第7話 可惜夜

 

「ん……」


 いつのまにか、寝ていた。


 柔らかいソファで、私の家じゃないから……

 安心して寝ることができた。



 目を擦りながら、視界が開ける。


 結が彼方ちゃんに早口で何か喋ってるみたいだけど、あれは何なんだろう。


 仲良さそうで、羨ましいな……

 私も、もっと結と仲良くなれたら良いのに。


 そう心の中で口遊くちずさんだ。



「あ、有栖、いつのまに起きてたの?」


「今さっき、起きたばっかだよ」


 私がそう言うと……

 “そっか”って言いながら微笑んで凄い可愛い。


 女の子同士なのに、こんなドキドキするのはなんでなんだろ……




「お風呂空いたから、ゆっくり入ってくるといいよ」


 結が私にそう言って、相変わらず気遣いがとても優しくて、温かくて……



 私は結に言われた通り、ソファから体を起こし脱衣所に向かった。



 それにしても、いまだに従姉妹同士だったなんて信じられないけど……


 どことなく雰囲気が似てるのは、会った時も感じ取ってた。


 でも、私よりも遥かに凄くて、対して私は酷くちっぽけで。



 

 服を脱いで、かごに入れ、お風呂場の扉を開ける。


 床のタイルや壁、浴槽がとても綺麗で、よく掃除がされているのが分かる。


「綺麗好きなのかな……」


 私がここに来た時も、貸してもらった部屋のベッドのシーツがシワひとつなくピシッとして本当に綺麗な部屋だった。


 ごはんも美味しいのはもちろん見栄えもとても気遣っていたり、ピアノも機械みたいにミスせず美しく弾いたり、結が描く絵も、全て綺麗で繊細で美しいものばかり。



 似顔絵とかも、とても綺麗に描いてもらえて、本当に嬉しかった。


 でも、私は


「私は、汚いから……」


 

 全部脱いで鏡に裸が映る。


 お腹には火傷痕だったり、痣だったりが沢山あって、背中も同様に、紫色に染まった大きな痣がある。


 顔は、跡が目立つからあまり殴られなかったけど……



 中学生の時に、いけないところから借金したらしくて、よく怖い人たちがドアを叩いてきたのを覚えている。


 だから、遠くの方に行ってアパートを借りてそこに住むようになった。



 だけど、だんだん豹変していくお父さんに叩かれたり蹴られたり、熱いフライパンを押し当てられたり……


 お母さんに助けを求めても、まるで、私がこの世にいないかと思うくらい、何の反応も無くて、


 痛くて、苦しくて、私がいけない子だから、怒られて……


 結局、私は要らないって言われて、捨てられちゃった。


 悲しくても、笑顔であれば平気だって、そう思ってたけど……



 昨日、

 奇跡的に再開できた結が、私にとっても優しくしてくれて、私のそばにいてくれて……


 なんでか、涙が出そうになるの。



「あたたかい」


 シャワーが冷水じゃなくて、温水で、心地いい。


 本当に、温かい。



「ねえ、結……私、結が好きだよ……」


 でも、こんな痣だらけの身体だし、何でも出来る結とはあまりにも不釣り合いで、こんなこと本人には言えなくて。


 どうすれば、いいのかな……


「どうしたら、こんな私を、好いてくれるのかな……」


 シャワーを止め、お風呂に入る。



 私には、結に何をしてあげられるか分からない。


 それどころか、沢山迷惑をかけてるし、助けられてる。


 昔も、そうだったなぁ……


 願わくばまた一緒に学校に通って、共通の話をして、沢山、沢山……思い出をあなたと作りたい。


 でも


「流石に、わがままだよね……」


 

 そんなことを思いながら、浴槽から出てタオルで体を拭いて扉をガラガラっと開ける。


「え、有栖……!?」


「あ……」


 そこには、結の姿があった。


「ご、ごめん!有栖が着替えを忘れてたからここに置こうとしたんだけど……と、とにかくすぐ出るね!」


 結がそう言った通りに、途轍もない速さで外に出て行った。


 ただ、それよりも……

 私は一つのことで頭がいっぱいになった。


「も、もしかして見られちゃった……?」


 このあざだらけの身体を見られてしまったかもしれない。


 ほんの一瞬のことだったから、もしかしたら見られてないかもしれないけど、もしこんな痣と火傷見られたら、もっと心配かけて、結の迷惑になっちゃう……


 

 とりあえず、私は結が持ってきてくれた着替えを着て、リビングに戻った。


 どうか見られてませんようにと祈りながら。



______

____

__



 痛恨のミスをした。


 有栖が丁度出てくるタイミングに鉢合わせてしまった。


 それよりも……


 そのお腹と背中におびただしい痣と、おそらく火傷痕と思われるものが複数箇所あったのを見てしまった。


「も、もしかして……」


 これは、予測だが、おそらく過度な虐待を受けてると思う。


 温厚なお父さんが、わざわざ“ろくでなし”と書いてたし、昨日有栖がおとうさんと口走った所で、なんでもないって言ったり……


 繋がる点が多すぎる。


 もしこの予想が当てはまっているのならば、ここに有栖を預けたのも、厄介払いじゃないのか?


