第13話 この上ないデッサン
なんでこうなったんだろう。
隣には、うちの学校でも名高い二葉さんと柳瀬さん、それから今日編入してきたばかりの、有栖さんがいて、生きた心地がしない。
「な、なんなんだあいつ……」
周りにいる人たちに凄い睨まれる。
そりゃあ超がつくほどの美少女が三人もいて、顔立ちもパッとしない僕がここにいても違和感しかないだろうし……
うう、胃が痛い。
でも、自分の絵を褒めてくれるなんて今まで誰もいなかったから嬉しい。
いつも馬鹿にされて、別にいじめってほどでもないけど、教室はいつも居心地が悪くて。
「とりあえず私は用事があるからここでお別れね、また明日」
「また明日ー」
「バイバイ彼方ちゃん」
柳瀬さんは別れを告げた後、路地裏の喫茶店に入っていった。
そうして再び無言になる。
というかなんで、僕が二葉さんの家に行くことになったんだっけ……
唐突に自分の家に来ない?
って言われて、急なことだだから戸惑ったけど、結局はいの返事で、行くことになった。
それにしても……
有栖さんと二葉さんって元々知り合いなのだろうか。
とても仲睦まじいし、姉妹のようにも見える。
ずっと一緒の帰路を辿ってるし、幼馴染なのかな。
そう思考を巡らせていると
「よし、ついたよ」
住宅街でも一際敷地が広い家の前で、二葉さんがそう言って門を開ける。
それに有栖さんも慣れたように中に入って……
僕も家に通された。
そうジロジロ見るもんじゃないとは思うけど、なんていうか、ありえないくらい家の中が整理されてる。
それに、ガラス瓶に棒が入ったようなものから、柑橘系のいい香りがする。
そんな僕の視線に気づいたのか―――
「あーそれ、リードディフューザーだよ。フレグランスオイルっていうアロマをその棒が吸っていい匂いを出すんだ」
初めて知ったけど、これ欲しいかも……
自分の部屋にこれ置いて、リフレッシュしながら絵を描けるんじゃないだろうか。
「お手洗いはそこにあるから、好きに使うといいよ」
そうして、手を洗ってリビングに通される。
大きな黒いキッチン。
高い位置にある横窓。
間接照明が、見えないように壁に配置されてて、シンプルで落ち着いたモダンなカフェのような雰囲気がする。
ただ、あまりに部屋が綺麗で生活感がないというか……
「少し汚いけど、ごめんね」
二葉さんのその言葉に耳を疑った。
え、これで汚いの?
いやいやいや、そんなわけ……
高級ホテル並みに綺麗なんだけど!?
「とりあえず紅茶でも淹れようか。あ、それかジュースがいい?」
阿吽の呼吸というかなんというか、有栖さんがどこに何が置いてあるのか分かりきっているかのようにマグカップを取り出した。
「あ、紅茶でお願いします」
僕がそう言うと、二葉さんはキッチンのクッキングヒーターにやかんを乗せて、お湯を沸かす。
「あ、何か手伝ったりとか」
「大丈夫だよ座ってて」
結局、何もやることがなく、ただただ緊張しながらソファに座っていた。
なんで僕ここにいるんだろ……
いやでも、家に誘われるとか今まで一度もなかったから凄い嬉しいけど、何をしたらいいかわからない。
「翡翠はいつから絵を描き始めたの?」
「あ、えっと……中学生の頃から、です」
「そっか、それであれだけ上手いのは、ほんと凄い」
そう言いながら二葉さんはティーポットにバラとティーバックを入れて、沸騰したお湯を注ぐ。
なんていうか……
二葉さん、途轍もない美少女で近寄りがたいイメージがいままであったけど、話しやすくて気さくな人だなと思った。
「……ありがとうございます」
「あ、それと、あんな奴気にしないで好きに描いたらいい。少なくとも自分は君の絵を魅力的だと思ったしね」
そう言って、認めてくれた。
彼女にとっては、本当に些細な会話の一部なのかもしれないけれど、僕にとってはそれが何より嬉しかった。
散々絵を描く趣味をバカにされてきたから。
「そういえばデッサンとかはやるの?」
二葉さんがティーカップと、二つの色違いのマブカップに紅茶を淹れながら、そう聞いてきた。
とても甘い花の香りがする。
「デッサンは、苦手で……あんまり」
「そっか。じゃあ今日やってみる?せっかくモデルがいるしね」
まさか有栖さんが?
「え、もしかして私?」
「いやいや、有栖を描くのは自分だけの特権だから。有栖じゃなくて自分だよ」
二葉さんがわざわざモデルをやってくれるって、すごいな……
人形のように綺麗な人で、二次元から出てきたと言われた方が納得するレベルだ。
「さ、どうぞ。シュガーポットはそこにあるから、好きな分の角砂糖を入れるといいよ」
なんか、妙にドキドキする。
女の子に、それも同年代の美少女に紅茶を淹れてもらうなんて、夢みたい……
「有栖はいつも通り結構甘くしておいたからね」
「ありがと結」
いつも通り?
