第5話 鐘

「はあ、昨日の天ぷら美味しかったなあ」



 スーパーで買い物をしながら、俺は昨日のことを思い出す。


「美味しかったねー」


 すると、一緒についてきた有栖が、弾むような声で相槌を打った。


 

 今現在、二人で近所のスーパーにて買い物中。


 なんかデートみたいでドキドキする……

 手とか、繋げたりとかしないかな?


 横目でちらっと有栖の手を見る。

 

 むむむ……


 はぁ……

 ダメだ、俺がチキンすぎて手に触れることすらできん。


 今日の晩飯タンドリーチキンにするか。

 

 

 そんなくだらないことを考えていると、有栖が小さな声で呟く。


「誰かと一緒に買い物って新鮮だなぁ」

 

 近くにいた俺がかろうじて聞こえる声量。

 なんだこれ、ASMRかな?


 それに、なんか有栖が歩いてるところだけ浩々こうこうと光る白昼の空みたいな美しい空間が出来上がっていくんだが……


 有栖を見ながら買い物すると、気を取られて余計なものまで買っちゃうのはなんでだろうか。


 なんとか正気を保たないと。


 素数だ、素数を考えるんだ。




 そんな中……


「やっほ結、買い物中?」


 お肉コーナーで色々見ていると、背後から聞き馴染んだ声がした。


 俺は振り向くとやっぱりと言うべきか、彼方がいた。


「あれ、彼方? 奇遇だね」


 俺はそう言って、頷く。



 それにしても……


 ちらりと彼方のかごを見ると大量のピーナッツが山盛りに入っている。

 

 それに、かごの奥にはピーナッツの箱らしきものが数個確認できる。


 ナッツ系統が大好物って聞いてたけど、まさかここまでとは思わなかった……


 そんな食べたらニキビできるんじゃね?って言いたかったが俺にはデリカシーがちゃんと備わっているので心のうちに留めておく。


 というか、なんでこんだけ食べるのにニキビできないの?


 羨ましいんだが?



 そんな考えをする俺。

 後で保湿クリーム何使ってるか聞いてみるか……





「それと、もしかして有栖さん?」


「あ、えっと……彼方ちゃんだよね? 久しぶり」


「久しぶりね」




 そうして一人増えて三人で買い物することになり、なんか我が家に彼方が泊まることになった。


 え、泊まるの?

 明日学校だよ?


「大丈夫よ」


 何が大丈夫なのかはさておき、有栖がお泊まり会良いって言うならそれもいっか。



 歩きながら、三人で他愛もない会話をする。


 懐古厨って訳ではないけど……

 この懐かしさは、とても愛おしくてさ。


 前世はずっと独りだったから、この時間は何物にも代え難い。


 


「ねえ結、あなた……良い笑顔を浮かべるようになったわね」


 ぼそっと、耳元で彼方がそう言ってきて……

 どういうことか、想像がつく。


 有栖がいなくなってから、俺が笑えなくなったのを気遣ってくれたのは彼方だし、負けず嫌いなだけで人の空気感を察するのがとても上手だ。


 だからこそ、あれだけ人の心を揺さぶってくるピアノ演奏ができるようになっていたし……


「そうだね」


 顔を傾けて、笑顔でそう返した。



 この今という奇跡は、絵でもピアノでも語れはしないけれど……


 まあでも、それも悪くないって思うんだ。


______

____

__



 そういえば一度もお泊まりしたことないから、勝手が分からない。


 ベツニ、ボッチッテワケジャナイヨ


 お泊まりなんてする機会普通ないだろうに……


 え、もしかして普通だったりする?



