ガキの神様の噂

ケロリビドー

ガキの神様の噂

「おかしいなあ、やっぱり絶対ここに落ちたと思うんだ……」


 小学三年生の男の子、ミナトはこの日ずっと学校の生け垣を掻き分けて探し物をしていた。なくしたのは単身赴任の父親からもらった懐中時計だった。朝、それをクラスメイトのリュウヤに奪われ、この生け垣の中にブン投げられたのだ。ミナトはすぐに生け垣の中を探し始めたが、どういうわけか全然見つからないのだった。

 リュウヤは粗暴なところがあって、近所の大人には「悪ガキ」とあだ名をつけられている。そしてなにかというとミナトにちょっかいを出してくる傾向があった。リュウヤに対してミナトは何かした覚えはまったくないのだが、細かい嫌がらせのようなことをしてくるのだ。ミナトはあまり気の強い子供ではないので、ちょっとくらいならと我慢していたが今回のは本当にひどいと思う。生け垣を探りながら、ミナトは悲しくなってきた。


(どうしよう。なくしたなんてお母さんには言えない。お父さんにはもっと言えない……)


 夕暮れになり、その日はあきらめざるを得なくなったミナトはとぼとぼと家に帰る。夕食もあまり喉を通らなかったが、母親にご飯を残すなと日頃から厳しく言われたので頑張って食べた。母親が「自分も子供のころ親に食べ物を大事にしろと言われたものだ」というような話をするのをぼんやり聞きながらつっかえつっかえ完食した。

 部屋に戻って一人になると、どっと疲れが襲ってくる。ミナトの心の中はなくした時計のことでいっぱいだった。心細さを感じて、スマホを手に取る。そして去年引っ越してしまった親友のヒロタにメッセージを送った。一日一時間と母親に約束しているメッセージアプリを見る時間をミナトはヒロタと話すのだけに使っている。


『そっかあ、リュウヤひでえな。おれがそっちにいたら一緒に探すのに』

『ありがとう。どうしたらいいだろう。誰にも言えなくて……』


 ヒロタはとても優しく、気弱なミナトのことをいつも引っ張ったり、助言をくれる。ヒロタと話していると、なくしものをして重たかった心がほんの少しだけ晴れる気がした。


『そういえば、そっちにいるおじいちゃんからその地域に伝わる探し物のおまじないを聞いたことがある。やってみるか?』

『え? おまじない? うーん。やってみようかな。教えて』


 おまじない、と言われて一瞬だけばかばかしいような気がしてしまうミナトだったが、それでも自力で見つける方法は他にないような気がしたので、気休めでもやってみたくなって詳しく聞くことにした。

 おまじないの方法はこうだ。電気屋と不動産屋の隙間の奥に「ガキの神様」を祀る小さな祠があるので、そこにおまんじゅうを一個供えて「ガキの神様ガキの神様、探し物をみつけてください」とお願いする。そんな簡単なものなのだという。


『それだけ? そんな簡単なことでいいの?』

『おまじないだからな。簡単だと思うんならやってみたらいいんじゃないか』

『わかった、ありがとう』


 そんなふうにやりとりをしているうちにもう寝る時間になったので、ミナトはヒロタにおやすみのメッセージを送って床に就いた。


(おまじない……おこづかいまだ残ってたから、それでおまんじゅうを買ってやってみよう……)


 次の日、念のためもう一度生け垣を探してみてやっぱり時計を見つけることができなかったミナトは、スーパーでおまんじゅうを一個買って電気屋と不動産屋の隙間に来てみた。別に見られたらだめなルールがあるわけでもないのになんとなく周りを見回してからミナトは狭い隙間をおっかなびっくり進んでいく。祠なんてないんじゃないだろうか、もし行ってみて祠がなかったらあきらめてお母さんに時計をなくしたことを言おうか……と思っていたら、突き当りになにかあるのを見つける。


「あった……」


 確かにそれは祠だった。とても小さいけど、ちゃんと小さい家みたいな形をしていた。

 おまじないが本当なのかはまだ信じられなくても、祠が本当にあるとなるとまるでデタラメな話でもないのだとミナトにも思えた。そしてヒロタに教えてもらった通り、祠の前にしゃがんでおまんじゅうを置き、手を合わせた。


「ガキの神様ガキの神様、探し物をみつけてください……」

「おい、お前そこで何やってんだよ」

「……っ!!」


 言い終わるのと同時ぐらいに後ろから声をかけられて、ミナトは驚いて振り向いた。出口からの逆光ですぐには顔がわからなかったが、そこに立っていたのはミナトから時計を奪って捨てたリュウヤだった。


「りゅ、リュウヤ、くん」

「なんだそれ。まんじゅうか? なにやってんだ、わけわかんねー。バカじゃね」


 リュウヤはミナトの襟首を後ろから掴んで引き倒した。しゃがんだままのミナトはバランスを崩して尻もちをついてしまう。そんなミナトをまたいで祠に近づいて、リュウヤの手が供えていたまんじゅうをひっつかんだ。


「わけわかんねーよ。ムカつく。わけわかんねーことしやがって。バカかよ」


 リュウヤはイライラと芯のない悪態をつきながら、まんじゅうを地面にたたきつけてぐちゃぐちゃに踏みつぶした。


「やめて! なにするんだよ!」

「うるせーよ。ほんとお前、ムカつくよな!!」


 執拗にまんじゅうを踏みにじる足にすがりつくミナトを蹴飛ばしたリュウヤは、ぺっと唾を吐くと路地を出て行ってしまった。


「……ひどすぎる……ぼくが何をしたんだよ……」


 時計を奪われ捨てられ、おまじないすら台無しにされてしまったミナトは、その場でさめざめと泣いてしまうのだった。


『マジありえねー。リュウヤほんとなんなんだよ』


 家に帰り、今日会ったことをメッセージでヒロタに話すと彼はミナト以上に怒ってくれた。ヒロタと二人であそこにいたらリュウヤを阻止できただろうかと思うと、ミナトはまた目に涙が滲んでしまうのだった。


『でもそうか。おまじない失敗しちゃったか。そうかあ』

『何? 失敗したら駄目だったの……』

『うーん、実はさ。さっきおじいちゃんに電話してもうちょっと詳しく聞いたんだ。ガキの神様のおまじないの話。そしたら、失敗しちゃった場合に限り、まだおまじないの手順が続くらしいんだよ。中途半端な情報教えちゃってごめん。続き教えるから』


 そう言って、ヒロタは続きの手順というものをミナトに教えてくれた。それはこういった内容だった。

 おまじないが失敗してしまったら、その後改めて夢の中でまんじゅうをガキの神様に届けに行く必要がある。そのチャンスは三回あって、三回目までにそれを成功させることができればまだ探し物をみつけてくれるのだという。寝る前に枕元にまんじゅうを置いて寝て、夢の中であの祠まで行く。そしてまんじゅうをガキの神様に渡す。


(これ、またまんじゅうを買う必要があるな……でも来月までお小遣いもらえないし……)


 小学三年生のミナトがもらっているお小遣いは微々たるものだ。スマホを使わせてもらっているのはなにかあったときにすぐ連絡がつくようにで、甘やかされて持たされているわけではない。運悪く今月のお小遣いはまんじゅうを買うほどの小銭も残っていなかったのだ。ミナトは悩んだ。お小遣いの前借りを母親に頼むことをまず考えたが、そうするとなぜ必要なのかを説明しなくてはいけない。ミナトは嘘が苦手なのを自覚しているので、時計をなくしてしまったことを最終的に母親に言わなくてはならなくなってしまうだろうと思った。そうしたくないからおまじないに頼ったのだ。次に考えたのは母親の財布から金を抜くことだったが、そんなことは考えるだけでもいけない、と思った。家族であってもそれは泥棒だ。ぜったいにしたくない。だから、困ったミナトにできることは……。


「おかあさーん。おまんじゅうとか、家にない?」

「えっ? おまんじゅう? どしたの? お腹減ったの?」

「ん、あ、うん。そう、おなかぺこぺこ……へへ」

「おまんじゅうはないけど……わかった。お夕飯早めにするからね!」

「あ、ありがとう……」


 まんじゅうが家にあるかどうか母親に聞くことだったが、これも失敗だった。結局その日は枕元にまんじゅうを置くことはできないまま就寝せざるを得なかったミナトは、家に一人ぼっちでいる夢を見た。もしまんじゅうが手元にあれば、それを持って今すぐにでもあの祠に行くのに……。結局夢の中でも何もできずに、ミナトは一回目のチャンスをふいにしてしまうのだった。


(でも、おまんじゅうを手に入れる方法なんてほかにあるだろうか? 作る? いやいや、それだって材料は買わなきゃだめじゃないか……)


