第20話 車=ワイン

 俺は深山先生と強制的に同棲をすることとなった。


 あ、ちなみに俺と先生の部屋を繋ぐドアには鍵は付いてなくて、これから付ける予定もないんだって……。


 ま、まあ元々玄関のドアの鍵もあってないようなものだったし、さして変わらないと言えばそれまでなんだけど……。


 ということで俺の部屋から買ってきた日用品や食材を先生の部屋へと運ぶと、先生は生鮮食品を巨大な冷蔵庫へと入れていく。


 それからしばらくして一通り買ってきた物を片付け終えたところで、深山先生は唐突に俺に肩を組んできた。


「な、なんすか……いきなり……」

「先生、買い物をしてきたお礼がしたいんですが」

「いえ、別にお礼をしてもらうほどのことはなにも……」

「いえいえそんなことないですよ。ここから街までは遠いですしかなり助かりました」

「いえいえこちらこそ車を貸していただいたおかげで――」

「お礼に先生の晩ご飯は私が作りますね」


 どうやらこれも強制イベントのようだ。


 先生は肩を組んだまま俺の顔を覗き込むとなにやら悪ガキのような笑みを浮かべる。


「実は今朝パパが送ってくれた高いワインが届いたんです。せっかくなので二人で高級ワインを賞味しましょうぜっ!!」


 なんて言いながら俺にグーサインを向けてくる。


 ということで俺は夕食を深山先生にご馳走してもらうこととなった。


 それから先生はワンピースの上にウサちゃんエプロンというシュールな出で立ちでキッチンに向かった。


 どうやら先生は料理は得意なようで一時間ほどでソファ前のテーブルにはピーマンの肉詰めや唐揚げ、さらには生ハムのシーザーサラダなどなど、いかにも酒のあてのような料理が並んでいった。


「龍樹くんのお口にあえばいいのですが……」


 なんて少し不安げな笑みを浮かべた先生は、ソファに座る俺のすぐ隣に腰を下ろす。


「先生、料理がお上手なんですね」


 基本的に米を炊いて、その上に適当な炒め物を乗せるだけの俺の男料理とは大違いである。


 素直にそのことを褒めると、先生は嬉しそうに微笑んでソファの下からワインボトルの入った箱を取り出して開封した。


 テーブルに置かれたグラスにそれぞれワインを注ぐと「はい、龍樹くんのぶん」とグラスを差し出してくる。


「本当に高そうなワインですね……」

「いえいえ高いって言ってもそこまでですよ。車一台分ぐらいでしょうか」


 あーあーもうやめだやめだっ!! 働くのが馬鹿らしくなるっ!!


 内心泣きそうになりながらグラスに口を付けた。


 なんというか飲みやすいワインだった。が、この味に車一台分の価値があるのかは俺の舌では判断できない。


「さあさあ先生、どんどん食べてくださいね」


 なんて言われたので、とりあえずピーマンの肉詰めにフォークを伸ばして賞味してみる。


「どうですか?」


 なんて俺の顔を覗き込んで不安げな表情の先生に「めちゃくちゃ美味いです」と素直な感想を述べる。


 その瞬間、花が咲いたように先生の表情が明るくなった。


 そして料理を褒められたのが嬉しかったのか、先生は良い調子でグラスを一気に飲み干すと、さらにグラスにワインを注ぎそれを飲み干すなんてのを繰り返していき、気がつくと顔が真っ赤になっていた。


