第10話 終わりの始まり
突然の桜田の行動に俺は教師としてマズい……という考えよりも動揺が勝ってしまった。
どうして? どうして桜田はこんなことをするんだ?
わからない……意図はなんだ? なにが目的だ?
何もわからずに相変わらず上気した表情を俺に向ける桜田を見つめ返すことしかできない。
「先生、どうですか? 私のふともも熱くないですか? なんだか先生のそばにいるとこんな風に体が熱くなるんです……」
頭ではわかっている。教師が生徒のふとももに触れるなんて、相手が男であろうと女であろうとマズいのだ。
こんな姿を誰かに見られたらこの高校にはもういられない。いや、それどころか社会的に死ぬかも知れない。
そんなことわかりきっているのに、人間という生き物は想定外のさらに想定外なことに出くわすと体が硬直するらしいことをたった今知った。
「桜田……どうして?」
「どうしてって、どうして体が熱くなってふとももの内側がむずむずするのか先生に教えてもらいたいからです」
「………………」
その問いに対する回答を今の俺は持ち合わせていない。
そうこうしているうちにも俺の手は彼女の手によってスカートの内側へと誘われていく。
ま、マズい……。
彼女には悪いがそこでようやく俺は強引に彼女のふとももから手を引っこ抜いた。
「きゃっ!!」
急に腕を引っ張られる形になった彼女はその拍子で俺の方へと体を傾け、俺に体を預けるように寄りかかってくる。
「わ、悪い……痛くなかったか?」
「………………」
俺の肩にもたれ掛かったままの桜田は何も口にしない。
仕方がなかったとはいえ、少々強引なことをして彼女を傷つけたかも知れない。無表情のまま何も口にしない彼女を心配しながら眺める。
そんな俺に彼女はしばらく黙った後に不意に顔を上げるとわずかに笑みを浮かべた。
「先生が謝ることなんてなにもありません。全ては私がやったことですから」
「なあ、そろそろお前の目的を教えてくれないか?」
「目的……ですか? 昨日話したじゃないですか。先生は女性慣れしていないんです。こんなことで動揺しているようでは女子校で教師なんてやっていけませんよ?」
「いや、確かにそうかもしれないけれど、さすがにこんなやり方じゃ――」
「そういうのは深山先生にお世話してもらうつもりですか?」
「え? ええっ!? なんで急に深山先生の話が出てくるのっ!?」
唐突過ぎる同僚の名前に思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
どうして深山先生の名前が出てきた。
目を見開く俺だが桜田はなにやら挑発的な笑みを浮かべながら、人差し指で俺の脇腹のあたりを撫でてくる。
「どうしてでしょうか?」
「それは俺の質問だよ」
「先生、なにか心当たりがあるのではないですか?」
「それは……」
心当たり……はありすぎだった。
なにせ昨晩部屋にやってきた深山先生から恋人ごっこをして女性慣れの手助けをしたいと言われたのだから。
でもなんで知ってるんだよ……。
「やっぱり……」
そして、彼女の質問に言いよどんでしまったことで彼女の疑惑は確信に変わってしまったようだ。
すぐさま否定するべきだったが、もう遅い。
「へぇ~なるほど……」
「言っておくが俺と深山先生はお前が思っているような関係じゃないぞ。そもそも俺はまだ赴任してきたばかりなんだし」
とはいえ肯定をするわけにもいかないのでとりあえずはっきりと否定をしておく。
が、それでも桜田は表情一つ変えずにポケットからスマホを取り出すと俺に画面を向けた。
そして、俺の心臓は止まりかけた。
「なっ…………」
「ごめんなさい。たまたま教員寮の近くを通ったら見えてしまったんです。ですが、さすがにカーテンぐらいは閉めた方がいいと思いますよ?」
残念ながらカーテンはまだ届いていない。
いや、そういうことじゃない。彼女のスマホに映し出されていたのは俺と深山先生が口づけを交わしている写真だった。
とっさに彼女のスマホを掴もうとするが、彼女はすっと手を引いてそれを回避する。
「こんなことがバレたら大変ですね……」
「なんのつもりだ」
「安心してください。この写真は私が責任をもって保管するつもりです」
なんて言われて安心できるはず……ないよな。
「先生……ひどいです……」
桜田は今度は少し悲しげな表情で俺から顔を背けてきた。
「私が初めに先生を女性慣れさせるって言ったのに……」
「いや、これはなんというか不可抗力のようなもので……」
「だったら私が先生を女性慣れさせてあげてもかまいませんよね?」
「いや、それは……」
「先生、安心してください。私が必ず先生を女性慣れさせてみせます。さっきのは少し強引すぎましたよね? 先生はきっと童貞でしょうから少し刺激が強すぎたみたいです。先生がピュアなのであれば、もっともっとじっくり時間をかけて慣れていきましょう」
「桜田、俺なんかの女性慣れのためにお前を付き合わせるわけには」
「いいんです。私は先生のお役に立ちたいので」
「だけどこういうのは……」
桜田が何の目的でこんな提案をしているのかは俺には理解できない。
が、少なくとも教師である俺と生徒である桜田がこんなことをすることが許されるわけがない。
だから。
「桜田――」
と、改めてこんなことはやめろと忠告しようとしたとき、校内にチャイムの音が鳴り響いた。
これは生徒たちに部活動の終了と、帰寮を促すためのチャイムである。
「私、そろそろ寮に帰らなきゃです……」
「おい、話はまだ――」
「先生、私は先生の味方です。これからは私を恋人だと思ってゆっくり女性に慣れていきましょうね?」
そう言って彼女は俺の頬に軽い口づけをすると立ち上がり「じゃあまた明日会いましょう」と俺に小さく手を振って教室を出て行ってしまった。
誰もいなくなった教室で一人、俺はあんぐりと口を開くことしかできない。
とんでもないことになった。
俺の華やかな教師人生ががらがらと崩れ落ちる音が聞こえた。
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