 次の日、朝からミナトはまんじゅうのことばかり考えていた。リュウヤにまた小突かれたりしたが、相手にする気にならなかった。リュウヤは反応の悪いミナトに「ムカつく」と吐き捨てて、どこかへ行ってしまった。

 学校が終わって、ミナトがぶつぶつと考え事をしながら通学路を歩いて帰ろうとしていると、見慣れないおばあさんがキョロキョロしているのに出くわした。どうしたんだろう、おばあちゃん、迷子かな? そう思ってミナトはおばあさんに声をかけてみる。


「ヨシダさんの家がわからなくなってしまってえ……」

「そうなんですね、うーん。ぼくもわからないけど……交番にいきましょう」


 家とは反対方向だったが、ミナトはおばあさんを交番に連れて行った。交番にいたお巡りさんが吉田さんの家に電話をしてくれて、おばあさんは迎えに来てもらえることになったようだ。


「ぼうや、ありがとうねえ。つまらないものだけど、これ持っておいき」

「あ、ありがとう。うわあ!」


 おばあさんが差し出してきたものは、手作りらしいおいしそうなまんじゅうだったのだ!


「おまんじゅうだ! おばあちゃんありがとう!!」

「ぼうやおまんじゅう好きかい、いい子だねえ……」


 ミナトは手に入れたまんじゅうをランドセルの隙間に大事にしまうと、走って家に帰った。これでおまじないの続きをすることができる。家に帰ると「昨日食べたいって言ってたから」と言って母親がまんじゅうを買ってきてくれていたので何もしなくても結局まんじゅうは手に入ったが、おばあちゃんからもらったまんじゅうは神様にあげる特別なものなので、おまじないに使うのはこれにしようとミナトは心に決めたのだった。

 その夜、おばあさんからもらったまんじゅうを枕元に置いて、安心した気持ちでミナトは眠りにつく。そしてまた家に一人ぼっちでいる夢を見た。昨日とちがうことは、手にしっかりおばあちゃんからもらったおいしそうなまんじゅうを持っていたことだった。


(よし。あの祠に行こう)


 夢の中の玄関を出て、ミナトはあの祠に向かった。リュウヤに邪魔されてしまったときのようにまた酷いアクシデントが起こるのではないかと思ったが、街はがらんとして誰もいなかった。どの店にも誰もいない。車も走っていない。犬の吠え声すら聞こえなかった。そんな静かな街を駆け抜け、ミナトは祠にたどり着く。現実と同じで、やっぱりとても小さな祠だった。


「ガキの神様、あの時はおまんじゅう目の前で潰されちゃってごめんなさい。これ、手作りの美味しそうなおまんじゅうだから食べてください……」


 夢の中で唱えるおまじないはないと思ったけど、食べられると思っていたものが目の前で食べられなくなったらとても悲しいと思ったのでミナトは手を合わせながらそう言った。すると祠の扉が急にぱかっと開いた。


「うわっ……」


 驚いたミナトがじっと見ていると、扉の中から真っ黒な手が伸びてきてまんじゅうを掴む。それは子供のようなとても小さな細い手だった……。


「はっ……」


 そこまで見て、ミナトは夢から覚める。カーテンの隙間から朝の光が射していて、スズメがちゅんちゅんとさえずっていた。


「……おまんじゅう……、ちゃんと届けられたよね……」


 そう呟きながら、枕元に置いたまんじゅうを確認しようとしたミナトの手に、ふんわりしっとりしたまんじゅうとは違う感触の何かがコツンと当たった。


「……え」


 ひろげたティッシュの上で、いくら探しても見つからなかった父親の懐中時計がコチコチと秒を刻んでいた。


(成功した! 成功したんだ!!)


 半信半疑だったおまじないがうまくいって、ミナトは躍り上がらんばかりに喜び、ランドセルを揺らしながら意気揚々と学校に行った。思えば、あんな大事なものを学校に持って行っていた自分もいけない。これからは大事なものはちゃんと家に置いておこうとそう思った。

 この晴れやかな気持ちだったらリュウヤがちょっとくらいいやがらせしてきても大丈夫な気がする。そう思ったミナトだったが、そんなことにはならなかった。というか、リュウヤは学校を休んでいた。


(珍しいな、給食をすごく楽しみにしてるリュウヤくんが学校休むなんて……)


 そう思ったが、誰だって体調を崩すことはある。目下の悩み事がなくなったミナトは、リュウヤのことは忘れて静かで平和な学校生活を享受した。

 次の日もリュウヤは学校に来なかった。次の日も、また次の日も来なかった。さらに一週間、リュウヤは学校を休み続けて、さすがにちょっとおかしいのではないか? とミナトは思った。しかし思ったからと言って何ができるわけでもない。

