第21話 致命的な勘違い
あっという間に土日が過ぎ去り、再び月曜日がやってきた。
先週一週間は学校に生徒たちに、それから教師という自分自身に慣れるための一週間だった。
が、生徒たちは俺の練習台ではないのだ。だから、今週からは先週の経験を生かした上でより良い学園生活が送れるよう本気を出していこう。
そんな意気込みで学校へとやってきた俺だったのだが、教員寮からほど近い校舎裏側から学校へと向かっていた俺は焼却炉の前で深山先生と遭遇した。
今となっては絶滅危惧種となっている焼却炉だが、うちは山奥でゴミの回収も滅多に来ないということもあり未だにバリバリ現役である。
「あ、龍樹くん、おはようございますっ!!」
なんて焼却炉の前でしゃがみ込んだまま俺に手を振る先生に慌てて駆け寄る。
「ちょ、ちょっとっ!! ここで名前呼びはやめてくれませんか?」
「え? あ、そうでしたね。ごめんなさい」
と、ペロッと舌を出す先生を見て絶対わざとだと確信した。
そんなことよりも……。
「こんなところでなにやってんすか?」
「見ての通りです。焼却炉でゴミを燃やそうとしているところです」
なんて答える先生のそばにはゴミ袋がどさっと置かれており、中には手紙? のような物が大量に詰め込まれている。
「な、なんすかそれ……」
と、疑問に思った俺が袋の中を覗き込もうとすると、先生は「あ、先生は見ちゃダメです」と覗き込もうとする俺のデコを手で押してきた。
が、一瞬だけ『細川先生へ』と書かれた手紙が見えたような気がした。
「ちょ、ちょっと待ってください。今、俺の名前が――」
「あ、火が強くなってきたみたいですね」
そう言って彼女は俺の疑問に答える前に袋を焼却炉にぶち込んで蓋を閉めやがった。
「もしかしてですが、それ、もしかして俺宛の手紙だったんじゃ……」
「違います」
「いや、でもやっぱり俺の名前が……」
なんて言っていると先生は立ち上がって俺を見上げる。
「先生、お疲れで目がかすんでいるんじゃないですか? これは単なる不要になったプリントを燃やしていただけです。だいたい先生宛の手紙あったとして、それを私が燃やすわけないじゃないですか」
「そうかもしれませんが……」
「それに先生宛の手紙がこんなにもたくさんあると思います?」
先生は焼却炉を指さして首を傾げた。
「ま、まあ確かに……」
そもそも俺の元に手紙が届くことなんてまずないのだ。さっき『細川先生へ』と見えた気がしたが、生徒がわざわざ自分に手紙なんて出す理由もないし、何か用があれば直接声をかけてくるだろう。
それにこんな大量の手紙が届くとは思えない。
確かに見間違いか……。と、先生の話に納得した俺は「変なことを言ってすみませんでした」と謝り校舎へと歩いて行こうとした……のだが。
「あ、先生っ!!」
と彼女は俺を呼び止めるとポケットからなにやら鍵のようなものを取り出して俺に下手投げしてきた。
「な、なんすかこれ……」
「下駄箱の鍵です」
「下駄箱? 俺の下駄箱、鍵なんてないですよ?」
「はい、だから取り付けておきました」
「え? ど、どうして……」
「校内にはいたずら好きの生徒もいますので、靴にいたずらされたり、なにかを入れられたりする可能性もあるので」
いたずら? うちの生徒に限ってそんなことをする奴はいないと信じたいけれど、まあそういう生徒がいたときにその悪巧みを未然に防ぐことは結果的に生徒を守ることにはなりそうだ。
そう自分で納得させると手を振る先生に会釈をして校舎へと向かった。
そして校舎内に入り教員用の下駄箱の方へと歩いて行くと、なにやら下駄箱の前に立つ女子生徒の姿を見つけた。
見覚えのない生徒である。彼女はなぜか俺の下駄箱に触れながら「な、なんでっ!? なんで鍵がかかってるのっ!?」と焦ったように扉を開けようとしている。
ん? なにやってんだ?
「おい、どうしたんだ?」
とりあえず声をかけると彼女は「はわわっ!?」と肩をビクつかせて慌ててこちらへと体を向けた。
そして、頬を真っ赤にして俺から顔を背ける。
そんな彼女を見て俺は思う。もしかして、さっき先生が言っていたみたいに下駄箱にいたずらでもするつもりだったのだろうか?
「俺の下駄箱に何か用か?」
が、まあいきなり生徒を疑うのは良くないので、とりあえずは事情を尋ねてみようとしたのだが、彼女は「な、なんにもないです……」と今にも泣き出しそうなか細い声でそう答えた。
そして「ご、ごめんなさいっ!! なんでもないですっ!!」と俺にぺこぺこと何度も頭を下げると逃げるようにどこかへと駆けていった。
「お、おい、ちょっと待てよっ!!」
そう呼び止めるも彼女はそのままどこかへと駆けて行ってしまった。そして、そんな彼女の手にはなにやら手紙のような物が握られていた……気がした。
な、なんだったんだ……。
とにかく俺は下駄箱へと向かうと鍵を取り出して自分の上履きを取り出す。とりあえず現状はいたずらのようなことはされていないようで少し安心した。
が、そこで下駄箱にいたずらをされていないか確認した自分に嫌気がさした。
なにやってんだろ俺……。
まだなにもされていないのに生徒のことを疑うのは最低だ。よくわからないが、彼女には彼女なりの理由があったのだろう。
ということで目を覚ますように頬をパンパンと両手で叩くと気持ちを新たに職員室へと向かう。
が、職員室へと廊下を歩いていた俺だったのだが、廊下にはやたらと生徒が立っていた。
ん? どしたどした?
その異様な光景に困惑しながらも彼女たちに「おはよう」と挨拶をすると彼女たちはそわそわした様子で「お、おはようございます……」と口々に挨拶を返してくれる。
が、すぐに彼女たちは近くの生徒たちとひそひそ話を初め、なんなら俺に後ろ指をさしている生徒までいる。
いや、なんなんだこれは……。
その普通じゃない光景に困惑しつつも廊下を歩いていた俺だったが、ふと思い出す。
『先生は恋愛経験がないんじゃないかって噂です……』
先日、桜田から言われた言葉だ。もしも彼女の言葉通り生徒たちが俺の童貞臭を噂しているとしたら、彼女たちのひそひそ話にも合点がいく。
OH……NO……。
そのことに気がつき思わず、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えて職員室へと逃げるように駆け出す。
チキショーっ!! みんなで寄ってたかって俺の童貞をバカにしやがって。
俺は心の中で号泣した。
そして、いつかはみんなに頼られる立派な教師になろうと心に誓った。
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