第15話 この胸の痛みの解を知る

 風邪かと思ったらインフルだった。


 咳が止まんない……


 というか、記憶にある中では初めてかかったんじゃなかろうか。


「あー、頭と喉が痛い」


 頭はズキズキするわ、喉がイガイガするわ、代謝で汗が止まらんわで苦しい。


 目眩もするし、それになんか、精神的に辛いな……


 今まで風邪とか病気とか引いたことなかったから、こうして一人で何もせずにベッドに横になるのは、凄く寂しい。


「俺、何もしてない状態が、一番キツイんだな……」


 そう、つぶやいた。


 いつもピアノ弾いたり、絵描いたり、有栖や彼方と話したりしてたから、自然と何もやってない時間が、嫌になったのかもしれない。


「はあ……」


 うさぎは寂しいと死んじゃうらしい。


 まあ俺はうさぎほどヤワじゃないけどね。

 ただ、精神的に不安定になってくるんだよなぁ……


 とはいえ、安静にしてって有栖に言われたから寝てるわけだけども。


 そわそわ


 頭痛くて寝れん……


 


「配信して気持ちを紛らわすかなぁ」


 お昼だし、簡単な料理でもしよう。

 これなら別に大丈夫だろうし……


 とりあえずカメラとマイク繋げて、と。



 匿名:やほ


 匿名:いつも配信急すぎない?


 匿名:それがこのチャンネルだ


 匿名:こんにちは


 匿名:これ台所?シックな黒基調でかっこいい


 匿名:もしや、料理配信?



 推測早いな。

 さすが俺の鍛え抜かれたリスナーだ。




「どうも、絶賛インフル中の二葉だよ」


 匿名:寝ろよ


「わあ辛辣、こんな美少女を一蹴するなんて」


 匿名:w


 匿名:くそ、ほんとに美少女だから反論できないのがタチ悪い


 匿名:ゲリラ配信がすぎるって


 匿名:寝なさい……




 まあ寝たいけどさ、寝れないんだよね。

 お昼でお腹も空いてきたし、なんか食べたくて仕方ない。


 マスクと手袋とエプロンを装備する。


「まあカレーでも作るよ。飯テロしてごめんね?」


 匿名:おい、誰かこいつを止めろ!


 匿名:無理であります!


 匿名:料理もできんのかフタバちゃんって


 匿名:カレー!カレー!


 


 とりあえず玉ねぎを刻んで……

 スパイスを三種類、塩、トマト缶、牛乳、にんにく、鶏もも肉、じゃがいもを準備しておく。


 ひとまずフライパンに油敷いて、刻んだ玉ねぎを入れてヘラでしっかりと炒め、じゃがいもをレンジで入れてふかふかにしておく。


「うん、いい感じかな」



 匿名:レトルトじゃなかった……


 匿名:あれ?フタバちゃんインフルなんよね?


 匿名:ガチすぎない!?


 匿名:病人が作るもんじゃ無い……



 それから、炒めて黄金色こがねいろになった玉ねぎと、適当にカットした柔らかいじゃがいもを鍋に入れて、スパイス三種と、もうちょっと辛くしたいからチリパウダーも入れておいてと……


 鍋にトマト缶とミルク、水を入れ、すりおろしておいたニンニクも少量入れておく。


 後はしっかりかき混ぜて、煮込んでいってと……


「なんか、力入んないな」



 匿名:本当にだいじょぶなんか?


 匿名:しんぱい


 匿名:それにしても手際いいな、相当料理好きとみた

 



 それからフライパンにもう一度油を敷いて、鶏ももを入れて炒める。

 

「ガーリックパウダーかけるか」


 ニンニクって身体に良いらしいしね。


 生姜があればもっと良かったんだけど、あいにく冷蔵庫にも野菜室にも無かった。


 生姜チューブとかあったら便利だよなぁ……

 有栖にお願いしてお買い物に行ってもらおっかな。


 そんなことを考えながら、炒め終わったもも肉を煮込んだカレーに投入。


「なんか、頭痛いし椅子に座ろ……」


 後は煮込むだけだし、その他とかき混ぜながら休もう。


 一旦マスク外そ、熱いし……



 匿名:こうして見ると、まじで美少女だな


 匿名:可愛すぎる定期


 匿名:そういやあ思ったけど、全国のピアノコンクール優勝してた子やんけ……


 匿名:いまさら気づいたのか


 匿名:あ、え?ガチやん!



「よく見つけたね〜」


 俺はスマホで配信を見ながらそう言った。



 匿名:いや、本名がっつりのってるし、身バレしてんのに落ち着きすぎない?



