第14話 熱

 

 雨。

 此処最近、雨ばかりで気が滅入る。


 最初はポツポツと、だけど急に土砂降りになったり、急に止んだり……


「はあ、傘忘れた」


 帰れん。


 財布を家に忘れたからバスに乗ることもできないし、どうすればいいんだろ。


 凄くジメジメして、生ぬるい風が髪に巻き付くように通り過ぎていく。


 それに暑いし息苦しい。


「もう夏かあ……」


 去年もこんな感じだったっけ。

 よく覚えていないけれど、多分去年より暑くなってるとは思う。


 うん……

 来年もまた、去年より暑いなんて感想浮かべるんだろうな。


「あれ、結?こんなところで何してるのよ」


「彼方、丁度いいところに……!」


 救世主が来た。


「もしかして傘忘れたの?結らしくないわね」


 俺が空を見ながら、困っているのを見た彼方はそう言った。


 両親が外国に帰って、少し経つこの頃。

 

「なんか最近ぼんやりするんだよね」


「大丈夫?」


「だいじょぶだいじょぶ」


 軽く受け答えをすると、彼方が俺のおでこに手を押し当ててきて……


「熱相当あるじゃない!」


「へ?」


 いやいや、そんなまさか……

 俺、相当身体が丈夫だし


 そんなことを考えていると、翡翠が来て、


「あ、二葉さんと柳瀬さんこんばんは」


「翡翠くん、丁度いいところに来たわね」


「な、なんでしょうか」


 なんか、彼方と翡翠の会話がぼんやりとしか聞こえなくて、雨音にかき消されているような……


 そう感じた。




「二葉さん……体調大丈夫ですか?すごい足ふらついてますけど」


「……だいじょぶ」


「このバカ、大丈夫なわけないでしょ?」


 いてっ

 彼方のデコピンなかなかに痛いんだけど……


「ごめんなさいね翡翠くん、用事がなければ結をおぶってくれないかしら?」


「そう言う事ならもちろん」


 俺の知らぬところで話が進んでいく。

 まあ、お言葉に甘えるかぁ……



 そんなこんなで、俺は翡翠におぶられ傘をさしてもらいながら、二人と一緒に帰った。




「おかえり、って……彼方ちゃんと翡翠くん?どうしたの!?」


 先に帰っていた有栖が迎えてくれて、

 あれ……?


 なんか視界がぼやっとしてて上手く輪郭が掴めない。


 なんていうか、遠近感がズレる。


「とりあえず熱っぽいから連れてきたのだけど……体温計とかどこにあるの?」


 彼方がそう聞いてきたのが聞こえて、


「体温計、リビングの棚の方にあると、思うけど……」


 俺はそう答えて、指を指して案内する。


「翡翠、悪いね……付き合わせて」


「いえいえ、二葉さんめちゃくちゃ軽いので全然大丈夫です」


 ほう、言ってくれるね。


 それにしても、翡翠って意外と筋肉しっかりしてるなぁ……


 何かスポーツやってるのかな。

 なんて、考えてみる。



 とりあえずソファにおろしてもらって、体温計を脇に入れて測る。


 中々、音が鳴らない。

 ちゃんと測れてるのかな?


「結、私はくちなしくんとスポーツドリンクとか色々買ってくるから、ちゃんと休んでなさいよ?」


「……ありがと。それから、付き合わせて悪いね」


 彼方は長い付き合いだから遠慮せずに頼めるけど、翡翠とはまだ知り合ったばかりだから、申し訳なさもあった。


 しかし、


「いえいえそんな」


 すぐにそう返事が帰ってきたので、遠慮するのも悪いかなと思いここは盛大に甘えることにした。


「そっか、じゃお願いするよ」


______

____

__



「色々買ってきたけど、喉に痛みとか、鼻詰まりとか頭痛とかない?」


「うーん、頭痛は少しあるかな、咳も少しある」


 ベッドに横になりながら、彼方の質問に答える。


「じゃあ、これ鎮痛剤と風邪薬。加湿器あるなら使うわよ?」


「うん、ありがと」


 コップに入ったスポーツドリンクで、薬を流し込む。


 それにしても彼方って凄い病人に対して手慣れてるな……


「汗は大丈夫?拭く?」


 確かに相当汗ばんで服とかぐっしょりしていて気持ち悪い。


「……お願い」


 思考もぼんやりきてたから、俺はそう応えてしまって……


 彼方が部屋にいた翡翠を追い出し、俺はあれよあれよと服を脱がされた。




「痒いところとかない?」


「……ない」


 かれこれ十分くらい、彼方にタオルで汗を拭いてもらっている。


 なにこれ、

 羞恥プレイ?


 すごい気まずい。

 そこはたとなく恥ずかしい。


「結、おかゆ作ったけど……って、あ、ごめん!」


 丁度その時、有栖がそこに来て、ささっと逃げ出してしまった。


 待って、置いてかないで!

 誤解!誤解だから!






 そんなこんなで、着替えのパジャマを着て、おかゆを貰った。


「はあ、美味しい……」


 有栖がうちに来て、沢山一緒に料理を作ってきたから凄い上達してる。


 おいしいよ、おいしいよ……



 喉を通るおかゆ、好物の鮭と梅干しも入ってて、塩気が丁度良い。


 とても優しい味がする。


「おかわりあるけど、どうかな」


 有栖が心配しながらもそう言ってくるので、俺は勿論こう言った。


「お願いします」


 と、





◆◇




 

「今日は珍しいですが二葉さんが風邪でお休みということです」


 そうして、朝の挨拶が始まり出席確認が終わる。


「結だいじょぶかなぁ……」


 お義父さんとお義母さんが帰っちゃったから、今家には結一人だけ。


 うーん……

 心配だし、早く帰りたい。


 そんなことをずっと考えていたから授業でもうわの空で……


「有栖さん、八段落目から読んでもらえますか?」


「あ、えと……」


 古文の授業。

 急に当てられて、どこを読めば良いかわからず、焦っていると、


「有栖さん、ここです」


 隣の席の翡翠くんが、こっそりと耳打ちしてくれて、なんとか読むことができた。


 そうして事なきを終えて、授業が終わった。

 



「ありがとう翡翠くん」


「いえいえ、それよりも、大丈夫ですか?」


「うん。でも少し結が心配で……」


 結はしっかりしてるから、大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配になっちゃう。


 でも、焦ってもいいこと無いし……




「有栖さん、それと梔くん、一緒に帰らない?」


 帰りの準備をしていると、隣のクラスの彼方ちゃんが、顔を出してそう言った。


「うん!」


「わかりました」


 そうしてかばんに荷物を詰めて、教室を後にした。


______

____

__



「まじかよ……なんであんな奴が有栖さんと隣のクラスの柳瀬さんと一緒に帰れるんだよ!」


「くそ、羨ましいすぎる」


「めっちゃ羨ましいけど、俺なら何も話せず俯いて沈黙してるだろうなぁ」


「梔って意外とコミュ力あるんだな……」


 羨ましい反面、自分なら話すの無理だなあと思うクラスメイトたちだった。

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