第27話 劇団私立聖桜学園

 逃げ場がない……。


 たとえここで風呂場を出たとしても深山先生と桜田に裸を見られることになるし、タイミング的には彼女たちの裸を見ることになる。


 逆にここに居座っていると彼女たちが入ってきて裸を見られることになる。


 いや、詰んでるじゃん……。


 なんて考えているうちにがらがらと風呂場のドアが開いて、体にタオルを巻いた美女二人が風呂に入ってきた。


「わ~先生の家のお風呂大きい……。いいなぁ……」

「女子寮のお風呂も立派じゃない?」

「いや、こんな大きなお風呂を独り占めできるのが羨ましいんです。女子寮は個人用はありませんので」


 なんて言いながら当たり前のように湯船の方へと歩いてくる二人。


「いや、なにやってんすか……」


 そんな至極真っ当な問いかけに深山先生は「裸でお風呂場に来てすることなんて一つしかないじゃないですか。それとも先生はなにか他の想像をしています?」とわずかにいたずらっぽい笑みを俺に向けてくる。


「いや、そうじゃなくてどうして俺がいるのにお風呂に浸かろうとしているのか聞いているんです」

「決まっているじゃないですか。先生を女性慣れさせるための特訓ですよ」

「いやいや、いくら特訓だからってさすがに生徒とお風呂はさすがにマズいですって」

「龍樹くん、授業が終わればノーサイドです。ここからは同僚だとか生徒だとかは関係ないです」

「いや大有りですよ」


 と、必死に抵抗をするものの、そうこうしている間に深山先生と桜田は湯船に入って来やがった。


 湯船に浸かるなり深山先生と桜田は温かいお湯にほっとしたのか、頬を緩めて体をぽかぽかさせている。


 向かい側に並んで座る二人から顔を背けていると「龍樹くん」と深山先生が俺を呼ぶので、できるだけ首から下に目線を落とさぬように彼女を見やる。


「な、なんすか?」

「ほら、桃ちゃんのおっぱい大きいのに張りがあって良いと思いませんか?」

「いや、何言ってんすか」


 そんなことを言う深山先生は桜田の背後に座って後ろから彼女の胸元に手を伸ばしている。極力下に視線を向けないようにはしているが、視界の端で何かを揉む手がうっすら見えている。


「龍樹くんもどうですか?」

「そんなに俺を逮捕させたいですか?」

「龍樹くん、身体的接触は女性に慣れる上でとても大切だと思うんです」


 仮にそれで女性に慣れたとしても社会的に死んだら何の意味もないんじゃないですかねぇ……。


 とにかく話していても埒が明かないので先生を無視し続けていると「んんっ……」と卑猥な声が風呂場に響く。


 気がつくと桜田が顔を真っ赤にして俺を見つめていた。


 彼女はなにかを堪えるような顔でじっと俺を見つめたまま、わずかに体をよじっている。


「ほ、細川先生……そんな触り方しないでください」

「え? いや俺は何も……」

「そんな触り方されたら変な気持ちになっちゃいます……」

「…………」


 言っておくが俺は何にも触れていない。それどころか湯船で正座しながら膝に手をついて微動だにしていない。


 にもかかわらず桜田は俺に熱い視線を送ったまま顔を真っ赤にしている。


 わけのわからん状況に桜田は相変わらず頬を赤くしたまま「細川先生だと思っています……」とわけのわからんことを言う。


「ん? どういうことだよ……」

「私、先生に触られていると思っています。だから先生も触れていると思ってください」

「………………」


 なるほど、わかりたくないけれどわかってしまった。


 どうやら彼女は深山先生からされていることをまるで俺からされているように妄想しているらしい。


「先生……私たち先生と生徒ですよ……。こんなことがバレたら私たちもう一緒にいられないです……」


 それについては完全に同意する。


 こんなことがバレたら俺はもう先生でいられない。


「先生……先生に私の初めてあげますね……」

「…………」

「まだ甘酸っぱいすももですが、大人にはない魅力がありますよ?」

「…………」

「先生、私と奥さんどちらの方が好きですか?」


 いや独身ですけどっ!? いや、それどころか童貞ですけどっ!?