 月が替わったのでミナトは母親からおこづかいをもらえた。なんとなく、ガキの神様にお礼をしないといけないような気持ちになっていたので、欲しかった本を買うよりも早くスーパーでまたまんじゅうを買って、あの祠に向かった。

 夢の中と同じように、何の変哲もない祠にまんじゅうを置いて、お礼だけ行ってすぐ帰ろうと思っていた。しかし、路地裏に入ったミナトの目に飛び込んできたのは祠の前にうずくまる黒ずんだ肌の痩せた子供のような姿の「なにか」だった。


「えっ……えっ!!!」


 じゃり、じゃり、じゃり。


 そのなにかは、素手で土をほじくり返し、それを口に運んで食べているようだった。


「わ、わあ!!」


 恐怖と驚きに声を上げたミナトを、落ちくぼんだ目でギロリと睨む何か。そしてそれは、四つん這いでミナトのほうに近づいてきた!


「うわああっ!!!!」


 踵を返して逃げようとしたミナトになにかが襲い掛かる。その体格のどこにそんな力があるのかというくらい強い力でミナトの腕をつかんだそれは、ミナトが手に持っていたまんじゅうを奪い取り、がつがつと貪り始める。

 地面に倒れたまま呆然とそれを見つめるミナトは、それが見覚えのある子供服を着ていることに気付いた。夏でも冬でもいつもおんなじ、襟がよれよれで袖が擦り切れているその服は……。


「リュウヤ……くん……!?」


 リュウヤの服を着たなにかは返事をしなかった。ただまんじゅうを貪るのに忙しいらしい。ミナトはずりずりと後ずさりをしながら立ち上がると、通りに向かって走って逃げた。


「ハア……ハア……!」

「あんたそんなとこでなにしてんの?」


 路地裏から飛び出てきたミナトの姿を見た電気屋のおばさんがびっくりして彼を見た。ミナトは路地裏を指さしながらぱくぱくと口を開閉することしかできなかった。その指さす先の隙間に怪訝な顔をしながらもおばさんは様子を見に入っていく。


「なにどうしたの、へんなとこから出てきて……ギャアああああっ!!!」


 なにかの姿はミナトにしか見えない幻などではなかった。やせ細った子供が土を食べている、という異常事態に、すぐ警察が呼ばれ、リュウヤは保護された。


「ずっと一人でいたんですって。家の中の食べ物がなくなったから、外に出てきて。なんで土なんか食べてたか知らないけど……。近所で悪ガキとか呼ばれてたし、なんかいつも汚くて乱暴だったからおかしいなって思ってたけど……」


 発見者ということでいくつかおまわりさんに質問されていたミナトを迎えに来た母親が車を運転しながらしゃべり続けるのを、ミナトはぼんやりと聞いていた。どうしてあんなことになってしまっていたんだろう。意地悪ばかりしてくるリュウヤだったが、時計は手元に帰ってきたし、あんなふうになって嬉しいとは心優しいミナトには思えなかった。


『ぼくがガキの神様にお願いしたからああなったのかな……』

『そんなわけないだろ。でももうその祠には行かないほうがよさそうだな』

『うん、そうだね』

『おまじない、教えないほうがよかったか?』

『いや、でも時計は帰ってきたし……リュウヤくん入院してるみたいだからお見舞い行ってみる』

『そっか。おれのぶんも頼むな。またおじいちゃんに話聞いてみるよ』

『ありがとう』


 ヒロタにあったことをメッセージで報告し、ベッドに入るとさすがに疲れ果ててしまっていて、ミナトはすぐに眠ってしまう。その日はぐっすりで、夢は何も見なかった。

 リュウヤに何があったのかはいまだにわからないままだが、担任の先生から近くの病院に入院しているということだけは教えてもらえたので数日後、ミナトはリュウヤが入院している病棟にお見舞いに行った。リュウヤは点滴を受けていてチューブで繋がれていたが、あの日見つけた時よりはふっくらとしてきて元気そうだった。


「……っあ……」

「……やあ」


 何と言っていいかわからなくて、ミナトはちょっとだけ手を上げて挨拶をする。なにしにきたんだとか、わけわかんねー、ムカつく、と罵倒されるかと思っていたが、意外にもリュウヤが次に口にしたのは「ごめん」という謝罪だった。


