第18話 何気ない幸せ

 最近部活創設だとか、体育祭予行練習とかで忙しかった。


 それにしても……

 機材諸々を部費と自費で購入して設置が大変だった。


 まあ有栖と彼方と翡翠に手伝ってもらったから、そこまで時間はかからなかったけど。




「疲れたぁ」


 腕をおもいっきり上げて伸びをする。

 ひとまずやることは終わったし……


「帰りはアイス買お」


「だねー」



 彼方と翡翠は今日用事があるから先に帰っちゃったし、今日は体育祭の練習も無いから久しぶりに二人で帰ることになった。


 とりあえず部室の鍵をかけて、一階に降りる。


 外に出ると熱気が身体にまとわりついてきて、こんな気温の中、体育祭やると思うと少し気怠く感じる。


「あつぃ……」


「あついねぇー」


 こんなことなら日傘でも買っとくんだった……


 運動部の人たちはすげえよ、こんな真夏の暑い中走り回って。


「サッカー楽しそうだねー」


 そうして、少し部活の様子を有栖と二人で見ることになった。


 すると、目があって……

 先ほどまで、戯れあっていたのにいきなり試合さながら本気の雰囲気になったのは気のせいだろうか。


「ハリー!」


「こっち空いてる!」


 うわすご、あれオーバーヘットって言うんだっけ。


「すごいな」


「すごい!」


 サッカー今まで殆ど触れる機会無かったから素人目だけど、凄い上手く見える。


 いやまあ実際上手いんだろうけども。

 

 


 そうして、この暑い中よくあれだけ動けるなあと感心しながら、有栖と二人で見続けていると……


「おや、もしかして男子サッカー部のマネージャー希望の子かな?」


 中性的なハスキーボイスの持ち主から声をかけられた。


 ひょっとしたら180cmくらいあるんじゃないかと思うくらい背が高いイケメン……かと思ったけど、喉仏といい骨格といい、女の子か。


 趣味が絵を描くことだから観察癖が抜けないな……


「誰ですか?」


「ボクは三年一組のひいらぎ 蒼葉あおば。よろしくね」


「あ、はい、こちらこそ」


「君は何かと有名な二葉ちゃんだよね。後ろの方は……」


「あ、有栖です。最近ここに編入してきました!」


「君が有栖ちゃんかあ、噂に違わず美少女だね」


 そう言う柊先輩。


 あれ?

 見間違いじゃなければだけど、一瞬この人舌舐めずりしなかった?


 いやいや、そんなまさか。

 

 それになんだか柊先輩の目線が下がってるような……

 


「柊先輩、もしかして胸見てます?」


「っ……いやいや、見てないよ?」


 反応が怪し過ぎるんだが……




 そんな中。


「おい柊、また可愛い子にナンパしてんのかよ……」


 先ほどサッカーをしていた一人がチームから抜け出して此方に近づき、柊先輩に向けて呆れながら言った。


「ナンパなんてそんな言い方ないじゃないか! ただの挨拶だよ」


 言い訳が苦しすぎない?


「ただ、可愛い子がいたから声をかけただけで……」


 それをナンパと言うんじゃないの?


「もろナンパじゃねえか! こいつが迷惑かけてすまんな二人とも、こいつ美少女好き兼ロリコンなんだ」


「そ、そうなんですね……」


 有栖が若干俺の服の裾を掴んで背中に隠れながら、若干引き気味に返事を返す。


 その反応に柊先輩はショックを受け崩れ落ちた。


 何この残念イケメン。

 こういう人本当に実在するんだな……

 

 世界って広い。



 

 なんとか立ち上がった柊先輩は俺たちに向き直る。


「とりあえず、サッカー部のマネージャーはいつでも歓迎してるから、気が向いたら来ておくれよ」


「おい、勧誘は程々にしろよ。お前たまに自我を失うんだから尚更」


 最後まで諦めずに柊先輩は俺たちにそう言って、引きずられながら去っていった。


 なんていうか、台風みたいな人だな。


「なんか、台風みたいな人だったね……」


 有栖も同じこと思ってたみたい。


______

____

__



「アイス、売り切れてたね」


「……だね」


 この暑い中だから皆アイス買っていくんだろうな。


 特に俺と有栖が好きなみかん味のアイスバーがなくて残念だった。


 あ、でもモナカがまだ残ってる。


「とりあえずこのモナカ買って帰ろっか」


「うん」


 モナカを買ってコンビニの外に出る。

 あっつ……


 いやでもサウナに無料で入ってるって思えば……


 良くなるわけ、無いんよな。

 汗だくだよ!


