第9話 お帰り

「ふんふーん〜」


 鼻歌を歌いながら、結が買ってきた紫色の花に水をやる。

 

「紫色の綺麗な花だなぁ」


 なんて言う花なんだろう……

 分からないから今度結に聞いてみよ。



「よいしょっと……」


 コンセントに掃除機のケーブルを刺してリビングに掃除機をかける。



 それから元の場所にしまって、次は雑巾で窓を拭いて……


「よしっと」



 これは私が結に率先してお願いしたこと。


 家事が色々できるようになれば、結の力になれると思うし、喜んでもらえると思ったから。


「ふう〜」


 うん、良い感じ。


 キッチンがある大きなリビングを隅々掃除して、玄関、次は客室。一階にあるトイレと脱衣所、お風呂。


 二階に上がってもう一つのトイレ、季節の物置き部屋と空いている部屋、私の部屋を綺麗にしていく。


 とても大変だけど、綺麗になっていくのを見ると、なんだか嬉しい気持ちになる。



 まあ……

 結が日頃から掃除してるから元から相当綺麗なんだけどね。



 私の部屋の掃除も終わって、防音室に向かう。


 ピアノとマイク、カメラが置かれて、壁には楽譜を置く棚がある。


「かっこいいこれ……」


 黒い壁でシンプルな一室なはずなのに、すごいワクワク感がある。


 とはいえ、本当に綺麗だから掃除する場所が無い。


 ピアノの掃除の仕方も分からないから、ここは後で結にやり方を聞いてみないと……



 それから

 最後に結の部屋の扉を開ける。


 結の部屋は凄く整っていて、生活感がとても少なくて……


 結の部屋とピアノがある防音室は最初からとても綺麗で、物は完璧に整理され、埃一つ落ちていないから手の施しようがなかった。


 


 それにしても……


 結の部屋の本棚には人体や風景、モデル写真、絵に関する参考資料や本ばかりで、


 本棚の隣にあるガラスのケースには、使い古されてもなお、とても綺麗な状態で保たれているスケッチブックがずらりと並んでいた。


 少しだけ、中を見てみると、ずらっとクロッキーとデッサンが並んでいて……


 影まで丁寧に描かれている。


 それも尋常じゃ無い量で、全てのページがびっしりと埋まっていて……

 

 このスケッチブック全てが、途方もない時間をかけて描いて描いて積み上げてきた結の人生を映し出す作品なんだと思った。


 スケッチブックを閉じ、丁寧に元の場所に戻す。


「これでよしっと」




 それから、壁に丁寧に飾られている絵を見る。

 


「これ、懐かしい……」


 この前の配信の時に結の部屋に入って、その時はゆっくりと見る時間が無かったけど……


 今は、じっくりと結の絵を鑑賞できる。



 壁には、絵を引き立たせる為にあまり装飾されていない一色だけあしらわれた額縁に、大事に飾られた絵が複数あって、その中でも一際目につく肖像画があった。



 そのモデルは当時の私で……



 見れば見るほど吸い込まれ、惹きつけられるような……


 心地の良い水が流れる音が聞こえてくるような、生きている絵。

 

 息を呑むほどに美しく描かれていて……

 いつの日か、この絵を見せてもらった時、私は呼吸を忘れてこの絵に魅入られたのを覚えている。



「やっぱり、綺麗……」



 描かれているのは私だけど、違う私。


 どこまでも綺麗で、美しくて……


「私も、この絵みたいになれるかな」



 心の底から憧れた。

 この絵と、こんな風に私を描いてくれる結に。


「私、あなたに近づけるかな」


 飾られた絵に優しく触れて、肌で感じながら呟く。




 今はまだ不安だけれど、結が側に居てくれるって……言ってくれたから、


「頑張らないと」


 それが、私なりの恩返し。



 そっと、その絵から手を離して、私は結の部屋から出た。



______

____

__



「え、今日で全部の部屋掃除したの!?」


 ピカピカになってた家中を見て俺はそう言った。


 その問いにコクコクと頷く有栖。

 まじかよ、めちゃくちゃ凄いな……


「有栖、ありがとうね」


 俺は有栖にお礼を伝えた。


「でも、一日に全部掃除すると疲れちゃうから、曜日ごとに今日はここ、今日はここをやるって決めたほうが楽だよ?」


「あ、確かに……!」



 有栖、さては天然!




「でも凄いなぁ有栖は」


 よしよし。

 頭を撫でる。


 ……は!


 つい、有栖が頭を差し出してきたから撫でてしまった。


「あ……」


 手を離すと、有栖が名残惜しそうにこちらを見つめてきた。


 上目遣いの火力が、高過ぎる……


 あまりに可愛すぎるので、抱きしめて思いっきり頭を撫でた。


 はあ、幸せ……






「あ、そういえば、明日俺の親がこっちに来るんだけど……その時に大事な話をしなくちゃいけないんだ」


 有栖が隠している嫌な部分にも触れてしまうかもしれない。


 非常に心苦しくはあるが、それでも一緒に学校に行くとなると保護者云々の話になることは明確に見えている。


 少しだけ心配したいると、


「結のお父さんとお母さんかぁ……話してみたいなぁ」


 有栖は嬉しそうにそう言って……

 思いの外、好意的だった。



「もしかしたら有栖にとって嫌な過去を触れてしまうかもしれない」


「その時は、結が一緒にいてくれるから大丈夫だよ」


「そっか……」


 なら俺は、有栖が寄せてくれた信用と信頼を裏切るわけにはいかない。



「それじゃ、日も落ちてきたしご飯でも作ろっか」


「はーい!」







◆◇







 家のインターホンのチャイムが鳴る。


「お父さんたちかな?」


 鍵を回して家の扉を開けると、大きなスーツケースを持って少し草臥くたびれているお父さんとお母さんがいた。


「「ただいま〜」」


「おかえり、飛行機で帰ってきたから疲れてるよね?荷物持つよ」


「ありがとね結」


 というわけで親が帰ってきました。


 


「それと、唯ちゃんかな?こんにちは」


「あ、こんにちは」


 有栖が少し緊張して、俺のお父さんに挨拶する。


「そんな緊張しなくて良いよ。僕は君の叔父さんだしね」


「……はい」


 お父さんがそうやって雰囲気を解そうとするけど、まだ緊張が取れていないようで……


 俺は思い切って有栖の手を握る。


「結……」


「大丈夫だよ有栖」

 

 

「そうそう。この人いつもは無表情で強面だけど優しい叔父さんだから安心してね、有栖ちゃん」


 あ、飛び火でお父さんが崩れ落ちた。

 お母さん、それは一言余計だよ……




 とりあえずリビングに戻り、荷物を置いておく。


「結に、これお土産」


「ありがとお父さん」


 箱に包装され、開けてみると綺麗な幾何学模様のマグカップが出てきた。


 そういえば俺マグカップ持ってなかったな……


「唯ちゃんにもどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 有栖のもマグカップで、俺のものとは色違いのだった。


「わ、おそろい……!」


 とても喜ぶ有栖にお父さんとお母さんが分かりやすく微笑む。

 


「喜んでもらえて良かったよ」


 そうして、お父さんのその一言でようやく、有栖の緊張が解けたように思えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る