 妙な設定をくっつけて俺の背徳感をより煽ってくる油断も隙もない少女。


 そこで彼女は俺の頬を両手で挟むと俺の顔を自分に接近させる。


 強制的に彼女の顔を間近で見せつけられた俺は急激に頬が熱くなるのを感じた。


「先生……」


 なんて囁く彼女の表情はプロの女優顔負けだった。まるで本気で俺を愛しているようなうるうるした瞳でわずかに下唇を噛みしめる彼女を見ていると、心が揺らいでしまいそうだ。


 ダメだ龍樹。良からぬ感情を抱いちゃいかんぞ。


 昼間の100本ノックもヤバかったかが、これはこれでヤバい。


 また頭が熱くなっていき、軽く目眩がしそうな俺だったが、そこでふと額がひんやりした。


 気がつくと深山先生の腕が自分の額に伸びており、なにやら氷のような物を俺の額に当てている。


「龍樹くん、もう少し我慢です。意識をしっかり持ってください。ここで気絶しているようじゃ永遠に女性慣れなんてできません」


 なんて強制的にヒートダウンしそうな俺の頭をクールダウンし終えると彼女は氷を置いて俺の隣へとやってきた。そして負けじと桜田もまた反対側の隣へと移動する。


 そしてお互いに腕をしがみ付いてきて柔らかい何かを押し当てながら俺の顔を覗き込んできた。


「先生、私とえっちしたくないんですか?」


 最初に口を開いたのは桜田だった。彼女は少し不安げな表情でそんなことを尋ねてくる。


「いや、そもそもお前は俺の教え子だろ……」

「そ、そうですよね……私なんてただの教え子ですよね。ちょっとぐらい遊んでも所詮は子どもですし本気になることなんてありえないですよね?」

「おい、俺の話聞いてるか?」


 相変わらず話がかみ合わないが、桜田はなぜか涙を拭うように手で目を拭うとわずかに微笑んだ。


「でもいいんです。先生が私を必要としてくれるなら、体だけでも私を必要としてくれるのであれば、精一杯先生を慰めます……」


 何を言ってんだこいつは……。


 まるで彼女の口ぶりだと俺はとんでもなく酷い男だ。


 と、そこで今度は深山先生は少しいじわるな笑みを桜田に向ける。


「龍樹くんは、こんな小娘なんかよりも大人の魅力がある私の方がいいですよね?」


 ん? どしたどした?


 突然の深山先生の謎発言に困惑していると、先生は手のひらを合わせて指を絡めてくる。


「龍樹くんはかわいい女の子を見つけるとすぐにつまみ食いするけど、最後は私のもとに戻ってきてくれますもんね?」

「いや、つまみ食いなんてした記憶は……」


 と、そこで桜田が少しムッとしたように深山先生を睨んだ。


「で、でも先生は私の若い体に夢中です。私のことを一番愛していると言ってくれました」

「そんなのリップサービスに決まってるじゃない」

「そんなことないです。あのときの先生の顔は本気でした」

「へ、へぇ……じゃあ龍樹くんにどっちが良いのか聞いてみましょ?」

「望むところです」

「ねえ、龍樹くんは私とこの小娘、どっちの方が好き?」

「先生、私とこの女どっちの方が好きですか?」

「頼む、その茶番劇に俺を巻き込むのはやめてくれ……」


 劇団聖桜学園第一回公演『愛人と妻』が勝手に開演しちゃってる……。


 お客さんもいないことだし、そろそろ終演して退場したいのだけど、俺の腕は二人にしっかりホールドされているせいで動けそうにない。


 そして、彼女たちは俺を置いて演技を続ける。


「深山先生は随分と自信がおありなんですね?」

「自信もなにもただ事実を口にしただけだけど?」

「先生、こうしませんか? これから三人でえっちして細川先生にどっちがいいか判断してもらいませんか?」

「別に良いけれど結果は見えてるわ」

「そんなこと言って本当は負けるのが怖いんじゃないですか?」

「怖いわけないじゃない。いいわよ。じゃあこの場でどちらが先生を満足させられるか勝負しましょ?」


 そう言って二人は同時に俺に顔を向けるとトロンとした瞳を向けながらこう言った。


「先生、いつもみたいにまだ未熟な果実を堪能してください」

「龍樹くん、いつもみたいに私のテクニックで満足させるからね?」


 そんな目で見つめられた心が揺れそうになるから恐ろしい。


 もちろん演技なのはわかっているが、彼女たちの美貌はそんな俺を本気にさせてしまいそうな魅力があった。


 が、手を出したら俺は今まで教師を夢見て頑張ってきた過去の自分を裏切ることになる。


 結局、俺は彼女たちの伸びた手を必死で止めながら、彼女たちがのぼせるまで持久戦を続けることとなった。

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