第6話 女性慣れ

 俺を女性慣れさせると息巻く深山先生。


 それは心強い言葉ではあるが、いったいどうやってそんなことができるのだろうか。


 首を傾げる俺の頬に触れながら深山先生は相変わらずニコニコと微笑んでいた。


「女性に慣れるのは簡単なことですよ」

「か、簡単ですか?」

「はい、だって女性に慣れるだけですから」


 いや、その方法がわからないから困ってるんですよ……。


 なんて呆れる俺に先生は顔を接近させてきた。


 そして、


「ん、んんっ……」


 先生は俺の唇に自分の唇を押し当ててきた。


 そのあまりの出来事に俺の思考は停止して抵抗をするという行動が取れない。


 深山先生はしばらく俺に唇を押し当てると、今度は舌先で俺の下唇をペロッと舐めて唇を離す。その際に彼女の舌から伸びた唾液が俺と先生の唇の間に短い橋を作った。


 これが俺のファーストキスである。


「ちょ、ちょっと先生……」


 それが俺がかろうじて発することのできた言葉である。そんな俺を深山先生は目をとろんとさせたまま見つめている。


 が、すぐにまた俺に唇を押し当ててきた。


 そんなことが二、三回続いたところで、くどいほどに唇を押し当ててこようとする先生の顔をなんとか手で制す。


「ま、マズいですよ先生……」

「先生、慣れですよ。初めは恥ずかしいかも知れないですがすぐに何とも思わなくなるんです。そのときにはきっと今以上に女性に慣れることができます」

「い、いや、そうかもしれませんが……こういうのは……」


 そりゃ確かに女性とのスキンシップが増えれば女性に慣れる可能性はあるだろう。が、さすがにこんなやり方はまずい。


 が、先生は全然マズいことだと思っていないようで、相変わらずとろんとした瞳で俺を見つめていた。


「深山先生、さすがに酔いすぎです」

「別に酔っていませんよ。私は細川先生の同僚として先生が女性に慣れられるよう協力がしたいだけです」

「でもこんなやり方は」

「私、とびっきりの美人だなんて口が裂けても言えませんが、悪くはないルックスだとは思います。こんな私じゃ先生は満足できないでしょうか?」


 満足できないはずがない。


 先生は俺には勿体ないほどの美人だし、なんというかそのスタイルだって男を魅了するには十分すぎるものを持っている。


 そんな彼女にキスをされて不快に思うはずがない。


 困惑する俺を見て深山先生はクスッと笑う。


「先生は嘘を吐くのが苦手みたいですね。顔を赤くしてくれたおかげで少しだけ自分に自信が持てました」

「…………」


 マズい。このままでは成り行きでどうにかなってしまいそうだ。


 俺だって男なのだ。こんなに可愛い女の子にキスをされて体まで密着させられたら自制心を保っていられる自信はない。


 どうしたものかと考える俺にまたまた先生はクスクスと笑う。


「もしかして期待しちゃってます? このまま成り行きで私のことを押し倒そうとしそうになっていますか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「素直になってもいいんですよ? 体も反応しちゃっているみたいですし……」


 なんて言われるものだから顔が真っ赤になる。


「細川先生、先生は今日から私のことを恋人だと思ってください」

「いや、いきなり何言ってんすか」

「もしかして冗談だと思っていますか? それとも酔っ払っていると思っていますか?」

「思っていますとも」

「残念ですけど真剣ですよ。さっきも言ったでしょ? 私は同僚として先生を女性慣れさせる必要があります。年齢は一歳しか変わりませんが先輩として先生を立派な教師にする責任があります」

「仮にそうだとしても先生がここまで自分の身を犠牲にする必要はないです」

「私のことなんてどうでもいいんです。先生が不快に思うかどうかが問題です。見たところ嫌……ではなさそうですね?」


 挑発的に俺を見つめてくる深山先生。


「私は先生のために一肌脱ぐ覚悟を決めています。もしも細川先生……いや、龍樹くんが不快じゃなければ断る理由はないんじゃないですか?」

「…………」


 なんて言われたらどう返せばいいかわからない。


 そんな俺を見透かすように俺の顔を間近で覗き込んでくる深山先生。


「何を躊躇っているんですか? そういう行動が生徒たちに女性慣れしていないと思わせているんじゃないですか? 先生、本気で女性慣れするつもり、ありますか?」

「…………」


 あぁ……助けてくれ……誰か助けてくれ……。


 窮地に追いやられた上に童貞を発症している俺にはこの場の上手い切り返しが思いつかない。


 そんな俺をいたぶるように、唇と唇が触れそうな距離で顔を覗き込んでくる先生だったが、ふいににっこりと屈託のない笑みを浮かべると俺から顔を離して立ち上がった。


「あんまり龍樹くんを虐めると可哀想ですね。今日はこれぐらいにしておきます」

「…………」

「ですが私は本気です。本気で生徒たちに距離を取られたくないと思うのであれば女性への免疫をつけた方がいいですよ。先生が女性慣れするまでは私は先生の恋人役です。私の体に慣れて早く立派な先生になってくださいね」


 そう言って人差し指で俺の頬を撫でると先生は「じゃあまた明日学校で会いましょうっ!!」と言って部屋を出て行ってしまった。


 俺はと言うと……。


「と、とんでもないことになったかもしれない……」


 現実が理解できず、しばらくその場でぼーっとすることしかできなかった。

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