第11話 非愛


 あれから時が経って……


 有栖は俺の父と一緒に児童相談所に行き、家庭内でも事前に話し合っていたため、有栖を養子として引き取ることが決まった。



 そうして養子縁組としての手続きを済ませ、家庭裁判所に申し立てを行っている。


 依然として有栖の親からは何の連絡もつかず無反応だった。



 そうしてスムーズに事の話は進んでいき、養子として引き取ることになった。



 はずだった。


 親権の喪失が決まるその時……

 張本人、有栖の父と連絡が繋がりそいつは児童相談所に現れた。


 初めて見るそのやつれた顔、だらしない服装。

 虚な瞳。

 およそ生気の無い、出立いでたち


「どうして今更来た」


 お父さんがひどく苛立ちながら、静かに言い放ったその言葉。


「別に……なんでもねえよ」


 意にも返さず、ただ淡々とそう答えた。


「……親権なら別に、くれてやる。あいつが仕方なく産んだ子だ。俺にゃあ手が余る」


 状況を全部理解していた彼はそう言ってため息を吐く。




 それから、彼は有栖に視線を向けて……


「おい唯、正直言って俺はなあ、お前が大嫌いだった。俺に全く似ず、俺と違って才能があった。それが酷く憎たらしくて仕方ねえ」


「……っ」


 その悪意に塗れた言葉を聞いた有栖は、泣き出して、その場でうずくまって……

 


「お前……自分の娘に何を言って!」


 お父さんが、席を立って怒り心頭でそう言った瞬間……


「あんたもだ!出来損ないの俺と、天才の弟。毎回毎回比べられて、馬鹿にされたこの気持ちが、分かるっていうのか!」


 そう怒声をあげた。


「俺はなぁ、何者にもなれた親もお前も大嫌いだ。だから唯の人生をぶっ壊してやりたかった」



 まさに狂気の沙汰。

 理解不能のその言葉に唖然とした。


 有栖を見ると頭を抱えて蹲って、酷く痙攣して、顔が青ざめていて……


 あまりにも酷すぎた。


「縁なら幾らでも切ってやるよ。これで漸くお荷物とはおさらばだ」


 そう吐き捨てる目の前の男の言葉に、俺の中の何かがプツンと切れたような気がした。

 


「ふざけるな……」


「あ?」

 

「腐った根性で悲劇かだってんじゃねえよ!その独りよがりでどれだけ有栖を傷つけたと思ってんだ!」


 俺は、そいつ有栖の父の首の襟を掴んで言い放つ。


 一瞬のことで、まだ状況が追いついていないのか、抵抗すらせずにそいつは虚な瞳で俺の目を見た。


「甘ったれるんじゃねえよカス!お前より辛いやつはごまんといるだぁ?」


 なら言ってやるよ。


「お前より辛えやつはすぐ目の前にいるだろうがよ!」


 ずっと、我慢して……

 張り詰めた笑顔で耐え抜いてきた有栖に視線を向けて、体裁なんて気にせずぶちまけた。


 目の前にいる憎たらしい男には親という味方がいたが……


 有栖には誰も味方がいなくて、独りだった。

 親でさえこの様だ。


「は、俺の何が分かるっていうんだ」


 そいつは俺の手を跳ね除け、

 この期に及んで自分の悲劇を気取る。


 だがな……


「馬鹿にするなよ、歩み寄ろうともしねえ奴の気持ちなんか分かりゃしねえよ!」


 自分から拒絶しておいて、何をほざくんだよこいつは。


 あたりにも舐め腐ってる。




「結、その辺で……」


 俺があまりにもキレていたためか、お父さんは冷静になって俺を宥めてくる。


 初めて見せる一面できっと驚いているとは思うけど、流石に取り繕ってはいられなかった。



 まあ少し落ち着いてきて、俺は席に座る。


 周りを見ると、仲介人としてこの場にいた相談員の人が驚愕した目で此方を見てきた。


 抑えられなくてすまん。

 後悔も反省も全くしてないがな!



 そんな中……


「……あんたの娘も、ユイって言うのか」


 有栖の父がお父さんに向かってそう言った。


「は……そうかよ」


 何か自分に言い聞かせて、変に納得して……


「なんで俺はこんな惨めなんだろうな」


 有栖に目もくれず、最後はそう言い残して親権を譲渡した。


______

____

__

 


「ねえ、結……私、やっぱいらない子だったのかな」


 その一言で、やっぱり有栖は自分の父を恨んでいないのだと分かった。


 育った環境が環境だから、自分を責めることしかできないんだと思う。


 最初から最後まで、胸糞悪い話だ。


「有栖、そんなこと言ったら、有栖を必要だって思ってる俺がかわいそうな奴になっちゃうよ?」


「そ、そんなつもりじゃ……」


 分かってる。

 そんなつもりじゃないってのは、分かってるから……


 だから、もう、自分を責めないで欲しい。


「……有栖、ほら、おいで」


 俺が手を広げてそう言うと、有栖は俺に抱きついてくる。


 嗚咽を零して、吐き出して……



 ここ最近、苦しい時間と選択を有栖に委ねたから、俺はその分……


 愛で上書きしてあげられたらなって思った。






◆◇






「もう金は借りなくていいのかな?」


 タバコを吸うやつれた男にそう聞いた。


「は、いらねえよもう。全部吹っ切れた」


 先ほどの虚な瞳とは違って、随分と変わったと思う。




 ただ……


「懺悔しなよ、あの子を壊そうとしたのは兄さんだ。それだけは、一生かけて償ってもらう」


「……分かった」


 タバコの火を、自分の手に押し当てて消し、兄さんはそう言った。


「えらい素直だね。僕の娘の言葉がそんなに響いたのかな?」


「それもあるが、昔、あんたと一度話したことがあるだろ?娘ができたらユイって名前をつけるって」


「そうだね、覚えてるよ」


 つい最近のことに感じられるけど、だいぶ昔の話だ。



「俺は……才能あふれるお前を尊敬していた。でもな、俺の居場所はどこにも無かった」


 自分の安寧のすみかなど有りはしなかった……と、

 

 そう語る兄さん。


「あれくらい怒ってくれる人が、いてくれたら、良かったんだがな」


「まあ、父さんも母さんも、君を甘やかし過ぎたね」


 なんせ、バブルの時代の恩恵が強く、望めばなんでも手に入った分、与えることでしか、愛し方を知らなかった。


「僕も、親も、反省点はある。でもね、兄さんはそれ以上に懺悔しないといけないよ。やり方は何でもいい、兄さんが考えることが重要だ」


「……そうだな」


 これから、思う存分、苦悩して考えることだけが、兄さんに唯一残っている懺悔だ。





「娘を、頼む……」


 兄さんは背を向けて帰っていく途中、ポツリと僕に向けてそう言った。








◆◇







 後書き


 これで第一章『シンの愛』完結です。


 最初はゆるふわほのぼのを書く予定だったのですが、意外と重苦しい感じになってしまいましたね。


 少しでも面白いと思ってもらえたら、

フォロー、コメントをいただけると作者が大変喜びますのでぜひ


 


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