第38話 愛情

 それからしばらくして俺は桜田とともに宮下さんの運転する車で学園まで送ってもらうことになった。


 要するに桜田が三船議員の性奴隷になるという話は完全に立ち消えになったと言うことである。


 結局は深山先生が全て解決してくれたので、俺は何もできなかったのだが結果的に桜田が学園に復帰できそうで一安心である。


 そして一安心したのは桜田も同じだったようで、車に乗ってからずっと腕にしがみ付いていた桜田は、高速に乗ったところですやすやと寝息を立て始めた。


 おっさんの愛人なんて他人である俺ですら寒気がするのに、当事者である彼女にとってはとんでもない恐怖だったのだろう。彼女の恐怖心が取り除かれたのであればこんなに嬉しいことはない。


 いつもならば彼女のスキンシップに必死に抵抗する俺だが、今日だけは彼女に肩を貸してやることにした。


 車は二時間ほどで学園へと到着して、俺と桜田は車から降りた。送ってくれた宮下さんにお礼を言って彼の車を見送ろうとした俺だったが、彼もまた車から降りてくる。


「細川先生、できれば深山先生のご自宅にご案内いただけると助かるのですが」


 どうやらお礼が言いたいらしい。ということで、俺は宮下さんを深山先生の自宅(一部俺の自宅)へと案内する。


 深山先生に出迎えられリビングへとやってきた俺たちだったのだが、宮下さんはリビングに入るなりその場に跪いて深山先生に土下座をした。


 そんな宮下さんを見て桜田もまた俺たちに土下座をする。


「深山先生っ!! それに細川先生も、この度は桃さまをお救い頂きまことにありがとうございましたっ!!」

「先生、ありがとうございましたっ!!」

「み、宮下さんっ!? それに桜田も」


 と、突然の土下座に困惑する俺。それは深山先生も同じだったようで「ど、どうぞ頭をあげてください」と困惑した様子で二人の頭を上げさせようとするも、彼は全く応じない。


 が、まあ宮下さんにとって深山先生はスーパースターなのかもしれないとも思う。


 桜田はきっと彼女が幼い頃からお世話をしてきた娘のような存在なのだろう。そんな彼女が性奴隷になるという耐えがたい状況から深山先生は救ってくれたのだ。


「宮下さん、なにか勘違いをしておられませんか?」


 が、そんな宮下さんに深山先生はそう尋ねる。そこで二人はようやく頭を上げた。


「私はあくまで桜田さんとフェアな戦いがしたかっただけです」

「ふぇ、フェアですかっ!? 申し訳ございませんが、なんの話をしておられるのか?」

「わからないのであれば結構です。桜田さんは理解していると思いますので。まあ、何にせよ宮下さんが私になにか負い目を感じる必要はないということです。それよりも宮下さん」

「はい、なんでしょうか?」

「宮下さんはこのまま桜田家でお勤めになられるおつもりですか? 私は今回のことで宮下さんのお立場が悪くなることを危惧しております」

「いえ、私のことはお気遣い無用です」

「宮下さんがよろしければ、父に頼んでそれ相応の職場を紹介することも可能ですが」


 まあ確かにそれもそうだ。今回のことは一応の解決を迎えたが、桜田大臣と桜田のわだかまりは大きくなった可能性は高い。そうなると必然的に宮下さんが矢面に立たされることにもなりかねないのだ。


 アサカワ飲料の社長令嬢ともなればパパに頼んで宮下さんに仕事を斡旋することもできるのかもしれない。


 そんな先生の提案に宮下さんは「とてもありがたいお話です」と前置きをするものの。


「私は桜田先生へのご恩がございます。そのご恩は一生かけても報いることのできない大きなご恩です。せっかくのご提案ですが、私は一生をかけて先生のもとでご恩を返すつもりでございます」


 桜田大臣への恩? なんだかよくわからないが、宮下さんの意志は固いようだ。


 そして深山先生もそのことを理解したようで「わかりました」とあっさり引き下がった。


「それはそうと宮下さん。もしも可能であればそのサングラスを外して私に宮下さんの菅を見せて頂くことは可能ですか?」

「サングラスですか? かまいませんが……」


 なにやら変なお願いをする先生に宮下さんは不思議そうに首を傾げていたが、すぐに何かに気がついたようにハッとした表情を浮かべる。


 しばらく考えるように黙ってから、自身のサングラスへと手を伸ばした。


 そして、彼は俺たちにその素顔を露わにした……のだが。


 彼の素顔を見た瞬間、俺は思わず我が目を疑った。


 俺の前に現れたのはとても綺麗な目をした優しそうな中年男性だった。


 その目を見た瞬間、深山先生は「やっぱり……」と何か納得したような声を漏らす。


 俺もまた宮下さんの目を見て納得した。そして、彼の目を見て宮下さんの言う桜田大臣に対する恩がどのような恩なのかにも察しが付いた。


 が、それを口にするのは野暮というものだ。


「とても優しそうな綺麗な目をお持ちですね」


 宮下さんを見つめながら深山先生は頬を綻ばせた。


※ ※ ※


 翌日から私立聖桜学園は平常運転に戻った。


 そして、彼女たちの俺への女性慣れ特訓も平常運転に戻った。


 なんなら加速した。


「はい、龍樹くん、あ~んっ!!」

「深山先生ばかりずるいですっ!! はい、先生、私のもあ~んっ!!」


 ということで今日は、先生と桜田の作ったお菓子を頂いております……椅子に縛られながら。


 いったいこれのどこが女性慣れの特訓なのか、俺には甚だ疑問ではあるが二人とも何を言っても俺は有用な特訓だと言い張るばかりで、最終的には禁止カードを出され俺に拒否権はなかった。


「龍樹くん、次は口移しで食べてみましょう」

「いや、なんでですか……」

「龍樹くんには女性との距離感に慣れて欲しいんです」

「いや、生徒とこんなに接近することなんてないでしょ」

「あ、先生ばかりずるいです。じゃあ私も口移しで」


 そう言ってそれぞれ口にクッキーとマフィンを咥える深山先生と桜田。


 接近してくる彼女の無駄に可愛い顔を眺めながら俺は思う。


 俺はいったいいつになったら立派な教師になれるのかと……。

――――――――――

新作始めました!

よければこちらもよろしくお願いします。

『失恋した俺を隣で励ましてくれる幼馴染には好きな人がいるらしい』

https://kakuyomu.jp/works/16818093086356024957

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

全寮制の女子校の教師になった俺、女子校生と女性教師に狙われる あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強 @moonlightakatsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