 スポーツブラって言うけど、これ結構蒸れるし……つけない方がいいのでは?


 いや、そしたらまた彼方に怒られるからダメか。


「有栖、ハンカチいる?」


「わ、ありがとー!」


 俺も有栖も汗だくで、このままいけばアイスみたいに溶けそう。


 

 もうすぐの辛抱だ……

 あとちょっとで、我が家。


「ついたぁ、ただいまぁ……」


「ただいまー、ほんと暑かったねえ」


 シャワーしよ。

 あ、でも有栖と順番待ちか。


「有栖、先シャワーする?」


「え、あでも、結も入りたいだろうし……」


 俺が先にシャワーするか聞くと少し遠慮しながら有栖は言う。


 これどうやって決めよう。

 待たせるのも悪いし……


「だから、一緒に、入らない?」


「……っ!?」


「ほ、ほら、一緒に入ったら時間もかからないし、だから……」


 顔を赤く染めながらそう言う有栖。


 可愛い……

 いや、そんなこと考えている場合じゃない。


 

 これなんて答えるのが正解なんだ?


 選択肢一、先に入っていいよ。

 いやでもこれは、有栖がせっかく言ってくれたのに拒否することになっちゃうからダメだ。


 選択肢二、じゃあ一緒に入ろっか。

 これを面と向かって言うのが恥ずかしすぎるからこれも、できる限りナシ。


 選択肢三、無難に、いいよって答える。

 これだ!

 一番自分に、尚且つ有栖にも負担がかからないであろう答え!



 これを考えている時間僅か一秒。

 俺は頭をフル回転させて……


「い、いいよ」


 緊張しすぎて少し声が掠れながらも、そう言った。



 とりあえずモナカを冷凍庫に入れてから、脱衣所に向かう。

 

 二人分の着替えを置いて、汗で湿った靴下とシャツとズボンを脱いで、洗濯機に入れる。


 後はスポブラとパンツを手にかけて止まった。


 なにこれめっちゃ恥ずかしいんだけど……

 翡翠だったらこんなことにはならないんだけどな。


 埒が開かないので、おもいっきり脱いでタオルすぐ持ってお風呂場に入る。


 それに続いて、有栖も入ってきた。


「結、体洗おうか?」


「え、あ……お願いします」


 変な敬語と汗が出る。

 ここは平常心だ……!


 

 有栖の手が、背中にそっと当たる。

 ボディーソープで有栖の手が滑って、背中から肩へ、肩から首へ、そしてまた背中と戻っていく。


「痒いところとかない?」


「ないよ」


 お風呂場だから有栖の声がよく響く。


 前側は流石に自分で洗った後、シャワーを流した。


 なんでそんな残念そうな顔をするんですか、有栖さん……


 可愛すぎて断りにくいんですけど。



「じゃあ次は私の背中、お願いしてもいい?」


 俺が洗い終わった後に、交代で有栖は風呂椅子に座ってそう言った。


「……じゃあ、洗うね」


「うん!」


 あざは殆ど消えているけれど、背中の火傷跡だけは、まだ鮮明に残っていて……


 まだ痛むのかは分からないけれど、痛くないように細心の注意を払って、優しく洗い流す。


「ふわぁ……きもちい」


 本当に気持ちよさそうに声を出す有栖。

 そう言ってくれて一安心。

 

 少しずつこの状況にも慣れてきて、身体に付着した泡をシャワーで洗い落としていく。



 そうして、最近買った柑橘系のシャンプーを自分の手に出して、有栖の髪の毛に馴染ませる。


「いい匂い」


 有栖はみかんが好きだし、きっと気にいると思って買ったこのシャンプー。


 後ろを向いているから、有栖の表情はこっからは見えないけど、多分気に入っているんじゃないかなと思う。




「えへへ」


「どうしたの?」


 有栖の長い髪を洗い流していると、少し笑いだして、突然どうしたのかと思って聞いてみると……



「こうして二人でいられるのが幸せだなって思って」


 有栖は弾むようにそう言った。





「そっか……」




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