「時計、ごめん。実は茂みに投げたのはただの石で、時計はオレが持ってた」

「え、そうなんだ……でも、今ぼくの家にあるけど……?」

 

 すっかりおとなしくなってしまったリュウヤは、自分に何があったのかぽつりぽつりと教えてくれた。リュウヤも父親が家にいつもいなくて、しかし母親もあまり構ってはくれなかったのだという。

 ミナトから奪ったまんじゅうを踏みつぶした次の日の夜、一人で家にいたリュウヤのところにがりがりに痩せた黒ずんだなにかが現れて、時計を持って行ってしまった。そして、その次の日から母親が家に帰ってこなくなってしまったのだと、リュウヤは涙ぐみながら話した。


「オレとおんなじで親父が家にいないのに、オレと違ってなんか大事なものもらったり服とか買ってもらってるおまえが気に入らなくて、なんか見てるとイラついて、気が付くとなんかやっちゃって……ごめん。今ならわかる。そんなことしたら駄目だった」

「リュウヤくん……」


 はらはらと落ちるリュウヤの涙を見て、ミナトは何も言えなかった。リュウヤの意地悪は嫌だったし困ったけど、目の前で泣いている彼を責めたりはしたくないと思った。どういっていいかわからなくて、そして口をついて出た言葉はこんな言葉だった。


「お母さん、帰ってきた?」

「……」

「学校、変わる?」

「……」

「あのさ、元気になったら学校来てね。一緒に遊ぼう。今度は小突いたりしないでくれると嬉しいけど……」


 ミナトがそういうと、リュウヤはわっと泣き出してしまった。もうこれ以上いたたまれなくて、ミナトは病室をあとにした。

 それから数か月。


「おーい! おーいおーい! ミナトーっ!!」

「ヒロタくん! 久しぶり」

「リュウヤも来たのか! 久しぶりだな!」

「ああ……」


 夏休み、ヒロタが帰省してきたので、ミナトとリュウヤは三人で遊ぶことにしていた。

 リュウヤはあれから母親の兄に引き取られ、毎日ちゃんと着替えさせてもらえて食事ももらえているそうで、健康そうになったし前より少し穏やかになっていた。メッセージでリュウヤの蛮行を知るたびに「リュウヤありえねー、会ったらぶん殴ってやる!」と息巻いていたヒロタだったが、ことの顛末をミナトから聞かされていたこともあり、実際会ったら人懐こい笑顔でリュウヤを受け入れてくれた。三人はデパートのフードコートで自動販売機のアイスを食べながら、ガキの神様の話をした。実際にガキの神様を見たリュウヤにヒロタが興味津々で話を聞きたがったからだ。

 今までガキの神様の話をヒロタとするときには通話でなくメッセージアプリのチャットだったのでわからなかったのだが、ヒロタが「ガキの神様」という名前を口にするときの「ガキ」の部分は「牡蠣」と同じ発音で、ずっと「柿」の発音で想像していたミナトはあれっ? と思った。


「おじいちゃんに聞いたんだけど、あの祠ってさ、大昔この土地にでっけえ日照りが来て子供がいっぱい死んだから、その魂を慰めるための祠なんだってさ。なあ、リュウヤは見たんだろ? 餓鬼の神様。どうだった?」

「どうって……なんか黒くて、痩せてて……目がぎょろっとしてて……あんまり覚えてねえ。でももうあんな怖いもん見たくないし……あ、でも」

「でも?」

「なんだろうな。なんかあれからまんじゅうが大好物になった。今まで食べたいと思ったことなかったのに、なんかすげー食いたくなることあるわ」

「なんだそれ!」


 ヒロタはそんなリュウヤをわっはっはと笑った。ミナトは黒くて痩せてまんじゅうを貪り食うあの時のリュウヤの姿を思い出して、ちょっとぞくっと身を震わせる。


「ねえ、うちに来ない? なんかここ寒くて……」

「いいね、じゃあまんじゅう買っていこうぜ」

「行こう行こう!」


 三人は笑いながらデパートを出て、自転車にまたがる。

 ミナトがしたことはおまじないを実行しただけだ。だけど、その結果リュウヤが苦しい生活から抜け出せて、そしてミナトとヒロタには友達ができた。大昔、お腹が減って死んだ子供がいっぱいいたことは悲しいことで、いつもはそんなことに思いを馳せることなどないけれど、ミナトはこの夏にあった不思議なできことを、きっと忘れない。

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