第33話 不安の解消策

 狐のお面を被ったスレンダーな少女。

 さかき りんはグラウンドのレーンに立っていた。


 その脚は、少しばかり震えている。


 緊張していることは誰の目から見ても明らかだった。


 




 耳鳴りが止まらなくて、不安で、いつもよりも鮮明に周りが視える。


 

 クラスで何の競技に出るか決める時に、一年選抜リレーは誰もやろうとしなくて……


 わっちはまだ出る競技を選んでなかったから、半ば強制的に抜擢された。



 どうしよう……

 ちゃんと走れる気がしない。


 今は柳瀬さんもいないから、不安で不安で……




「あれ、凛ちゃんだったかな、君も走るんだね」


「ひ!? あ、結さん?」


 柳瀬さんのご友人の結さんが隣にいて、わっちに優しく声をかけてきた。


「凄いガチガチだね、リラックスリラックス」


「は、はい」


 目を細めてニッとはにかむ結さんの、そのとびっきり可愛らしい笑顔に惹かれる。





 それにしても、結さんの頭の上にふわふわの白いお狐さんが乗っている。


 幼い頃からこうやって、見えないものが視えるから、そういうことを言いふらしていて……

 

 友達からは『電波女』とか『不思議ちゃん』『ぶりっこ』なんて言われたりしてきた。


 それからは隠すようになったけど、ここまで綺麗に鮮明に幻視するのは初めてだなぁ……


「お狐様……」


「お狐様?」


「あ、いや、なんでも……ないです」


 無意識に声を出していたようで、慌てて誤魔化す。


 もし、ばれたら昔みたいに揶揄われちゃう……





 感覚が鋭いのか、はたまた第六感的なものがあるのか原理は分からないけれど、自分には人には見えないものが視えたり、聞こえないものが聴こえたりする。



 両親はわっちのことを何かの病気だと思って、病院に行くことになったんだけど……


  お医者さんからは五感、特に視力と聴力が一般人よりも遥かに高いだけって言われた。


 だからこうしてお面で視界を覆っていても人より見える。




 今も、結さんの頭の上に真っ白いもふもふなお狐さんがぐっすり眠ってる。


 かわいいな……



「さっきから頭見てるようだけど、何か頭にゴミでもついてる?」


「え、あ、その……」


 結さんが近づいて来てじっと覗き込んでくる。


 その綺麗で大きな赤みがかった漆陶器のような瞳と、長く整ったまつ毛。

 

 艶のある唇と鼻筋。

 骨格も無駄がなくて、スッとしている。


 ご尊顔が、綺麗すぎて……違う緊張を覚えた。



 なんというか、あでやかな白椿の花のような人だな……


「大丈夫? 緊張してるようだけど」


「だ、だいじょぶです」


「そう?」


 ジロジロとみているのがバレた。


 どうしよ……

 変な人だって思われてないかな。



 そんなことを考えていると、結さんの声と共に先ほど寝ていたお狐様が起きていた。



 そんなお狐様と目があって……

 

 その刹那、お狐様はお辞儀をして、泡沫うたかたみたく消えて行った。


 結さんの守神まもりがみみたいなものかな……



 

 お面越しから結さんを観察する。

 

 本当に見れば見るほど美しい人で……


 

 特筆すべきものは、その立ち姿。


 身体が一本の芯のようになっていて、全く揺れない。


 わっちみたく、武道をやっているのかな。


 

「よし、そろそろ出番だよ」


「あ、はい!」



 自分の番だ。

 しっかりしないと……


 


 

 今の状況、赤が一番続いて黒、青と来ていた。

 

 三人目のバトンが渡る。


 コーナーで差が縮まっていき、足音が次第に大きくなってくる。



 それと同時に心臓の鼓動がだんだん速くなっていき、せっかく溶けた緊張が再び戻って来た。


 結さんとお狐様に見惚れてから、他は何も考えずに済んだけれど……


 

