第16話 こうやって見ると普通の女の子
昼食終えた俺は今度こそ深山先生からのおつかいを済ませようと車を走らせたのだが。
「先生、遊園地……楽しそうですね?」
という桜田の言葉とともに例の写真を見せられたので、大型ディスカウントショップに向かう車をUターンさせて遊園地へと向かった。
そろそろこの写真禁止カードにしてくれないですかね……。
なんて心の中でおいおい泣きながら遊園地の駐車場に車を止めると、桜田に手を引かれながら園内へと連行されていく。
「わぁ~見てください先生っ!! パン助くんですよっ!!」
園内に入ったところで桜田はそんなことを言ってパンダの格好をした着ぐるみを指さした。
「パン助?」
その存じ上げない存在に首を傾げていると桜田はジト目を俺に向けてきた。
「え? もしかして先生、パン助くんのこと知らないんですか?」
「残念ながら……」
「パン助くんはLONEのスタンプで有名なキャラクターです。多分この遊園地とコラボでもしているのでしょう。ってか、先生パン助くんも知らないで女の子慣れなんて難しいですよ……」
「そういうものなのか?」
「そういうものです。パン助くんなんて義務教育の範疇です」
ということらしい。そこで桜田は俺から手を離すとパン助とやらのもとへと歩み寄ってく。
が、いざパン助くんのそばまで行くと少し日和ったのか、おどおどした様子でパン助くんの様子を伺っていた。
そうこうしているうちに桜田のもとへとたどり着く。
「おい、触ってこないのか?」
「え? あ、はい……」
「なんだよ。案外お前も緊張とかするんだな」
むしろ俺に対してもこんな風に遠慮がちになってくれるとありがたいのだけれど。
そんな俺のささやかな仕返しに桜田は頬を膨らませ俺を睨んできた。
「先生のいじわる……」
なんてパン助くんに背を向けて俺を睨む桜田だが、その隙に当のパン助くんが彼女に近づいてきていることに気づいていない。
そしてついに彼女のすぐ後ろまでやってきたパン助くんが桜田の肩をとんとんと叩くと彼女はビクッと体を震わせて後ろを向いた。
「ぱ、パン助くん……」
まるで憧れのアイドルに会ったように桜田は頬を真っ赤にするとなにやら手をもじもじさせる。
相当緊張しているようだ。
そんな桜田にパン助くんはわかりやすく首を傾げて腕を組むと、ハッとしたようにポンと手を叩いて両手を広げた。
どうやらハグをしてくれるつもりらしい。そのことに彼女も気がついてはいるが、その勇気がないようで両手を胸の前でぎゅっと握ったまま躊躇っている。
パン助くんは両手を広げたまま、彼女が勇気を振り絞るのを待ってくれていた。
「ど、どうしよう……」
と、俺に助けを求めるように視線を送ってくる桜田。
「せっかくなんだしハグして貰えよ。パン助くんのことが大好きなんだろ?」
「そ、そうですが……」
相変わらずもじもじする桜田。それでもパン助くんへの愛は強いようで恐る恐る彼に近寄るとぎゅっと大きな手で抱擁された。
「ぱ、パン助くん……大好き……」
なんて大好きなパン助くんの腕に抱かれる彼女の表情は幸せそのものである。
この瞬間だけは自分の置かれた状況を忘れて微笑ましくなる。
それからしばらくパン助くんとのスキンシップを楽しんだ桜田は満足したのか「またね……パン助くん……」と小さな手を振って彼と別れた。
ということで園内を散策していた俺たちだったのだが、ふと桜田は足を止めると「わぁ……」と目を輝かせる。
彼女の指さす方向へと顔を向けるとそこにはクレープと書かれたキッチンカーが止まっていた。
「先生、私、クレープが食べたいです……」
なんてご機嫌そうに微笑む桜田。
そんな彼女の言葉にふと俺は気がつく。
「おい桜田。ここで俺を先生って呼ぶのは色々とマズい……」
さすがに自分を先生と呼ぶ女の子とデートをしているのを周りに見られると色々と勘違いをされかねん。
まあ、勘違いでもないのが悲しいところだけれど。
「へぇ~じゃあ龍樹くんって呼んでも良いってことですね?」
そんな俺に彼女はなにやら意地悪な笑みを向けてくる。
「なんかその言い方をされると語弊があるけれど、少なくとも先生呼びはやめて欲しい」
「えぇ~どうしようかな~」
なんて意地悪なことを言う桜田だが、こっちはガチのマジのお願いをしているのだ。
「呼び方は任せるけど、先生以外で頼む」
「わかりました。じゃあデートの間は龍樹くんって呼びますね。その代わり」
「その代わり?」
「先生は私のことを桃って呼び捨てで呼んでください」
「いや、それとこれとでは話が――」
と、そこで桜田は両手を口に添えると「わ~いっ!! 先生とのデート楽しいな~」と言うものだから、俺は慌てて彼女の口を手で覆った。
「んんっ……んん……」
「わかった。桃って呼ぶ。呼ぶから先生って呼ぶな。わかったな?」
そんな俺に彼女は少し驚いたように目を見開いてコクコクと頷いた。
いや、ほんと油断も隙もありゃしねぇ……。
ということでお互いに名前で呼ぶことを条件に先生呼びを止めさせることに成功した俺は彼女とともにクレープ屋へと向かう。
甘い香りの漂うクレープ屋の前に立ち、桜田は人差し指を下唇に当てながら「どれも美味しそうだな~」と頭を悩ませていた。
結局、俺はチョコバナナクレープ、桜田は餅入り苺クレープを頼んでポケットから財布を取り出そうとしたのだが。
「あ、料金はすでに頂いております」
とかいう店員さんの恐ろしい言葉に血の気が引いた。
いや、なんでもう頂いているの……。
が、まあそう言われてしまえば金を支払っても仕方がないので「あ、ありがとうございます」とクレープを受け取って近くのベンチに腰を下ろす。
「龍樹くん、この餅入り苺クレープ、大福みたいで美味しいですよ」
小さな口でクレープを頬張りながら満足げに笑みを浮かべて、今度はクレープを俺の方へと差し出してきた。
「龍樹くんも一口食べてみてください」
なんて屈託のない笑みを浮かべる桜田に俺は思わず目を見開く。
そして、そんな俺に彼女はクスクスと笑う。
「龍樹くん、さすがに中学生じゃないんですから間接キスぐらいで動揺しないでください」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ほら、食べて。美味しいですよ」
さすがに生徒のお口あ~んに付き合うのはどうかとも思ったが、とりあえず頂くことにした。
うむ……美味い……。
ということで現実逃避をしながらクレープを楽しんでいた俺だったのだが。
「あの~すみませ~んっ!!」
ベンチに座る俺たちに誰かが声をかけてきたので、そちらを見やるとなにやらニコニコしながらマイクを持つお姉さんが立っていた。
そして、彼女の後方を見やるとそこにはテレビカメラを持った男とマイクを持った男、さらには数名のスタッフらしき人間が立っていた。
「え?」
「ど~も~全国テレビの者なのですが、現在カップルに取材を行っておりまして……」
なんて言われて俺の顔から血の気が引いた。
あ、マズい……俺、終わる……。
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