第2話 別れの曲
2012年 4月1日
今日はエイプリルフール。
何の嘘を言おうか迷う。
というか嘘を言う相手がいねえや、てへ
俺、友達少ないんだよなぁ……
だって喋るとキャラ崩壊するじゃん。
この顔でオレッ娘は合わないし、この
うーん、俺なら関わりたくないなあ……
これからは控えよう。
とはいえ、この子可愛すぎるんだもん。
いやまあ自分なんだけどさ、なんていうか、自分のこの身体を俺は
絵を描く時とか、わざわざ写真見つけてくるより自分でポーズとって、写真撮ってそれを参考にした方が楽だし。
やっぱ絵を描くの楽しいな。
有栖がいれば、もっと良かったんだけど……
嗚呼、なんかネガティブになりそう。
別のことを考えよう。
そういえばもうすぐ高校生だっけ……
「二度目の高校生かぁ……」
高校生になる時、我が父様が仕事で海外に行くって言い出して母様もそっちに行くらしい。
俺はどうすんのと言えば、新築建てるから、そこで一人暮らししてと言われた。
なんて放任主義なんだ!
え、じゃあ、金はどうすんのかって?
仕送りとアナログの絵を売ってなんとかやってます。
(これが親を様付けで呼ぶ理由です)
親が相当裕福だから困ってはいないけど、こんな可愛い娘をほっぽり出すのはどうかと思うよ……
誰かに襲われたらどうすんのさ。
その人と仲良くなればなんとかなるか……
合気道の偉い人もそんなこと言ってた気がする。
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それにしても、今はいい時代になったもんだ。
俺は十歳の時からYouTubeを始めたけど、当時は折りたたみの携帯とか、フィーチャーフォン、ガラケーって伝わるかな……
まだスマホもないその当時、インターネットが徐々に普及してきたとはいえ、便利なサイトやコンテンツが少ないから、一から自分で作らないといけなくて苦労した。
というわけで2006年から始めたお絵描き講座とピアノの睡眠BGMの二つでやってきて今では登録者数四十万人くらいいる。
凄いかな、凄いよね?
比較対象が少ないからよく分かんない部分が大きい。
まあでも、なんだかんだで好き勝手生きてるし、趣味に理解ある親で良かった。
いざ自分の描いたイラストを世に出したら、この時代のアニメーターやイラストレーターに真似されるようになった。
パイオニア名乗ろうかな?
でも、この時代の作品の良さを壊してしまわないか心配な部分もある。
ほどほどに、ほとほどにしよう。
とはいえ、未来に紡がれた技術の結晶が、知恵が、努力が、血となり肉となり、初期の日本のアニメーター、イラストレーターの礎になってくれるのは、感慨深いものだ。
だから俺はほどほどに、されど惜しみなく分かりやすく、俺なりの描き方を伝えていくのである。
◆◇
「二葉さんってめっちゃ可愛いよな」
「ブルマ姿とかほんと、たまらないわ」
この真夏の炎天下、茹だるように暑く、汗が頬から顎に伝いポタポタと落ちる。
俺、インドアやねん。
暑いの嫌いやねん……
でも俺、ブルマは似合うから体育サボらずやるよ。
未来では何故か廃れてしまったブルマ。
いや、もう既に数多の学校で廃れつつあるこのブルマ。
悲しいかな、この光景が見られるのは刻一刻と終わりに迫っている。
一体何故……
この機能美を、ぴったりと引き締まったかっこよさ、足も長く見える。
最高じゃ無いか!
故に俺は普段着でもブルマを履いているのだ!
毎日早朝に体型維持のため1km走ってるから、よりこのスラッとした体型でブルマを履けるのだよ。
それもこれも、自分を絵の
自分をモデルにして絵を描くことが多いからそれはもう見た目には気を遣っている。
まあ元の素材が良過ぎたせいもあるから、更に磨けば自分の理想を体現できるのではと思ったから相当頑張ったのだ。
やはり美少女。
美少女は全てを解決する。
「あ、もうゴールか……」
そんな考え事をしていたら1km走り終わっていた。
なぜか一位。
数十秒後に陸上部ちゃんが、ゴールした。
「二葉さんって速いんだな……」
「俺より速い……」
記録にして2分58秒。
なんだかんだ言ってスポーツは得意なんだよな。
暑いのは大の苦手だけど……
放課後、先生と交渉して音楽室を使えるようにしてもらった。
「まじか……」
音楽室に入ると、それは美しいピアノが置かれてある。
それも最高級、最高傑作と呼ばれるアメリカの名門ブランド社の所のグランドピアノ……
私立の結構良い所の高校だけど、スタ◯ンウェイのグランドピアノ置けるのは凄いなんてもんじゃ無いな……
使って良いんだよなこれ。
先生も良いって言ってたし、使っちゃうぞ?