 こ、転ばないかな……

 バトンパス、失敗しないかな……


 そんな不安が募っていく。



 わっちのせいで全部台無しになったら、どうしよう……


 なんて、あれこれ嫌な考えが付き纏いながらも、刻一刻と自分の番が迫ってきた。


「走って!」


「は、あ、はい!」


「はいパス!」


「あ、あああ」


 駆け出すタイミングおパスがもつれて、転ばせてしまった。


「だ、だいじょ……」


 転んだクラスメイトを案じようとすると……


「はやくいけ!」


 怒声でそう言われた。



「は、はい……!」


 あ、ああ……やってしまった。


 笑い声が聞こえる。

 きっと今わっちはみんなに嗤われてる。



 走らないと。

 なんとか挽回しないと。


 自分のせいで全て台無しなんて嫌だ……

 だから走って、走って……



 でも、緊張で変な力が入って何かにつまづいた。


 その瞬間、時間がゆっくりになって顔と場面が近づいていって……


 自分は転んだんだなって気づいた。


 

 想定していた最悪の展開。


 あとできっとクラスメイトに責められるんだって容易に想像できた。


「わっちのせい……」


 ああ、嫌だ。

 早く、、はやく、立たないと……




 立ちあがろうとした頃には、黒組に抜かされていた。


 それに、お面の紐が切れていて外れて……

 周りの人たちの顔が、よく見えた。



 あ、ああ……

 怖い……


 きっと、失望されてる。


 そう思うと、上手く足に力が入らなくて、立ち上がれない。



 こんな、こんなはずじゃなかったのに……

 


 後ろから誰かが迫ってくる。

 もう追いつかれたんだ……


 抜かされる、そう覚悟した。



 しかし……


「大丈夫か? ほら、手かしてあげる」


「結、さん……?」


 正面には、しゃがみながら優しくそう言ってくる結さんがいた。



 差し出された細く長い綺麗な手に、無意識にわっちの手が動いて掴んでいた。


「足捻ってない? とりあえず落ち着いて、深呼吸」


 何かお礼を言うべきだったのに声が出ない。

 だけど、結さんの言われた通り深呼吸をする。



「走れるかな? 返答が難しそうなら首を動かすだけで良いよ」


 その気遣いが、本当に有り難かった。


 でも、自分のせいで結さんの足を止めたことは事実で……


 申し訳なさが一杯だった。


「うーん、仕方ない」


「え、え?」


 結さんが、自分の背中と脚を抱えて、走り出す。


 いきなりのことで、困惑した声をあげるだけで、何も反応することができなかった。




 それより、もしかしてわっち、お姫様抱っこされてる!?


「あ、あの……」


「舌噛まないように、注意してね」


 結さんは、有無を言わさず駆け出した。





「華奢な女の子とはいえ、一人抱えてあんな速度で走れるの凄すぎだろ……」


「俺も二葉さんにお姫様抱っこされたい」


「すっげぇぇぇ」


「最初から思ってたけど、速すぎないか?」



 色々な人の話し声が聞こえて、全員結さんのことに注目していた。


 誰も、わっちが転んだことを責めて無かった……


 なんで、なんだろ……


「ほら、一緒にゴールしようぜ」



 結さんの言葉が、全ての不安と緊張を、払拭してくれた。


 それに、普通なら顔を隠さないと不安が込み上げてくるけど、今は全然平気で、不思議……


 




 そうして結さんに抱えられながら、いつのまにかゴールしていて、結果は同率三位だった。


 待機時間と、転ぶ瞬間は永遠にも感じられたけれど、結さんに助けてもらってからは一瞬で時間が過ぎ去っていたと思う。



「おつかれ」


「おつかれ、さまです。それと、ありがとう、ございます」


「ゆっくり降ろすから、じっとしててね」


「は、はい」

 


 優しい。


 それに何よりこの人の側ってすごく安心感があって、不安とか緊張が和らぐ……


______

____

__




『いやー、感動的でした』


『抱えながらあんな走れるもんなんだなぁ、すげえほんと』


『ですね、それにこの学校の珍獣枠の榊さんの素顔初めてみました……随分可愛らしいお顔されてましたね』



 謎に隠されたその素顔が公開されたことで、同級生や噂を書いていた同学年に衝撃が走った。


 三白眼、しかも色素が薄いブラウンアイを持つ、とんでも美少女。


 一年生だけでも、結や有栖、彼方、男子だけど翡翠といった面子にこれ以上割って入る者は居ないだろうと思われてたその時、凛という予想だにしない刺客が現れた。

 

 

『なんで美少女がこんな沢山いるのに、俺に浮ついた話は出てこないんだろうな』


 司会の解説が、全く関係ないことを思いっきりマイクにのせ呟く。


『先輩、隣に凄い美少女居ますよ!』


『え、どこどこ!?』


『ここじゃボケぇぇぇ!』


 今回も実況と解説は平常運転だった。




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