 そんなことを考えていると……


「ここが結の部屋ね、こんなにテレビの画面っているの?」


 パソコンのディスプレイを見ながらそう聞いてくる。


「それテレビじゃなくてパソコンだよ」


「え、パソコンって折りたたんで持ち運んだらするやつじゃないの?」


 あー、ノートPCのことか。

 彼方ってこういうのには疎いんだなぁ……


「これはデスクトップのパソコン。これでIPカメラと外付けマイクでピアノ配信とかしたりしてるよ」

 

 他にもノイズ除去のためにソフトウェアやオーディオインターフェースのノイズフィルター機能を使ったりと、今の時代は未来に比べて結構手間がかかるけど、意外と綺麗な音で配信できる。


「配信?」


 有栖も首を傾げて配信が何かを理解していないみたい。


「YouTubeって分かる?」


「分からないわ」


「ごめんね結」


 二人とも分からないらしいので、一旦実演してみるか。



 というわけで、防音室に俺だけ移動してカメラとマイクを俺の部屋のパソコンの方に繋げ、スマホで映像画面を共有する。

 

「どう、聞こえる?」


 Futaba:聞こえるよ


 匿名:久しぶりの配信に感謝


 匿名:ピアノ配信最近やってくれなかったから待ってた


「家に親友が来ててね、配信がどういうものかの実演の最中なんだ」


 俺のパソコンでコメントを打ってもらっているから、名前がFutabaになってることも説明しておく。


 匿名:なるほど?


 匿名:フタバちゃんの友達かぁ、きっと美少女なんだろうなぁ



 大正解。



「とりあえず、何弾いて欲しい?」


 100%あの曲しかないだろうなと、思いながらも一応、配信の最初はこれ言う決まりになっているからリクエストを聞く。


 匿名:来るぞ


 匿名:あれしかないやんけ


 匿名:十中八九あれなんよ


 匿名:来るぞ、誰がリクエストする!?



 そんな焦らすことないだろ……

 まあいいけどさ

 


 匿名:ラ・カンパネラ


 匿名:定期回収ktkr


 匿名:予想通りw


 匿名:フタバちゃんのピアノ配信で初手必ず来る曲


 匿名:相変わらずの指鳴らし




 そう、毎回俺が“何弾いて欲しい?”って聞くと最初は必ずラ・カンパネラが来るのだ。


 もはや居酒屋で、

 “へい大将、いつものたのむよ”

 “あいよ”

 と言っているようなものである。

 

 指鳴らしとか言ったやつ、俺で良かったな。


「おーけ」





 バイオリン協奏曲第2番ロ短調Op.7

 第3楽章 ラ・カンパネッラ


 元々はパガニーニが作曲したものだが、

ラ・カンパネラはリストがピアノ用に編曲したもの。


 超絶技巧をこれでもかと詰め込んだ、悪魔のような曲である。


 まだ配信始めた頃はこれを弾いた時、それはもう初々しい反応で凄い褒めてくれたけど……


 今では

 視聴者が俺に毒されすぎて、この程度なら余裕で出来るでしょ……と、後方腕組みおじさんと化してしまった。


 慣れというのは大変恐ろしいものだな。


 インフレが止まんねえや……





 さて、やるか。


 最初は驚くほど、静かに……

 されど凛として。


 浅い、呼吸。


 溺れるように深い、ピアノの音が、彼らにも伝わるだろうか。


 どうしても、マイク越しだと音が劣化したりするが、俺の色で塗りつぶしてやれば問題ないな。


 有栖とまた出会えた今の俺ならば、この世の誰よりも美しく弾ける。


 そう信じて……




 匿名:相変わらずエグい、というかめちゃくちゃ成長してね?


 匿名:前もプロも顔負けの実力だったけど、これは……やばすぎるな


 匿名:凄すぎて笑いが止まらない……


 匿名:フタバちゃんの手ってまじで綺麗


 匿名:音がパラパラすぎるんだが、今日はチャーハンだな


 Futaba:凄い……




 


 嗚呼……今俺は

 昔みたいに本当に楽しんで弾けてる。


 有栖がいなくなってから、俺はピアノの弾き方も絵の描き方も……


 色を失った。


 でも、奇跡が起きて、また会えたから。


 昔みたいに、いやそれ以上に笑えるようになった。


 それもこれも、全て君のお陰だ。





 だから……




 感謝と奇跡の鐘を、鳴らすんだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る