第4話 心強い先輩
桜田からの率直な感想を耳にして俺は絶句せざるを得なかった。
「せ、先生、ごめんなさい。お気を悪くされましたか?」
「い、いやいや、そんなこと全然ないよ。素直に話してくれてありがとな」
当然ながら怒るはずはない。
が、正直なところ動揺している。
なぜか? そりゃ、おそらく桜田の指摘が的を射ているからだ。
実際のところ俺は中高大と女性とはほぼ縁のない生活を送ってきた。
元々モテるタイプでもないし、中高大とほぼ男友達としか接してきていない俺にとって女性は結構未知の存在であることは否定できない。
もちろんいくら女子校とはいえ生徒を異性として見ているつもりはないのだけれど、その俺の童貞臭さというか陰の空気が生徒たちに伝わっているのだとしたら由々しき事態である。
いや、現にこうやって桜田から指摘されているのだから実際に伝わってるのだろう。
そして今の俺の動揺も桜田に伝わってしまっている。
彼女は「せ、先生……大丈夫ですか?」と心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫だよ。むしろ生徒たちにそう思わせていたみたいで申し訳ないことをしたな」
なんて努めて笑顔を浮かべていると彼女は机の上に置かれた俺の手を包み込むように両手で触れた。
「さ、桜田?」
「安心してください。私は先生がとても心優しい方だと知っています」
なんて優しく俺の両手に触れる桜田。親切心からやってくれているのはわかるのだけれど、さすがに生徒と触れあっているのはマズい。
「ありがとな」
と、それとなく彼女から手を離そうとするが、彼女は手を離してくれない。
それどころか。
「先生、やっぱり女性には慣れていないのですね」
そう言って俺の手を両手でマッサージし始める。
「て、手に力が入っています……。それに手のひらに汗をかいていますよ?」
「いや、だってそりゃ……」
「こんなことで汗をかいているようだと、女性に慣れるまで時間がかかりそうですね?」
桜田よ。そういうことではない。
いや、もちろん異性に触れることなんてこれまでほとんどなかったから、生徒とはいえ体に触れられるのは少しは緊張する。
が、今はどちらかというと教師という立場である俺が生徒に手を触れられていることに動揺しているんだ。
が、桜田は手を離してくれない。そして、俺としても不用意に手を離して彼女に拒絶されているような感情を抱かせたくない。
「先生、私架け橋になりたいんです」
「か、架け橋?」
「先生が早く女性に慣れて、生徒たちと自然に接することができるようになって欲しいです。その手助けが私にできれば嬉しいなって思います」
なんて言いながらも親指で俺の手のひらを撫でてくる桜田。
いや、ほんとどうしたものやら……。
ヤンキー生徒であれば、真正面からぶつかることもできるかもしれないが、彼女の善意が理解できるだけにやめろとも言えない。
登校初日にして、予期せぬピンチに瀕して困っていると、ふと彼女は何かに気がついたように目を見開いた。
「ご、ごめんなさい。さすがに教師と生徒が手を繋いでいるのはマズいですよねっ!?」
ようやく彼女は事態を理解してくれたようで俺から手を離すと慌てて立ち上がった。
「さ、桜田?」
「先生、ありがとうございました。先生のおかげで授業についていけそうです」
そう言って彼女はペコペコと俺に頭を下げると頬を真っ赤にしたまま廊下の方へと駆けていった。
「お、おい、走ると危ないぞ」
「す、すみません……」
と、言いつつも彼女は逃げるように教室から出て行ってしまった。
そんな彼女の背中を見送ったところで俺は頭を抱える。
「はぁ……余計な気遣いをさせちまったな……」
俺が女慣れしていないせいで生徒に気を遣わせてしまった。
なかなかに想定外な事態にまだまだ自分の考えが甘かったことを痛感させられる。
が、確かに彼女の指摘はごもっともなのだ。このまま女性慣れしていないことを生徒に気取られて距離を感じさせてしまうのはよろしくない。
なんとかしなければ……。
そんなことを思い少ししょんぼりしながら机の位置を直していると「せんせっ!!」と廊下から声がした。
ドアを見やるとそこには深山先生の姿があった。
「あぁ……深山先生……どうかしたんですか?」
「別になんでもないですよ。生徒指導が終わって教室の前を通ったら先生がピンチに陥っているのを見かけたので」
「え? も、もしかして見ていたんですかっ!?」
いやいやそれはマズい。こちとら生徒と手を繋いでいたんだぞ? 変に勘違いをされたら一発解雇だ。
が、焦る俺に先生は「安心してください。そういうことではないのはわかっていますから」と俺の元へと歩み寄ってくる。
よかった……。
ほっと胸をなで下ろしていると先生は俺の顔を覗き込んできた。
「ですが、気をつけてくださいね。場合によっては一発解雇ですよ?」
「はい……おっしゃる通りです……」
「反省しているのであれば大丈夫です」
そう言って俺の頬をつんつんと指先で突いてきた。
「そんなことよりも先生、女子校の生徒にまで女慣れしていないって指摘されるとはどういうことですか?」
頬をつつきながら悪戯な笑みを俺に向けてくる。
どうやら彼女は人をからかうのが好きなようである。今朝から抱いていた懸念が確信に変わる。
「お、俺ってそんなに女性慣れしていないように見えますか?」
「見えます。こうやって少し触れるだけでも顔が真っ赤ですよ?」
「え? あ、ま、マジっすかっ!?」
慌てて彼女から体を離すと、それがおかしかったのか彼女はクスクス笑う。
「結構時間がかかりそうですね?」
「それは困ります。女子生徒たちに気を遣わせるのは心の壁を作りかねないですし、生徒たちには安心して勉強をして欲しいので」
「そうですか……。それは確かに由々しき問題ですね……」
なんて先生は自分の頬に人差し指を当てながら首を傾げている。
が、すぐに笑みに戻ると横から俺に体をぴったりとくっつけると顔を接近させてきた。
「ちょ、ちょっと先生っ!?」
「じゃあ一日でも早く女性に慣れないとですね?」
なんて言う彼女はわずかに頬を上気させており、瞳もとろんとしている。
彼女の体からはなにやら良い匂いがしてきて、思わずドキッとせずにはいられない。
「せ、先生……なにやってんすか?」
「先生、まさかとは思いますが童貞じゃないですよね?」
「は、はいっ!?」
なんてことを聞いてくるんだよ……。
もちろん俺をからかっているのはわかっているが、彼女の一挙手一投足が俺には刺激が強すぎる。
「その反応だと、そのまさかみたいですね……」
「わ、悪かったですね……」
「別にバカになんてしていませんよ? でも女性との交際経験がなければ女性を意識してしまうのはしょうがないかもしれませんね」
「そうならないように頑張るつもりです」
「いい心がけですね。私も一歳しか変わりませんが、教師の先輩として先生が学校に馴染めるようにサポートするつもりですよ?」
「あ、ありがとうございます……」
そう答えると先生はまたクスクスと笑って俺から体を離した。
「じゃあ先生、また夜に会いましょ?」
そう言って俺にウインクをすると深山先生もまた教室から出て行った。
はぁ……先が思いやられる。
一つため息を吐いて、俺もまた教室を後にするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます