第9話 ふと桃
予習復習というものは学問に勤しむ生徒のみならず教員にとっても大切なのだということを今日一日で俺は学んだ。
「今日は昨日よりも上手く伝わった気がする……うん」
初日の授業の進め方では理解が追いついていない生徒を置いてけぼりにしてしまう可能性があると思った俺は、今日は少し授業の進め方を変えてみた。
昨日は中学卒業までに習う文法を理解している前提で授業を進めていたが、今日は軽く中学のおさらいを交えながら授業をしてみた。
当然ながら授業時間は有限なので、時間内に復習時間をねじ込むのは大変だったが、少なくとも昨日よりは上手くやれたと思う。
「これで、みんなの成績が上がればいいな~」
なんて期待に胸を膨らませながら小テストの採点をしていく。まずは生徒一人一人の現状把握が大切だ。
この子はもう少し英単語を覚えなきゃとか、この子は単語は覚えているけど読解力がもう少し必要だななんてメモを残しながら教室の机で採点を続けていた。
窓の外からはハンドボールやラクロスの部活動に勤しむ生徒たちの声が聞こえてくる。
それをBGM代わりに作業を進めているとふと教室のドアが開いたのでそちらへと顔を向ける。
ん? 桜田?
そこに立っていたのはこの二日間なにかと縁のある桜田桃の姿だった。紺一色のセーラー服に袖を通した彼女のスカートからは黒ストッキングに覆われた足が伸びている。
「どうしたんだ? また英語でわからないところがあったのか?」
なんて尋ねると彼女は無言のまま首を横に振ってショートボブの黒髪を揺らした。
だったらどうしたんだ? なんて首を傾げていると彼女は俺のすぐそばまで歩み寄ってくる。
そして、俺にぺこりと頭を下げた。
「先生、昨日はどうもありがとうございました。先生のおかげで今日の授業は昨日よりもすんなり頭に入ってきました」
「おおっ!! それはよかったっ!! そう言ってくれると頑張って授業をした甲斐があるよ」
彼女の言葉に思わず頬が緩む。
教師としてこんなに嬉しいことはない。今日は昨日よりも手応えがあっただけに本当にありがたい言葉である。
喜ぶ俺に桜田もまたわずかに頬を緩めた。
「なんだか先生の笑顔を見ていると私まで嬉しくなります……。先生は笑顔が素敵ですね」
なんて言われるものだから少し恥ずかしくなる。そして、わずかに頬が熱くなる俺を見て桜田はクスッと笑った。
「反応が可愛いですね」
「おいおい、あんまり大人をからかうもんじゃないぞ」
「ご、ごめんなさい。お気を悪くなされましたか?」
「え? あ、いや、そういうわけじゃないぞ。褒めてくれたんだよな。ありがとな」
なんて返すと桜田はそばにあった机から椅子だけを手に持つと、そのまま俺の真横へとやってきて腰を下ろした。
「採点ですか?」
「ああ、今日、授業の最初に簡単な小テストをしただろ? それの採点だ」
なんて言いながら彼女は興味深げにテストを眺めている。
と、そこで俺はふと気がついた。真横に座る彼女から何やら甘い香りが漂ってくることに。
これはシャンプーの匂いか何かだろうか?
少なくとも俺の愛用している1ボトルで300円のリンスインシャンプーからはこんなに良い匂いはしない。
やはりお嬢様学校というだけあって、最高級の物でも使っているのだろうか?
なんて考えていると、ぴったりと隣に座る桜田は俺の顔を覗き込んできた。
「そんなに良い匂いがしますか?」
「え? な、なんのことやら……」
「お鼻がぴくぴくしていましたので」
しまった……。
完全に思考が読まれていたことがわかり、恥ずかしくなって猛烈に顔が熱くなる。そんな俺の顔を桜田はにこにこと微笑みながらじっと見つめている。
それにしても距離が近い……。
視界いっぱいに広がる桜田の笑顔に俺は目のやり場に困る。
やはり女子校という女子ばかりの環境にいる生徒たちは、他人との距離感が共学とは違うのだろうか?
なんて考えていると、ようやく彼女が顔を離してくれたので採点を再開する。
隣で桜田は何が楽しいのか小テストを興味深げに眺めていた。
ちらっと視線を右下に向けると、彼女は両手を短いスカートから伸びる黒ストッキングに覆われたふとももの間に差し込んでいる。そして、じっとしているのが苦手なのか太腿をわずかにもじもじさせていた。
いかんいかん。女子生徒の足を見るのはよろしくない。
そう思った俺は極力視界の端に入ってくる桜田の太腿を無視するように努めて採点を続けて行く。
そうこうしている間に桜田の小テストへとたどり着いた。直後、彼女は少し緊張したようにテストを覗き込む。
なるほど……どうやら彼女は自分のテストがどうだったのか気になってここへやってきたようだ。
どれどれ? 昨日の補習の成果は出たかな?
なんて少しわくわくしながら採点を続けていく。
どうやら彼女は本当に俺の教えをよく聞いてくれていたようで全問正解していた。全ての答案に丸をつけたところで隣の桜田は「わぁ……」とホッとしたように頬を緩めた。
「よくできたな。バッチリだ」
「せ、先生のおかげです……。昨日先生に教えてもらえなかったらきっともっと間違えていたと思います」
「いや、お前がわからないところを放置せずにしっかり聞きにきたおかげだよ」
こうやって成功体験を積んで自信をもってくれれば俺としても本望である。
喜ぶ桜田に俺まで嬉しくなりながらも、他の生徒の採点を続けて行く。
が、それでもまだ桜田は俺の隣に座り続け動こうとはしなかった。
ん? 自分のテストを見に来たんじゃないのか?
なんて考えていると、ふと右足のスニーカーの外側に何かがコツッと当たった。
桜田の足が当たったのだろうか? なんて最初は気にも留めていなかったのだが、次第にコツッコツッと足の当たる回数が増えていき思わず採点する手が止まる。
彼女へと視線を向けると、彼女はなにやらうつむいている。
「ん? どうした?」
「…………」
そう尋ねてみるが彼女は何も答えない。
なんだなんだ? 彼女の行動の意図が理解できない俺が首を傾げていると、彼女はうつむいたまま不意に「熱いです……」と呟いた。
「あ、暑い?」
「先生……私、いまとってもふともものあたりが熱いです……」
「ん? 体調でも悪いのか?」
よくわからないが、そういうことならばすぐにでも保健室に行った方がいい。
そう思ったのだが彼女はうつむいたまま首を横に振る。
だったらなんなんだ?
彼女に何をしてあげればいいのかわからず困っていると、不意に彼女は俺の右手からペンを抜き取って机に置くと、そのまま俺の手首を掴んで自分のふとももの上に置いた。
俺の手のひらに彼女のストッキングのざらざらとした感触が広がる。
「お、おい、桜田っ!?」
慌てて彼女のふとももから手を引っ込めようとするが、彼女はぎゅっと手首を掴んでそれを阻止する。それどころか、掴んだ俺の右手をふとももの間に挟むとスカートの方へと移動させてわずかにスカートをまくり上げた。
「先生、私のふともも……熱くないですか?」
そう言って彼女は顔を上げると上気した顔を俺へと向けた。
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