閑話一 星降る夜
どうすれば、いいんだろ。
何かしないと不安になるし……
かといって何かをする気力も無くてさ。
いつもとは違って、自堕落な生活を送った。
気がついたら寝てたり、気がついたらご飯食べてたり。
やることなすこと、全部が宙ぶらり。
有栖がいなくなってからは、何かがすっぽ抜けたような感覚だった。
そうして、何も記憶に残らない空虚な一ヶ月を過ごした。
「そうだ……ピアノ、弾かないと」
流石に何もしない時間が長かったせいか、身体が勝手に動いて、そう口走った。
衝動的にペダルを踏んで、指を沈める。
何かが欠落したような音が出た。
普段なら切っているのに、爪が伸びていたせいか鍵盤に爪が当たってカチカチと音が鳴る。
でもそんなの気にしなかった。
ふざけた音。
連発するミス。
酷い出来栄えに笑えてくる。
でも不思議と心地良い。
この雑音で、頭が埋め尽くされるから。
だから涙が出てきても、気にならなかった。
「あは」
時間が流れる。
汗で顔も身体もベタベタで、涙と混ざってぐっちゃぐちゃ。
気がつけば夜が来ていて、それでもお構いなしに、狂ったように弾いていた。
狂ってしまえば楽だった。
全部、全部、気にしなくて住むから。
「あはは」
ピアノの音に失意と絶望が滲んでいく。
深く深く、黒ずんでいく。
真っ暗闇のどん底に、落ちて、沈んで、歪んで、消えて。
そして、疲れて寝落ちした。
気絶したと行った方が正しいのかもしれない。
朝起きると、入った記憶の無いベッドに横になっていた。
身体を起こして、机を見ると“ほどほどにね”というメモ書きと朝食が置いてあって……
時計を見ると十時を過ぎていた。
「こんな時間に起きたの初めてだなあ」
少し冷めた目玉焼きと味噌汁をすすって、ご飯を口に運ぶ。
食べ終わってからは、食器が乗ったおぼんをキッチンまで持っていって、それぞれ洗って。
「よし……」
それからは自分の部屋に戻って、ピアノの鍵盤を拭いた。
______
____
__
「ひさしぶり」
匿名:唐突やな
匿名:おひさー
匿名:ふたばちゃん最近動画も出してなかったしどうしたの?
匿名:こんにちは
「まあ色々あってね、今日は少しストレス発散に付き合ってよ」
匿名:もしかして彼氏に振られたとか?
匿名:なるほど、ほならその彼氏が悪いな
匿名:俺ならそんな想いさせないのに
なんかチャット欄が勝手に虚構の彼氏像を作り上げていく。
「彼氏なんて生まれてこの方できたことないから。自分が美少女すぎて告られたことなら三桁行きそうだけど」
匿名:この言動だから、彼氏できたことないんだって安心する
匿名:残念美少女
匿名:なんだ? 自慢か? 告白された回数ゼロ回の私はの当てつけか!?
匿名:どうどう落ち着け、ふたばちゃんのスペックをよく見て現実見ろって
匿名:おまえそれ、とどめ刺しにいってね?
匿名:(泣)
「まあとりあえず、今日は憂さ晴らし回。リクエストは……今日は無しでいこうか」
匿名:お任せコースは久しぶりやな
匿名:いつも鬼畜な曲しか頼まないから疲れてるんでしょ
匿名いうてふたばちゃんが選ぶ曲も、大概やけどな……
匿名:初っ端から月光第三楽章……
匿名:音の粒がすげー独立して聞こえる
匿名:月光というよりかは、星がぱらぱら降ってくるような情景に視えるな
匿名:そういや今日って歴史上でも類を見ないほどの大きな流星群がくるんだっけ
匿名:日も落ちてきたし、もうすぐか
匿名:今宵は流星を見ながらふたばちゃんのピアノを肴に晩酌するかなぁ
匿名:なにそれズルい
匿名:雅だね
匿名:贅沢だわ
匿名:それにしてもよくあんなに指が動くよな
匿名:ふたばちゃんの手って凄い綺麗だよね
「ふぅ」
息を忘れるほどに没頭して弾いたから、体力がごっそり減ってる。
昨日の狂ったように弾くのも快感ではあったけど、今の方がやっぱり好きだ。
いつだって綺麗なものが、美しいものが、自分の心の臓を揺さぶる作品が大好きだ。
何か物足りなさもあるけれど、今の自分には、このくらいがちょうど良い。
暗くて静かで、華やかさなんてかけらもないけれど……それも美しさだと思って。
「はあ……」
匿名:妙に色気のあるため息だな
匿名:えろてぃっく
匿名:すごい……なんか、とても、いい
匿名:お前ら、わかってるとは思うがこの子は14歳だからな?
匿名:のーたっちだよ
匿名:ダイジョブダイジョブ
第三楽章からゆったりとした第一楽章へ。
ゆっくりと鍵盤に沈む指。
脱力しきったその手は、別の生き物かのように動き出す。
匿名:静謐な感じで、気品があるわぁ……
匿名:月光第一楽章か、かっこよすぎてピアノ始めるきっかけになった曲の一つ。
匿名:まじでここまで綺麗に弾ける人いるん?
匿名:曲が始まったと同時に星が降ってきたね
匿名:はぁー至福
匿名:まだ少し明るいけど、それでも鮮明に流星が見えるな
匿名:綺麗
匿名:……
流れ星が見える間に願いを言えば叶うって聞いたことがある。
今日は、これ以上ないほど星が空を巡るから、願う時間は沢山あって……
星降る夜に思いを馳せながら、この手を無心に動かした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます