第17話 宮下
あ、俺、社会的に死んだわ……。
マイクを持ったままニコニコ笑顔を俺に向けるリポーターのお姉さんと、彼女を移すカメラマンを見た瞬間、そう思ったよね……。
声をかけられた瞬間は気づかなかったが、彼女に見覚えがあることに気がついた。
俺、この番組見たことがある。
俺の記憶が正しければこの番組は土曜日お昼の生番組で、彼女は街で面白素人を見つけるコーナーを担当しているお姉さんである。
今時生放送でいきなり素人に突撃とかコンプラもクソもないのだが、この何が起こるかわからないハラハラ感を視聴者は楽しんでおりそれなりに人気のコーナーだった気がする。
つまり、もしもここで彼女に向いているカメラがこちらに向いてしまったら、その瞬間、俺と桜田の姿が全国のお茶の間に晒されるということだ。
これで学校関係者がテレビを見ていたら俺は一巻の終わりだ。
いや、最悪俺がどうなろうとどうでもいい。それよりもまだ高校生の桜田が教師と一緒にデートをしているところをテレビになんて映されたら、彼女の将来に傷をつけかねん。
それだけはなんとしても阻止しなきゃ。
そう思った俺は咄嗟に隣に座る桜田の体をぎゅっと抱きしめた。
「きゃっ!?」
と桜田は短い悲鳴を上げると、持っていたクレープを放り投げた。が、そんな彼女に構うことなく、俺は彼女の顔を自分の胸に押し当ててカメラから彼女の顔を隠す。
「ちょ、ちょっと先生……」
「悪いけどしばらくこのままでいろ」
「………………」
せめてこいつの顔だけでも隠してやらないと。
必死に彼女を抱きしめる俺だったが、リポーターのお姉さんはなにを勘違いしたのか「わぁ~これは熱々じゃないですか~」と興奮した様子で俺にマイクを向ける。
それと同時にカメラマンもまた俺にカメラを向けようとしたので、俺は思わず桜田のつむじに顔を埋めて自分の顔も隠す。
あ~こんなことしたらますます勘違いされるんだろうな……。けど、これ以外に顔を隠す方法もないしな……。
なんて考えながらじっとしていた俺だったのだが。
「お、おいっ!! 放せっ!! なにやってんだよっ!!」
なんて声が聞こえてきたので、カメラに写るリスクも忘れて咄嗟に顔を上げてしまう。
俺の視界に映ったのはさっきまでカメラをこちらに向けようとしていたカメラマンと、そんなカメラマンを羽交い締めにする見覚えのある黒服サングラスの男だった。
この人ってたしか……。
なんて考えているうちに黒服の男はカメラマンからカメラを奪い取るとそれをおもむろに地面に投げつけた。
え、えぇ……。
そのあまりの光景に目が点になる俺と「おい、てめえなにしやがるっ!!」と黒服に掴みかかろうとするカメラマン。
が、黒服の男はカメラマンを簡単に突き飛ばすと、懐から名刺入れを取り出してその場で一番偉いであろう男にそれを差し出した。
「こういう者です。私の行動に抗議などがあればどうぞこちらの事務所までご連絡ください」
今しがたカメラを投げ飛ばしてカメラマンを突き飛ばしたとは思えないほどに落ち着き払った声でそう告げる男に、スタッフは明らかに怯えながら名刺を受け取った。
そして、名刺に目を落とした瞬間「なっ……」と声にならない声を漏らした。
「どうぞご理解いただけますと幸いです」
なんて男はスタッフに深々と頭を下げる。
スタッフはしばらく名刺を掴んだまま硬直していたが、はっと我に返ると「お、おいっ!! 撤収だっ!!」とリポーターやその他のスタッフたちに告げて、彼らは俺たちの周りからぞろぞろと立ち去っていった。
あのカメラ……俺の月収よりは確実に高いよな……。
なんて考えながら呆然としていると、男は俺の元へとゆっくりと歩み寄ってきた。
そのがたいの良い強面のグラサン男に、俺はとっさに殺されると思ったが、彼は俺のすぐそばまでやってくると、深々と頭を下げてきた。
「お初にお目にかかります。私、桃さまの身の回りのお世話をさせていただいております宮下と申します」
「え? あ、あぁ……」
やっぱりこの男が桜田が言っていた宮下とやららしい。