 そうは言うけど、悪いことしてないから名前バレてもって感じだし、界隈では自分の名前結構知られてるし……


 そんな気にすることでもなかった。



 匿名:経歴凄まじいな……


 匿名:プロレベルだとは思ってたけど、マジで凄い人だった


 匿名:完璧美少女すぎる……言動以外は


 匿名:喋らなければ、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花だしな



「酷い言いようなんだが……まあ美少女には変わりないんだし、いいじゃんか」


 うん、多分こういうところなんだろうな。

 皆が言いたいのは、


 自覚はあるけど、相当ネガティブよりですぐ不安になるタチだからこうして、騙し騙しやんないとダメになるんだよなぁ……


 最近は有栖が側にいてくれるから、そうなることは減ったけど。




「さてと、一時間くらい煮込んだし、ちょい味見」


 匿名:うまそ


 匿名:いいなあ、俺なんて昼飯カップ麺だっていうのに



「まあ上出来かなー、少し辛いけど」


 お腹が減った身体に染み渡る。


 


 匿名:めっちゃ美味しそうに食べるな


 匿名:滴る汗がえろてぃっくすぎる


 匿名:おい誰かこの変態を摘み出せ




「はあ、はふ」


 髪が邪魔だったから耳に寄せて、炊いておいたご飯と一緒にカレーを口の中に入れる。



 飲み物欲しいな……


 冷蔵庫にあった、飲むヨーグルトをコップに注いで飲む。


「ぷはー」



 匿名:いいマイク使ってるからなのか耳が心地いい


 匿名:イヤホンつけてみ?


 匿名:わお


 匿名:人の咀嚼音不快だったけど、フタバちゃんのはむしろ心地いいな


 匿名:これがASMRか


 匿名:なにそれ?


 匿名:2010年ごろに生まれたスラング。耳に残る不思議な感覚をそう言ったりするんよ


 匿名:はえー




 匿名:あかんお腹減ってきた


 匿名:インフルなのにちゃんと食欲あるっていいな、自分の時は胃が空っぽでもゼリーとかしか入んなかったし



「量と節度とバランス守れば食事も薬だしね」


 そう言いながらもゴホッと咳き込む。

 喉が痛い……


 とりあえずヨーグルト飲んで、喉を鎮めよう。



 匿名:だいじょうぶ?


 匿名:はやくそれ食べて寝なはれ


 匿名:歯磨きするんやで


 匿名:パパ面発生しててわろた



「うん、そうする。食事垂れ流しであまり喋られなかったけど楽しかったよ」


 とりあえず食べ終わったから食器洗って、歯磨きをして、カメラをパソコンの側に戻す。


 

「ふう、疲れたし、頭痛いし、寝よ……」


 なんだか、凄く眠くなってきて、俺はベッドに吸い込まれるかのようにバタッと倒れ眠りについた。





 匿名:配信、切られてない


 匿名:寝てるとこ配信!?


 匿名:事故じゃねえか


 匿名:寝てるとこ初めて見た


 匿名:貴重シーン!貴重シーン!


 匿名:寝てるとこ可愛いすぎだろ


 匿名:部屋綺麗だなぁ


 匿名:インフルで辛そうだったから、配信消すの忘れたんかな


 匿名:我ら見守り隊


 匿名:天使がおる


 匿名:初見です、めちゃくちゃ可愛いですね


 匿名:信じられるか?これですっぴんなんだぜ?


 匿名:元々の素材が神がかってる


 匿名:言動がアレだから中和されてるけど、ピアノもプロレベルで、絵もアナログ、デジタルほぼ全て最上位レベルで描ける天才なんよな


 匿名:これが残念天才美少女か……


 匿名:普段はまともなんだけどね





「ただいまー、結寝てるのかな?」



 匿名:あれ?誰か来た


 匿名:フタバちゃんに姉妹なんていたっけ?


 匿名:え、可愛すぎない!?


 匿名:顔面の暴力がすごいんだが



「結、ちゃんと布団かけないと」


 そんな有栖の声が聞こえて、目が覚めた。


「……あれ、有栖?マスクつけないとうつるよ?」


 目をこすりながら、有栖にそう言ってマスクをつけてもらう。

 

「手洗いうがいはした?」


「うん、ばっちりだよ」


 指でOKマークを作りはにかむ有栖。

 可愛い……




 匿名:なんだろうこの気持ち……


 匿名:尊い


 匿名:俺の負の部分が浄化されそう


 匿名:あったけえ




「とりあえずって……あ、パソコンつきっぱなし……もしかして、、配信切り忘れた?」


 ちょ、ちょっと待って……?


 あ……



 匿名:やっと気がついた


 匿名:配信事故ですね、はい



「見なかったことに、できませんかね……」



 匿名:無理やな


 匿名:記憶の中にバッチしと




 はあ、マジかよ


「ごめん有栖、有栖の可愛い素顔がネットの海に溶け出した」


「え?」


「つまり、事故です」



 アーカイブは残るから、あとで非公開にするとして……


 四十万近くの人が配信来てるし、なるようになるしかない。


「これ私と結が映ってるってこと?」


「……うん」



 匿名:アリスちゃんかわよ


 匿名:私があんまりにもみじめすぎる


 匿名:まあまあ


 匿名:二人とも可愛すぎない?姉妹?


 匿名:姉妹ですか?


 匿名:似ては無いけど、雰囲気がどことなく似てる



「……」

 

 ああそっか……


 有栖とはもう姉妹になったんだったな。


 他人に言われることがなかったからそこまで実感は無かったけど……


 もう晴れて姉妹なんだ。


「うん……」


 なんか胸が痛むのは、きっとインフルのせいか成長痛のせいだと思う。


 そう自分を誤魔化してはみたけど、やっぱり原因は分かっていて……

 

 想い人・・・だって言えることができたのならば、この胸の痛みも、消えてくれるのかな。



「そうだね、大切な妹だよ」





 何かのせいにしながら、俺はぎこちなく笑ってそう言った。


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