どういうことだろう。
まさか一緒に住んでるのかな。
なんて……
そんなことを考えながら、スプーンに乗せた角砂糖を紅茶に沈めてゆっくりとかき混ぜて、お皿の向こう側にスプーンを置く。
親指と中指で持ち手の部分を摘んで持ち上げ、ティーカップに唇をつけ、そして一口……
「美味しい……」
バラの良い香りが鼻を抜ける。
それに、口触りが優しくて、喉が透き通っていくような……
そんな感覚がした。
「それならよかった」
そう言って笑う二葉さん。
笑ってる顔が、とても素敵で、今まで見たことがない彼女の一面だった。
そうして、ティータイムが終わる。
本当に美味しかった。
片付けは申し訳ないから、手伝って……
僕は二葉さんの部屋に行くことになった。
「じゃあ結、私はピアノの練習してくるね」
有栖さんはそう言って反対側の方の部屋に入っていく。
どうやらその部屋にはピアノが置いているらしく、そういえば二葉さんってめちゃくちゃ有名な全国のコンクール優勝者だったことを思い出した。
そうして二葉さんの部屋に入り、
その瞬間僕は圧倒された。
「これは……」
「あーそれは自分が中学の時に仕上げたやつだね」
絵だ。
写真と見間違うほどに、鮮明に有栖さんを描いている。
他にも鉛筆だけで描かれた風景画だったり、水彩絵の具で描かれた美しい街、アクリル絵の具で思いっきり感情を走らせたような、抽象的な絵。
「これ全部、二葉さんが?」
「そうだよ。まあ今はデジタル中心で描いてるんだけどね」
途轍もなかった……
僕も絵は上手い方だと自覚はしていたけれど、此処まで多彩に、鮮やかに……
時には白と黒だけの静謐さに。
表現の幅の、レベルが違う。
少しだけ、嫉妬や羨望のような感情が頭を
そんな人に、僕の絵が褒められたんだと気づいて、誇りに思えた。
「それじゃ、本題のデッサン、やってみる?」
「分かりました」
今はとにかく、筆を走らせたい。
この衝撃を、どうしても絵で表現したくなったから。
そう思っていると、二葉さんが服を脱ぎ始めた。
「え、二葉さん!?」
一体何をして……
「静かに。君は、見たものを描けばいい」
二葉さんは唇に人差し指を押し当てて、静かにとジェスチャーする。
そうして、二葉さんは全てを脱ぎ捨てて、一礼した。
「……かっこよく、描いてくれよ」
そう言って彼女は上を向き、手を差し出すような……どこか憂のあり懇願するようなポーズを取った。
僕は、どうしようもなく二葉さんに見惚れ、惹かれた。
究極美。
ヌードデッサンを描いてみろと、彼女は行動でそう言ったのだ。
二葉さんに羞恥心は無いのかと不安になる。
まあ、目が釘付けになってる僕が言えたものではないけど
「……」
どこまでも彼女は美しくて、繊細で、彼女は微動だにしなかった。
とはいえ、僕のような男を自分の部屋にあげて、突然裸になるのは、大丈夫なのかと口にしたくはなるけど……
「描かないの?」
「あ、すみません……」
描くしかない。
僕は鉛筆の芯をキャンパスに乗せ、彼女を見ながら描いていく。
丁寧に、美しく。
しかし上手くいかない。
彼女を引き立てるには、何が足りないのだろうか……と。
もっと、観察して……
細かく、流麗に。
それから無心に描き続け、休憩を挟む。
「ふー、ずっとこの体勢を保つのはきついね」
椅子にもたれかかりながら、二葉さんはそう言った。
「さ、続きを頼むよ」
その言葉が引き金となり、続きを描き進めていく。
その長く綺麗なまつ毛と、透き通った体躯。
引き締まったお腹と、ハリのある胸。
艶のある指先。
美麗な脚。
全てのバランスが整っていて、どこまでいっても美しいの一言に尽きる。
そうして何時間もの間彼女を描いて、
鉛筆を止め、絵を確認する。
デッサンを描くことは、苦手意識があったけれど、最高の素体だったからこそ無我夢中で描くことができた。
「どれどれ?」
「あ……」
ち、近い……
描いている時は集中していたから、そういうことを考える余裕もなかったが、描き終わった今、より二葉さんを意識してしまう。
なんか、恥ずかしい……
「凄いな……デッサン苦手って言ってたけど、全くそんなことないじゃん」
「そ、それは……」
二葉さんが、綺麗だったから……とは言えなかった。
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「よいしょっと」
俺は服を着て、もう一度、
本人は苦手って言ってたけど、いきすぎた謙遜だと思う。
まあ、こんだけ綺麗に描き上げたのなら自信にもなるだろうし、絵を描く仲間も増えて嬉しい。
それにしても、やっぱ前世が男だったからか男の前で服を脱ぐことに全く抵抗が無いんよな。
これが有栖とか、彼方とかになってくると、めちゃくちゃ恥ずかしくなるのは何故だろうか……
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