そのあまりの貫禄というかオーラに喉が動かず、黙り込んでいると宮下さんはわずかに表情を緩める。
「そう怖がらないでください。先生には桃さまにお勉強をお教えいただいているのです。そのようなお方を脅かすようなつもりはございません」
「え? あ、は、初めまして。桜田さんの担任を務めさせていただいている細川です」
ようやく言葉を絞り出してなんとか挨拶をすることができた。
と、そこで俺の胸に顔を埋めていた桜田が俺から顔を離して宮下さんへと顔を向けた。
「宮下……助けに来るのが遅いです……」
「申し訳ございません。まさかあのようなテレビクルーが来ているとは思わず対応が遅れてしまいました」
そう言って180センチ以上はありそうなでかい図体の男が肩をすぼめて少女にへこへこと頭を下げる。
そんな宮下さんを見て、俺はふと自分が彼女をハグしたままだということを思い出し慌てて彼女から体を離した。
おそらくこの男は桜田のボディガードのような存在だろう。護衛対象である少女に抱きしめているなんて、その場で首の骨を折られても文句は言えない。
「あ、あの宮下さんっ!?」
「なんでしょうか?」
「なんというかこれは不可抗力というか決して下心があって彼女を抱きしめているわけでは……」
必死に弁明をすると、宮下さんは表情を緩めた。
「全て存じております。桃さまのことですから、先生になにかわがままを申されてこのようなことになったのでしょう」
「いえ、わがままというわけでもないのですが……」
「休日まで桃さまにお付き合いいただき、先生には感謝しかございません」
どうやら宮下さんは桜田が少々強引なところがあるところをよく理解しているようである。
少しホッとしていた俺だったが、宮下さんは桜田の前に立つと少し困ったような表情で彼女を見下ろした。
「桃さま、あまり先生のご迷惑になられることをされるのはよろしくないかと……」
「ぱ、パパに言いつけるのですか?」
「いえ、そのつもりはございません」
そんな宮下さんの言葉に桜田は胸をなで下ろす。
「ですが、あまり派手なことをされては困ります」
「わかっています……」
桜田はわずかに表情を暗くした。
「わ、私だって青春ぐらいしたいです……」
そしてそんなことをぽろっと口にする。
桜田の言葉に宮下さんはサングラス越しに彼女をしばらく見つめると不意に「はぁ……」とため息を吐いた。
「宮下もできる限りのことはいたします。少々のことであればこの宮下が対処いたします。ですが、あまりに目立つことをされますと私一人ではどうにもならなくなってしまいます。そのことはお心にとどめておいてください」
「わかりました……。宮下、ご苦労でした」
彼女がそう言うと宮下さんは俺と桜田にそれぞれお辞儀をしてどこかへと消えていった。
ということで二人取り残される俺と桜田。
相変わらずしょんぼりとする桜田を横目に俺は思う。
家が大きいことってのは良いことばかりではないのだなと。
きっと彼女はこれまで桜田家の人間として窮屈な生活を送ってきたのだろう。そもそも私立聖桜学園は山の中にある完全に世間から隔離された学校なのだ。
年齢的にもまだまだ思春期真っ只中だというのに、放課後に街をブラブラして友達たちとプリクラを撮ったりスイーツを食べ歩いたりすることもできないのだ。
こういう考えは良くないのかも知れないけれど、彼女を見ているとそれが不憫に思えなくもない。
そのことを宮下さんもわかっているからこそ、あまり強くは言わないのだろうと彼の懐の深さに感心する。
まあ写真で脅迫はやめて欲しいけれどね……。
「先生……」
と、そこで名前呼びルールも忘れて桜田が俺を呼ぶ。
「どうした?」
と尋ねる俺に桜田は両手を俺へと伸ばすと、そのままぎゅっと俺の体に抱きついてきた。
「お、おい……」
「ちょっとだけこうさせてください」
良くないのはわかっていたが、俺はしばらく桜田に胸を貸してやることにした。
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