第26話 魔改造2
今度こそ俺の教員人生が終わったと思ったが、蓋を開けてみたらじじいも含めたとんだ茶番劇だった。
深山先生と桜田と金に目が眩んだじじいのせいで一生分の冷や汗をかいた俺は帰宅するなりシャワーを浴びるために服を脱いで浴室に飛び込んだ。
とにかくお湯で汗を流してすっきりしたい。
そんな気持ちで蛇口を捻った俺だった……のだが。
「あ、あれ……出ない……」
どれだけ蛇口を捻ってもシャワーヘッドからは一滴もお湯が出てこなかった。
ん? シャワーの故障か? ま、まあこのおんぼろアパートならなくもないかもしれない……。
そう思った俺はすぐに浴室から出るとタオルを巻いて試しにキッチンの水道を捻ってみた……のだが。
「ん? こっちも出ねえ……」
シャワーだけならまだしもキッチンの水も出ないとなると、そもそも俺の部屋に水が来ていない可能性が濃厚だ。
断水? いや、でもそうだとしたら事前にお知らせが来るよな……。
断水じゃないとしたら水道管の根本的な不具合か?
今すぐにでも汗を流したい気持ちをぐっと我慢して、俺はしぶしぶ服を着るととりあえず部屋を飛び出した。そして、玄関ドアの隣のメーターボックスを試しに開いてみた。
その結果。
「なっ…………」
水道メーターにはなにやら奇妙な物がくくりつけられていた。それは水道再開のやり方が書かれた紙である。
確かこの紙は俺がここに引っ越してきたときにもくくりつけられており、ここに書かれた連絡先に連絡をして水道を開いてもらった記憶がある。
が、その紙はとっくに捨てたし、俺の記憶ではこの紙は水道が止まったときに取り付けられる紙だったような気が……。
なんだろう……根拠はないけれどとても嫌な予感がする……。
紙を眺めながら呆然と立ち尽くしていると、ふと俺の隣の部屋のドアが開いた。
あ、説明の必要はないと思うけれど隣の部屋とは深山先生の部屋だ。
彼女はひょっこりとドアから顔を出すとなにやら不思議そうに俺を眺める。
「先生、なにかお困りですか?」
「え? あ、はい……なんか水道が止まっちゃったみたいなんですけど……」
「あぁ……それなら私がやりました」
あ、やっぱり……。
なんかそんな気がしていましたよ。
いや、そんな気しかしていませんでしたよ……。
「どうしてそんなことしちゃったんですか……」
「だって、こうでもしないと先生、私の部屋に来てくれないでしょうし」
「だ、だって行く理由もないですし……」
そう素直に気持ちを伝えると深山先生は「はぁ……」とため息を吐いて俺の元へと歩み寄ってきた。
「先生、本気で女性慣れするつもりあります?」
「いや、それとこれとは……」
「そんなことないです。先生は女性慣れをするために一秒でも長く女性と一緒にいる必要があるんです」
「まあそうかもしれないですけど……。で、ですけど水道がなければ困ります」
「あ、それならご心配に及びません。お風呂もトイレも先生の部屋についている扉を開けば手に入りますよ?」
扉というのは俺の部屋と深山先生を繋ぐ扉のことだろう。
ま、まあ正直なところ仮に先生の部屋の物を自由に使えるのだとしたら水に不自由はないかもしれない。が、なんかそれは負けたような気がするので素直に認めたくない。
「た、確かにトイレはお風呂はなんとかなるかもしれませんが、料理をするときにも水道は必要ですし……」
「龍樹くん、これからは私が龍樹くんの食べたい物なんでも作りますねっ!! それに私なら龍樹くんに必要な栄養を考えてバランスの食事を作ることもできますっ!!」
なんて俺に握りこぶしを見せてくれる深山先生。
客観的な事実だけを列挙してみよう。深山先生は俺の家のトイレ付きのユニットバスではなくセパレートされたお風呂と綺麗なトイレを提供してくれると言っている。
さらには仕事終わりで疲れているときに俺の代わりに美味しくて栄養バランスの取れた料理を提供してくれると言っている。
客観的事実だけを見ればとんでもなく素晴らしい提案である。
だが怖い……。こんなに美味しい話があってたまるか……。
「さ、さすがに深山先生に料理を作らせるなんて恐れ多くて……」