「あ~熱いですね~」


 なんて良いながらソファの上で女の子座りする先生の薄ピンク色の足がスカートのスリットから露出しており目のやり場に困る。


 さらには右手で胸元をパタパタしながら、左手で開いたワンピースの胸元をパタパタさせるものだから、俺は慌てて彼女からそっぽ向く。


「先生、そういうところですよ」


 が、顔を背ける俺の顔を深山先生が覗き込んでくる。


「どういうことですか……」

「そうやってわかりやすく顔を背けて、俺は見てないよってアピールするところです。じろじろ見ろとは言いませんが、自然体の方が女の子からの心証は悪くないですよ」

「そ、そういうものなのですか?」

「そういうものです」


 なんて答える彼女のワンピースの肩紐が片方ずり落ちているせいで、真っ赤なブラが顔を覗かせている。


「ちょっと刺激が強かったでしょうか?」


 なんて俺に尋ねると先生は挑発的な笑みで肩紐を直した。


 なんだろう……この空間はとてもまずい……。


 いくら教師だと言ったって俺も男である。ましてや高校大学と女っ気の全くない額生活を送ってきた俺にはこの空間は少々刺激が強すぎる。


 これからも教師として胸を張って生きていくためには同僚に手を出すことも生徒に手を出すことも絶対に避けなければならない。


 先生が俺を女性慣れさせたいという気持ちはありがたいが、こういう問題は他人任せにせずに自分で克服しなければならないのだ。


 が。


「先生、見てください。小人さんがいますよ?」


 なんてすっかりお酒で気分が良くなった先生が、俺の膝に人差し指と中指を突き立てると、それをこびとの足に見立ててふとももの方へと上ってくる。


 おい、やめろ……やめてくれ……。


 しかもたちが悪いことに、先生はソファの上にしゃがみ込んでそんなことをするものだから、先生のピンク色のパンツが見えてしまっている。


 マズい……さすがにマズい……。


 思わず彼女の手首を掴んで、こびとさんを阻止するもしゃがみ込んでいた先生はお酒も相まってバランスを崩すと俺に倒れ込んできた。


 そのままなにがおかしいのかクスクスと笑い転げると、そのまま俺のふとももを枕にして仰向けに寝転がった。


「先生、ちょっと飲み過ぎですよ……」

「先生のえっち……」


 あーダメだ。話がまったく通じていない。彼女は仰向けになったまま膝を曲げているせいで、高そうなドレス風スカートが大きくまくれてふとももを露出させている。


 本当にもう少し恥じらいを持ってくれ。


 完全に据わった目で俺をぼーっと眺める彼女を呆れながら見つめ返していると、彼女は「龍樹くんっ」と、なにやらいやらしい顔で舌をぺろっと出してきた。


「龍樹くん……んっ」


 と舌を出したまま、なにかをせがんでくる彼女。


「いやいや、しませんよ。舌が乾くので早くしまってください」

「いじわる……」

「いじわるなのはどっちなんですか……」

「龍樹くん、私、酔っちゃった……」

「見りゃわかります」

「明日の朝には私、記憶を失っているかも」

「かもしんないですね」

「だったら龍樹くんの欲望を全て解放して、私をめちゃくちゃにしてもきっとバレないよ?」

「いや、先生が忘れても俺の記憶から消えなくなってしまいます」


 あと、ついでに言っておくと、そんなことをしたらきっと深山先生も明日まで覚えている自信がある。それで既成事実化されてさらに深みに引きずり込まれる気しかしない。


 俺のそっけない返事に先生はむっと可愛らしく頬を膨らませていたが、俺の服のボタンに興味を持ったのか、なにやら上機嫌そうにニタニタしながら指先で遊んでいた。


 が、それも5分と続かず、ボタンに触れていた腕が唐突にバタリと落ちてすやすやと小さな寝息を立て始めた。


「…………はぁ……」


 油断しきった体勢で寝息を立てる彼女を眺めながら俺は思う。


 本当に美人さんだ。思わず俺は彼女の艶やかな長い髪を軽く撫でてやる。


 桜田もそうだが、本当に寝顔だけ見ていれば素直そうな良い子なんだけどな……。


「ちょっと先生っ!! 起きてくださいっ!!」


 なんて体を揺すってみるが、彼女はぴくりとも反応しない。


 どうやら俺が彼女を寝室に運ぶしかないようだ。ということで、気持ちよく眠る彼女を一度足の上から起こして立ち上がると、彼女をお姫様抱っこする。


 ってか軽っ!!


 女の子ってこんなに軽いのか……。毎日なに食ってんだか……。


 なんて、少し驚きながらも彼女をリビングから隣の部屋へと運んでいく。


 少し難儀しながらもドアを開けると、ビンゴだったようでそこは寝室だった……のだが。


「な、なんじゃこりゃ……」


 そこにはキングサイズの巨大なベッドが鎮座しており、部屋は間接照明によって淡く照らされている。


 あと、なんで枕が二つ並んでるんだよっ!!


 内心ツッコミを入れていると。


「龍樹くんがいつでも泊まれるように大きなベッドを買いました」


 と、そこで片目を開けた先生がいじわるな笑みを浮かべながら俺の疑問に答えた。


「起きていたんですか?」

「抱き上げられたときに目が覚めました。ですが、せっかくなので運んでもらおうかなって思って」

「落としますよ」

「いじわる……」


 そんな俺の言葉に彼女は唇を尖らせた。

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