹かれる。


 そして、開けた場所にたどり着いたちょうどその時だった――夜空に大きな音が響き、最初の花火が打ち上げられる。


「今年の夏祭りも、良いものになりましたね……」


 凛が小さな声で感嘆の声を漏らす。

 見上げる彼女の横顔が、打ち上がった花火の光に照らされて、幻想的に浮かび上がる。


「すごい……!」


 有栖は花火なんて今まで殆ど見てこなかったからなのか、体全体で驚きと感嘆を表していた。


「花火の光が提灯と混ざり合い、なんとも風情がありますね。」


 エルも静かに感想を口にする。


 俺はそんな二人の声を聞きながら、花火を見上げた。この一瞬一瞬が胸の奥に刻まれるような気がした。


「来てよかったな」


 思わず口をついて出た言葉に、隣で聞いていた凛が小さく微笑む。


「みなさんと、見れて……良かったです」


 夜空を彩る花火は次第にその規模を増し、その美しさに魅入られた。




 百華をかたどる火の雨は、空を埋める。








◆◇






 後書き


 どうもこんばんは海ねこです。

 最近流行ってるインフルエンザに私もかかってしまい長らく更新できずすみませんでした。


 それから今日はクリスマスですね。

 この聖夜も社畜たちの残業によって色鮮やかに作られていると知ると、なんだか胸が躍ります。


 冗談です。

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