第18話 背徳の味
それからしばらくの間は借りてきた猫のようにしゅんとしていた桜田だったが、メリーゴーランドやコーヒーカップに乗っている間に徐々に普段の調子を取り戻していった。
一通りアトラクションに乗り込んだ後、俺たちは最後の締めと言わんばかりに観覧車に乗ることとなった。
ゴンドラに乗り込むと、桜田は当然の如く俺の隣に腰を下ろすと俺の手をぎゅっと握ってきた。
あ、ちなみに宮下さんは二つ下のゴンドラに一人で乗っている。
いや、その黒服サングラスの風貌で一人観覧車は色々とシュール過ぎる。
真顔でゴンドラに座る宮下さんをしばらく眺めていると、桜田が俺から手を離すと下げていた小さなポーチからなにかを取り出した。
「龍樹くん、これあげます」
なんて彼女が取り出したのは棒付きの小さなキャンディだった。それと二つ取り出してそのうち一つを俺に差し出してきた。
「おう、ありがとな」
なんてお礼を言ってキャンディーを受け取ると、包みを外して口の中に入れる。
具体的に何の味なのかは不明だけれど、キャラメル? 風味の甘くて美味しいキャンディだ。桜田もまた包みを外すと小さな口から小さな舌をだしてぺろぺろと美味しそうに舐めていた。
「美味しいですね」
「そうだな」
「龍樹くん、私のキャンデー舐めてみますか?」
「いや、さすがにそれは……」
と、遠回りに遠慮をする俺だが彼女は。
「龍樹くん、間接キスなんて所詮は間接キスです。それを女の子に意識させずに自然にできるようになれないと女性慣れなんて夢のまた夢ですよ?」
「いや、でも……」
「女性は間接キス程度でドキドキされると少し興ざめするものです」
と、桜田のご高説を賜りながらも、さすがにクレープと唾液のついたキャンディとではレベルが桁違いだよなと身構える。
「お、おい桜田……」
「桃です。そういうルールですよね?」
「え? あ、あぁ……桃、さすがにこれはマズいんじゃ」
と、躊躇う俺を無視して彼女は立ち上がった。そして、わずかに揺れるゴンドラ内で俺の前に立ちワンピースのスカートに両手で触れた。
そして、少しずつスカートをたくし上げ、黒ストッキングに覆われたふとももを露わにするとなにやら挑発するように笑みを浮かべる。
笑みを浮かべる彼女の口からはキャンディの棒が飛び出しており、右頬はわずかに膨らんでいる。
「お、おい……桜田?」
「桃です」
そうこうしている間にもスカートはゆっくりとたくし上げられていく。
そして、もう少しで彼女の白いパンツが露わになってしまいそうなところで、彼女は俺に近寄って俺の両足を挟み込むように跨がってきた。
当然ながら彼女が前向きに跨がってきたせいで、俺は彼女と間近で見つめ合うような形になる。
相変わらず挑発的な笑みを浮かべながら彼女はキャンディの棒に指で触れると、口の中からあめ玉を取り出す。その際にあめ玉と彼女の唇の間に唾液の橋ができて彼女のワンピースをわずかに汚した。
が、自分自身でもそれが異常な行動であることは理解しているようで、笑みは挑発的でも頬は真っ赤になっている。
「先生……」
と、名前呼びルールをまた忘れた桜田は「はぁ……はぁ……」と少し荒い息を漏らしながら俺の口にあめ玉を入れてきた。
直後、甘ったるい味が口内に広がる。彼女は俺の肩を左手でぎゅっと握り絞めたまま、右手でキャンディの柄を弄ぶ。
固いあめ玉は俺の奥歯をコツコツと触れると、今度はなで回すように俺の舌に触れてきた。
マズい……これはさすがにマズい……。
「先生……美味しいですか?」
なんて相変わらず荒い息をしながら、彼女はハイになっているのか不気味な笑みを浮かべながら飴を舐めさせられる俺のことをじっと見つめていた。
そんなことが一分ほど続いたところで、彼女はゆっくりと俺の口からキャンディを引き抜くとそれを再び自分の口に入れる。