ということで一音、指を沈ませる。
その音色は曇ることなく鮮明に音楽室中に響いた。
俺は椅子に座り、鍵盤に手を添えてショパン練習曲作品25第11番『木枯らし』を弾いた。
最初はその静けさを、そして……
校内に響き渡る木枯らしの荒々しさよ!
嗚呼、凄いな。
これは、ピアノ弾きによるピアノ弾きのためのピアノだ。
鍵盤は絶妙な力で沈み込む。
「最っ高」
思わず笑みが溢れるほどには、至高の音色だった。
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そうして毎日放課後に音楽室でピアノを弾き続けることが日課となった俺。
しかし、今日はなんだかいつもと違い、彼方がいる。
なんかこっちをじぃっと見てくるんだけど……
俺なんかしたっけと汗をたらたらさせていると、無言を貫いていた彼方が俺に喋りかけてきた。
「ねえ結、なんでコンクール出るの辞めたの?」
そう、突然に……
コンクールかあ、中学一年生まではずっと続けてきたけど、中学二、三年の時は受験勉強に勤しんでたからなぁ……
それに、なんか無断で写真撮られるようになったし、ストーカーも増えて困っていたから表舞台に出るのはキッパリ辞めたんだっけ……
まあとりあえず無難な言い訳でもしておくか。
「いやだって、時間が無いし……」
そう俺が言うと、彼方は目尻に涙をチラつかせる。
え、俺なんかしたかな……
「結が弾かなきゃ、私はずっと負けたままじゃん」
少し寂しそうに言う彼方。
「一回だけで良いの、一回だけ、私とまた一緒に出てくれれば……それで、諦められるから」
切に、彼方は俺にそう言った。
ずるくない?
そんなこと言ったらさあ……
出なくちゃじゃんか。
「……分かった、出るよ」
◆◇
ピアノコンペティションE級のコンクール地区予選、地区本選を通過し、全国本選第一次、第二次を超え最終審査当日。
なるほど凄くレベルが高い。
今弾いた子なんてワルシャワから来た天才少女などと書かれていたがその名に劣ることのない素晴らしい出来栄えだった。
単に上手いと言うわけでは無い。
この会場の空気を、彼女の色で塗りつぶすくらいには、凄まじいものだ。
技術、表現、解釈、どれをとっても一流、プロと言って差し違えない。
彼女の生きた世界が、伝えたい表現が、色濃く馴染んで音になってる。
終わりの余韻にひたり、無意識に俺は拍手をしていた。
それからは、彼女に勝る者が出ることなく……
ついに
プログラムNo.24 柳瀬 彼方
彼女の出番が来た。
「頑張れ」
待合室から出ていく彼方に俺はそう言った。
「当たり前よ!」
その表情から緊張は微塵も伝わってこなかった。
彼方の課題曲は
ショパン練習曲作品10-12『革命』
左手を酷使する変態御用達の曲である。
そんな失礼なことを考えていると、静かな空間が一色の音に塗りつぶすような演奏が始まった。
それは、身震いし鳥肌が立つほどに、荒々しさと美しさが混在する彼女なりの『革命』だ。
昔とは違い、彼女の意思と、彼女の解釈が、伝わってくる。
それがこの上なく美しいもので……
「あ……え?」
気のせい、か?
一瞬、ほんの一瞬だけ……彼方が誰かと重なったような気がした。
あの雰囲気が、いつの日か出会った彼女に酷似している。
「……有栖?」
いやいや、そんなわけあるか。
だけど、忘れようとしていたこの胸の高鳴りを、初めての恋を……
思い出してしまうのは、なんでなんだろ……
俺のような前世の記憶を持つ男の紛い物が、彼女に恋をする権利が無いって、そう自分に言い聞かせてきた。
どうせ叶わぬ想いだったのならば、自分にその資格が無かっただけって……
そう、言い聞かせたいだろ?
だから、どうか……思い出させないで。
彼方の演奏が終わる。
「あの、大丈夫ですか?」
演奏が終わった一人の少女にそう心配された。
「あ、いや……大丈夫です」
俺はそう言うが、少し、目元に涙が溜まっていたようで……
目尻をティッシュで拭き、自分の番になる。
たださ……
これじゃあ、ちゃんと弾けるか、分からないじゃんか……
頬を叩いて、なんとか、気を引きしめて、舞台の表を歩く。
その際にヒールの音と、心臓の音が、とても大きく聞こえるんだ。
舞台に置かれてある煌びやかな漆黒のピアノを見据え、俺はピアノの椅子に座って、目を閉じて……
「ねえ、有栖……またいつか、会いたいな」
そう、呟いた。
その様はまるで恋憂う思春期の少女のように……
プログラムNo.25 二葉 結
課題曲:ショパン練習曲作品10-3『別れの曲』
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