「ど、どうしたのよ結、そんな怒った表情で……」


 そんな考え事をしている俺の様子を汲み取った彼方がそう聞いてくる。


「いや、なんでもないよ」


 有栖が隠してたってことは、恐らく言わないほうが良い。


 有栖が、打ち明けてくれた時……

 その時は、ちゃんと彼方にも伝えよう。


 そう思った。




 それにしても、知らなかった。


 あんな傷ついてたのに、必死で隠して明るく笑っていた有栖に気づいてあげられなかった。



 何が、有栖をえがくだ……

 

 何にも知らねえじゃねえか。


「くそが」


 彼方に聞こえないように、自分に悪態を吐く。


 ふざけるな、思い上がるな……と。


 

 

 俺は結局、上っ面しか見てあげられていなかったんだ。

 

 有栖の影を描くことをしなかったから……

 だから有栖を描けなかった。

 

 

 俺は馬鹿だ。


 絵に影のコントラストが必要なことくらい、知っていたはずだろうが……!



 結局俺は、有栖の理解者足り得ない。


 思い上がりもはなはだしい。




「ねえ、結? 本当に大丈夫?」


「だいじょぶだいじょぶ」


 内心全く穏やかじゃ無い。


 まあ多分、彼方には嘘だってバレてるだろうし、長年一緒にいるから察してくれると思う。


 彼方がジト目の時は大抵、俺の雰囲気から何かを察してる時だから。


 嘘つくと彼方にすぐバレるの、こういう時には便利だな。





「あ、その……お風呂ありがとね」


 お風呂から上がってきた有栖が、おずおずと、そう言う。


 気まずいが、それ以上に不甲斐ない。


「いえいえ」


 とりあえず俺は、何も見ていなかったかのように振る舞う。


 すると、少し笑顔が戻ったのか、先ほどの張り詰めた空気が移り変わっていつもの雰囲気に戻った。




 

 どうやったら、有栖は俺に頼ってくれるだろうか。


 俺は、何をしてあげられるだろうか……



 まだ解は思い浮かばない。

 それでも……


 側にいて、有栖の心をほぐせることが出来れば良いんだけどな。



「さて、三人で料理でもやらない?」


 不意に、彼方がそう言った。


 確かにお腹も空いたし、そうするか……


「うっし、じゃあやるか……有栖もほら、こっち来て手伝って」


「……うん!」


 

 



◆◇






「え、三人で寝るの?」


 みんなで作ったご飯を美味しくいただき、歯磨きも終わり、もうこれから寝ようとなった時……彼方がそう提案してきた。


「せっかくのお泊まりなんだしいいでしょ?」


「わ、私も一緒に寝たいな」


 二人が俺に無垢の眼差しを向けてくる。

 何これ、断れる人いるん?


 無理でしょ……


 まあ幸い俺の部屋広いし、ベッドも二人入って、床にマットと布団敷いて俺が寝れば万事解決か。


 というわけで、真ん中に置いてあるテーブルとクッションを端にどけて、マットと布団を客間から持ってきて敷く。


 うん、良い感じだね。


「よし、んじゃあ、俺はこっちに……」


「私がこっちになるから、二人はベッドで寝ると良いわ」


 彼方がの口を塞いでそう言ってきた。



 嬉しい反面、前世男だから謎の罪悪感がある。


 いやでも、有栖と一緒に寝れる口実ができたから、もし有栖が嫌がってなければあわよくば……!


「じゃ、じゃあ結、一緒に寝よ?」


 有栖は積極的だった。


 嗚呼、ここは天国じゃったか……


______

____

__



「ねえ、もう寝た?」


 修学旅行やお泊まりで定番の文言。

(修学旅行は女子を見ないように速やかに寝たし、お泊まりは今日が初めてだから、定番かどうかは知らない)


 ただ一度言ってみたかったんだよね。




「寝たわ」


「ね、寝たよ……?」


 どうやら俺一人しか起きてないらしい。


 いやだってさ、目の前でぱちぱちと瞬きして此方を見てくる有栖が可愛すぎて、眠れん。


 寝返りうって、有栖に背を向けるわけには行かないし、有栖はこちらをじっと見てにこにこしてるから、有栖と俺は必然的に向かい合って寝てる形になる。


 やばい、なんか変な汗かいてきた。



 内心めちゃくちゃ緊張していると……

 有栖が俺の手に触れてきて、恋人繋ぎのように手を繋いでくる。


「あったかいね」


 あ……(尊死)


 静かに囁きながら言って目を瞑る有栖。


 あまりにも、火力が高すぎて危うく天に召されかけた。


 この夜が明けるのが惜しいと思うくらいには幸せな時間だった。


 

 この笑顔、守りてえよ……






 このあと全く寝付けず、翌朝死ぬほどあくびをしながら学校に向かったのは言うまでもない。



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