「先生の味がします……」
「おいそういう冗談は止めろ……」
恥ずかしさに顔が火照る俺の言葉に彼女はクスクスと笑った。
「こんなピュアな先生に意地悪をして、私、酷い女の子だと思いませんか?」
「いや、本当に……」
たった一枚の写真のせいで俺の華やかな教師生活が音を立てて崩れていく。
俺の手に触れると俺と手を絡めながら彼女は親指で俺の親指を撫でる。
「本当に私は酷い女です。先生を女性慣れさせるためとはいえ脅迫してこんなことをして……」
「そう思うなら止めてくれると助かるんだけど」
「それはできません。だけど先生が後ろめたく思う必要もないんですよ? だって悪いのは私なんですから。先生は教師として正しく生きたいけれど、私が脅しているせいでそれができない。だから、先生が私になにをしても先生を脅した私が悪いんです」
なんて俺に免罪符を与えてくる桜田。
おそらく俺が彼女に手を出しやすいよう誘導するつもりなのだろうが、ここで欲に屈してしまったら終わりだ。
まるで蛇に睨まれた蛙状態で、身動きを取ることも彼女から目を背けることもできずに硬直してしまう。
「先生の目に私はどう映っていますか?」
「どうって、聖桜学園の可愛い生徒の一人として――」
「可愛い生徒として見なきゃいけないのに、性の対象として意識してしまう自分を隠しているんじゃないですか?」
「そんなこと――」
「本当に先生は嘘が苦手ですね。真っ赤な顔でそんなこと言ってもなんの説得力もありませんよ?」
「………………」
「私は先生のためならひと肌でもふた肌でも脱ぎます。先生にとって私が性の対象であれば、きっと私は先生が女性に慣れるための役に立つことができますよね?」
こういうことは認めたくないが、いくら相手が生徒であったとしても異性として魅力のある彼女を完全に割り切ることは不可能である。
それは悔しいけれど認めざるを得ない。
こんなことをされたらいくら桜田相手でも発情する気持ちを抑えられない。
けれども、俺は教師である。ここで踏みとどまらなければ教師失格だ。
「先生、教師という立場で守るべき生徒に発情するのはどんな気持ちですか? 悔しいですか? 自己嫌悪に陥りますか? それとも火遊びをしているみたいでゾクゾクしますか? まだ誰からも汚されていない純粋な体を裏切るはずのない教師である自分が汚すなんてゾクゾクすると思いませんか?」
彼女はそこでワンピースのボタンを外す。そして、少し控えめで、それでいて若さからみずみずしい谷間を俺に見せると、俺の手首を掴んだ。
「先生、怖いのは初めのうちだけです。一度線を越えてしまえばあとは欲望に従うだけですよ?」
そう言って掴んだ俺の手を自分の胸元へとゆっくりと誘っていく。
ダメだとわかっていながらも、この閉鎖空間が、俺の女性への未経験さが、俺の意志を挫いていく。
触れちゃえよ。生徒だって色眼鏡を取り外せば目の前にいるのは美少女だぞ? いや、絶対に触れてはいけない生徒だからこそ興奮するんじゃないか。
こんな機会は金輪際ない。煩わしいことは忘れて欲望に素直になれよ。
恐ろしいことに、自分の心の中の悪魔が耳元で囁いてくる。
いやいや、ダメだ。それでも必死に理性を保って胸へと伸びる手をピタリと止めた。
そこで桜田はクスクスと笑う。
そして、俺の耳元に唇を寄せ「本当に純情ですね……可愛い」と囁くと、俺から体を離して立ち上がり窓の外を眺めやった。
「わぁ~綺麗ですね……」
そう言ってさっきまでのことが嘘のようにキラキラとした瞳で、彼女は夕日に染まる港町を眺めるのであった。
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