星を目指して
アクシデントはあったものの、目的のお肉屋にやって来れば、こんがりと焼き上がり、鼻腔をくすぐる香りと湯気を立たせるソーセージが串に刺されて一行を待っていた。
店主に声をかければ、彼はにこやかに手際よく人数分+一匹分のソーセージを用意してくれる。熱々のソーセージをふーふーと冷ましつつ、かぶりついたニラムはふと、隣に座っているアランを見やった。
彼は難しい顔をしながらソーセージにかぶりつくことなく、むしろ睨みつけるような視線を向けている。
もぐもぐとソーセージを咀嚼して飲み込んだニラムは、そんなアランへおずおずと声をかけた。
「アランくん、どうしたの? ソーセージ、嫌い?」
もしや気に入らなかったのだろうかと問いかけると、彼は「なんでもない」と硬い声でキッパリと否定。その手は僅かに震えている。
彼らの隣で座って、お行儀よく皿の上のソーセージを食べていたラフィが、くぅんと心配そうに鳴いて尻尾を揺らした。
「さっきからずっと顔色悪いよ」
「そんなことない」
「でも――」
「うるさい!! この町に住んでるお前には関係ないだろ!!」
なおも言葉を続けようとしたニラムを遮って、アランが勢いよく立ち上がった。
憎々しげなその瞳に浮かぶ潤んだ光に、ニラムは悲しげに眉尻を下げる。
「……さっき、ウルフェイスさんから言われたこと、気にしてる?」
図星を突かれたかのように、アランが息を呑む。肩をぶるぶると震わせて、彼は首を大きく横に振った。
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!! お前にわかるもんか!! 故郷に帰れない気持ちが!! どんなに望んでももう家族と会えない気持ちが!! 二人は、もう、処刑台に……この町で優しい人たちに守られて、のうのうと過ごしてるお前にはわからない!!」
苛立ちと寂しさが咆哮となる。
放たれた言葉にラフィがぐるると唸って飛び出そうと立ち上がるが、その首根っこはリオンによって掴まれ、阻まれた。
「わふっ!?」
驚いてもがくラフィに、大丈夫と視線を向けてニラムは立ち上がって持っていた残りのソーセージをラフィへとあげた。
手ぶらになった状態で、少女は少年と向き合う。
「……のうのうと過ごしてる。確かにそうかもしれないね。でもね、少なくとも家族と会えない気持ちは、わかるよ」
「え……」
彼女の口から飛び出してきた同情の言葉に、一瞬だけ虚をつかれてアランが狼狽える。
ニラムは寂しさを湛えながらも、笑顔を作って言った。
「私もお父さんが、死んじゃってね。私のせいなんだ」
「お前の、せい?」
わけがわからず、目を瞬かせたアランから少し視線を逸らしてニラムは空を見上げる。あの日も、こんなふうに月が美しい日だった。
彼女は鮮明に覚えている。誰もがニラムのせいじゃないと言った。けれど、ニラムにとっては自分のせいに思えて仕方ないのだ。
「突然だったから、お別れもお礼も、謝ることもできなくて」
その横顔に釣られて、アランも彼女の視線を追う。大きな黄金の月の輝きが、夜を照らしていた。ニラムはなおも続ける。
「だから、わかるよ。家族ともう会えない寂しさも、悲しさも。それがアランくんと同じ大きさだとは思わないけど……」
月から視線を離して、ニラムはアランと再び向き合った。
「でもね、少なくとも自暴自棄になっちゃダメだよ」
一歩、歩み寄る。
震える彼の手を握る。
「だって、アランくんはお父さんもお母さんも大好きだったんでしょ? なら、きっと二人もアランくんが大好きだったと思うんだ」
言葉は、まるで雨が土に染み込むように。
「大好きな人に、幸せに生きててほしいって思うのは人として自然なことだと思う。だから、アランくんは汚泥をすすっても立ち上がって、星を目指して、幸せにならなきゃ」
湿った大地に若葉が芽生えるように。
「……幸せに、なる」
「うん。小さな幸せを積み重ねていって、大きな、かけがえのないものを見つけるんだ。私は、そのお手伝いがしたいな」
きゅっと確かな力を込められた手を見つめて、アランは静かに項垂れた。
「どうしてそこまで」
「私がそうしたいと思ったから」
絞り出された疑問に、彼女は凛と答えた。
「私は困ってる人がいるのなら、この手が届く場所にいる限り、助けたいの」
「……ニラム」
「あ、やっと名前呼んでくれた」
小さく溢された自分の名前に、ニラムは嬉しさから顔を綻ばせる。
「ねぇ、アランくん。ナナシの港にはアランくんみたいな人たちもいっぱいいるんだ。だから、きっとあなたも」
ニラムの言葉に、アランの手に力が入る。俯いた表情はわからない。しかし、肩の震えはだんだんと大きくなっていき、やがて彼はしゃくり上げながら、濁った声で言葉を紡ぎ始めた。
「この町は汚くて、治安が悪くて、何もわからなくて、やっぱり緑の国の方が好きだ」
うん、と頷く。誰だって自分の故郷は大切だ。ニラムがどんなにナナシの港が危ないところと知っても、どこまでも大切に思っているように。
「でも」
アランは大粒の涙を溢しながら、顔を持ち上げる。瞳は真っ直ぐに、目の前に立つ夜警の少女を見つめて。
「お前みたいなのがいるなら、少しは……好きになれる、かもしれない」
「アランくん」
ニラムの手を振り解いて、彼は泣き顔を隠すように思いきり服の袖で涙を拭う。袖の下から出てきた顔は、赤く、しかし確かに力強い。瞳は月の光を反射して輝いていた。
「あと、その、星の美しさは認めてやる!」
そっぽを向きながらも告げられた言葉に、ニラムの顔がぱぁと明るくなる。
大きく何度も頷いて、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「……うん! うん!」
すっかり冷めてしまったソーセージを食べるアランと、その美味しさに目を丸くする彼をにこやかに見るニラム。
その姿を見つつ、リオンは自分の分のソーセージにかぶりつく。
「わんっ! わんっ!」
「一件落着、かねぇ。また騒がしくなりそうだ」
「わふぅ」
月と星の見守るナナシの港に新しい住民が増えた瞬間を、一人と一匹は肩の力を抜きながら讃えた。
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