やんわりと断ってみるとそれまでニコニコしていた先生の表情が急に暗くなった。
「そ、そうですよね……私の料理なんて不味くて食べられたものじゃないですよね……」
「いやいやそういうことじゃなくてですね……」
なんだろう。すげえ断りづらい空気を作られている気がする。
「そういうことじゃなければどういうことですか? ……しくしく……」
「ほら、先生だって夜はお仕事でお疲れでしょうし、そんな先生に俺の分の料理まで作らせるなんてできません」
「あ、それなら全く心配しないでください。二人分の料理を一緒に作るだけなので労力はほとんど変わりません」
「いや、でも……」
「もうこれは龍樹くんが断る理由なんてありませんよね?」
「………………はい」
ということで半ば強制的に俺は水道を失った。
水道を止めることに同意した瞬間、彼女はまるでさっきの暗い顔が演技だったかのようにぱっと表情が明るくなり、ついでに俺の体をぎゅっと抱きしめる。
「わーいわーいっ!! これで毎晩気兼ねなく先生と女性慣れの特訓ができますね」
「いや、別にそういうわけでは」
「あ、ちなみに今週末に業者さんが来て先生の部屋をリフォームすることになっています。ユニットバスとキッチンを取り払って、そこに先生と私の寝室を作る予定なので楽しみにしていてくださいね?」
原状回復……いったいどれだけの金を取られるのだろうか……。
泣きそうになる俺だったが、深山先生は「あ、お風呂が沸いたので汗を流してください」と手を引いて俺を彼女の部屋へ強制連行した。
※ ※ ※
それから先生の部屋へとやってきた俺は、彼女からバスタオルと、どこかで買ってきたらしい新しいパジャマを俺に手渡してきた。
なんでも先生とお揃いなんだって……。
ということで脱衣所へと送り出された俺は先生の部屋のお風呂を使わせて貰うことにした。
なんだろう……落ち着かない。
が、俺の家の水道はすでに止まっている。帰宅してからさらにかいた冷や汗を流さないわけにもいかないので服を脱ぐと浴室へと入った……のだが。
「な、なんじゃこりゃっ!!」
風呂場に入った瞬間俺は思わず絶叫した。俺の眼前に広がっていたのは俺の六畳間よりも広い大浴室だった。床にはよくわからないけれど高級そうな石のタイルが敷き詰められており、その奥には大人3人が優に浸かれそうな檜風呂が鎮座している。
いや、高級旅館の内風呂かっ!!
そんなツッコミを思わず入れそうになりながらも、俺はとりあえずシャワーで軽く汗を流してから湯船に浸かることにした。
悔しい……悔しい……。
これが今の俺の率直な感想である。
なにが悔しいのか? それは彼女との実質同棲生活を不本意に思っているにもかかわらず、毎日この風呂に浸かれる事実に感動している自分がいることである。
なんだろう……今日一日の疲れが全て落ちそうな気がする……。
なんて敗北感を抱きながら疲れをお湯に溶かしていると、ふと風呂場の外から声が聞こえてきた。
「やだ先生……そんなところ揉まないでください……」
「あら? 制服越しではわからなかったけれど、思ったよりも大きいわね」
「そ、そんなことないです……」
「何カップ?」
「は、半年前にDカップになりました。ってか、そういう先生の方が大きいじゃないですか……」
「まだまだ張りがあるしこれからもっと大きくなりそう。そんなに胸を大きくしていったい誰に揉んでもらうつもりなのかしら?」
「そ、それはその……」
「いいのよ。もっと素直になっても」
う、嘘だろ……おい……。
ドアの方へと顔を向けると、そこには磨りガラス越しに二つのシルエットがうっすらと見えた。
当然ながらそのシルエットだけではいったい誰がいるのかはわからないが、その声は完全に深山先生と桜田のものだった。
周りを見回してみるが風呂場には窓はなく、出口は一つしかない。
仮に俺が外に出れば彼女たちに裸を見られるし、ここに居座っていたら彼女たちは入ってきそうな……気がする。
詰んだ。
俺は完全に逃げ場を失った。
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