第22話 特訓
意識すればするほど生徒たちの目が気になってくる。
あ、あれ……そんなに俺、童貞臭が酷いのかなぁ……。なんて思わず体臭を確認してみるがさっぱりわからない。
さらにはしょんぼりしながら歩いていると深山先生から「一度付いた匂いはそう簡単には取れませんよ。私と一緒に良い匂いに変えていきましょうね」と囁かれる始末である。
最初は深山先生と桜田が俺をからかっているのかもなんて思っていたが、ここまで生徒たちの視線を浴びていると自分の女性慣れを自覚せずにはいられない。
はぁ……まさか恋愛経験がないことが教員生活にこうも大きな影響を及ぼすなんて……。
自分の中で教師としての信用度と恋愛経験に相関関係があるなんてこれっぽっちも思っていなかっただけに、結構ショックは大きい。
が、深山先生と桜田にその身を委ねたら俺は教師として終わる気しかしない。
だったら毅然とした態度で彼女たちとも向き合わなければならないのだ。
そう自分を必死に鼓舞して午前中の授業に挑んでいた俺は、昼休み、桜田と二人で屋上でお弁当をつついていた。
「はい、先生、あ~ん」
「あ~ん」
「どうですか? 美味しいですか?」
「美味い。めちゃくちゃ美味い」
昼休みの校舎の屋上には俺と桜田以外の人影はない。
なぜかって? そりゃ、ここは基本的には生徒の立ち入りが禁止されているからである。
が、なぜか桜田は職員室で保管しているはずの屋上の鍵を持っており、一緒に弁当を食べようと俺を誘ってここへとやってきた。
さて、自力でなんとかすると意気込んでいた俺だったが、なぜか俺は桜田にお弁当をあ~んしてもらっている。
おいおい教師としてどうなんだとツッコまれそうだし至極真っ当なツッコミだとは思うけれど、俺にも言い訳ぐらいさせて欲しい。
俺が桜田と弁当を食べている理由。それは写真を見せられたからである。
俺がいつも桜田から脅しの道具に使われる例の深山先生とのキス写真。それを今日、彼女に見せられたときは勇気を振り絞って彼女に「脅しはやめろ」と彼女にNOを突きつけた。
が、彼女はその画像をスワイプして新たな写真を見せてきたとき、俺の心はポッキリと折れてしまった。
その写真は土曜日に彼女とともに乗った深山先生の車のドライブレコーダーの写真だった。
写真には後部座席でパンツを見せながらすやすや眠る桜田に俺が手を伸ばしている画像。
まるで眠る女子生徒に今まさにいたずらでもしようとしている写真を見て、俺の顔から血の気が引いた。
あ、ちなみにこれは眠っている彼女を起こすために手を伸ばしている画像だ。
が、そんな事情を知らない人が見れば俺が性犯罪に手を伸ばしているようにしか見えないし、仮に真実を話しても誰も信用してくれないだろうことを悟った。
深山先生とのキス画像だけならば、精々この学校を解雇されるだけで警察のお世話になることもないだろう。が、この画像は最悪の場合社会的に死ぬ。
瞬時にそのことを悟った俺は彼女の言いなりになるしかないよね……。
という諸事情もあり、屋上に敷かれた芝生に女の子座りする桜田の正面に座って彼女が早起きして作ったというお手製弁当を食していた。
美味しいよ……美味しいけれどその美味しさを今の俺は素直に喜べない。
それから10分ほどかけて俺は彼女が作ってくれた弁当を平らげると、彼女は広げた重箱をかたづけて、女の子座りしたまま俺のそばに寄ってきた。
「さて、ご飯も食べたことですし、残り時間は女性慣れの特訓をしましょうか」
「特訓って……なんだよ……」
じっと俺を見つめてくる彼女か目線を逸らすと桜田は「あ、それですっ!!」と口にする。
「それです?」
「先生はそうやって緊張すると相手から目を逸らす癖があります」
「え? あ、あぁ……確かに……」
「先生、そういう細かい仕草が生徒たちに女性慣れしていないと印象づけているんですよ。目は口ほどに物を言うなんて言いますが、相手と話をするときはしっかりと目を見なきゃダメです」
なんて言う桜田のことは妙に説得力があるから困ってしまう。
確かに相手と会話をする上で目線とはとても大切である。特に俺は男ということもあり自分よりも身長の低い生徒が多い。別に上から目線で話しているつもりはないけれど、見下ろすように会話をすると相手に威圧的に映るんじゃないかと気になることはある。
それと同じように相手が女性だからって緊張して目を逸らしてしまったら、相手が俺に距離を取られていると感じてしまうかもしれない。
「先生、お昼休みが終わるまで私から目線を逸らさないでください」
なんて言いながら彼女は顔を背ける俺の頬を両手で挟み込むと、強引に自分の方へと向けた。
少しでも顔を前に出せばキスができてしまいそうな距離で見つめ合う俺と桜田。
間近で彼女を眺めながら俺は思う。
こういう感情を生徒に抱くのはどうかと思うけれど、こうやって見ると本当に可愛い顔をしている。
これが若さなのか肌は瑞々しいし、瞳はどこまでも澄んでいてくりっとしている。自分が高校生でこんな子が同じクラスにいたらイチコロな気がする。
なんて考えていると彼女は少し照れるように頬を緩める。
自然な笑顔なのか、自然を装った笑顔なのか、俺には判別はつかないけれど、そんな可愛い笑顔を向けられるものだから俺は目線を逸らさずにはいられない。
「先生、もう少し我慢しましょう」
「え? あ、そうだった……」
そういう訓練だったことを思い出し、恐る恐る視線を彼女に戻そうとするが、やっぱり女性慣れをしていない自分にはその勇気が沸いてこない。
「目が泳いでいますよ?」
「わかってるさ……」
わかっているが、ここで素直に彼女に視線が戻せるようなら、そもそも俺は女性慣れしっていないなんて言われていないのだ。
と、そこで胡座をかく俺の両手に桜田が触れてきた。突然、体に触れられて思わず肩をビクつかせると彼女はクスクスと笑う。
「先生、手を握っててあげますので勇気を出して私を見つめてください」
「…………」
なんて手助けなのか追い打ちなのかよくわからんことをしてくる彼女に、俺の額に冷や汗が浮かぶ。
あぁ~生徒の顔ぐらいまともに見られないようじゃ、いつまで経っても女性慣れなんてできねえぞ……。
ということで、さすがに自分が情けなくなった俺は勇気を振り絞って彼女へと目を向ける。
「やっと私のことを見てくれました」
「ま、まあこれぐらいはできるようにならないとな」
「先生、好きです」
その破壊力抜群の言葉に思わずまた目を逸らしてしまう。
「はぁ……少し褒めたらまたですか?」
「不意打ちはやめろ」
「もしかして本気にしちゃいました?」
いや、からかっていることぐらい百も承知だ。全てわかっていてもこんな間近でそんなことを言われればドキッとして目を逸らしてしまうんだよ……。
あぁ……いつになったら俺は女性慣れできるのやら……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます