第二幕 夜警団

夜警団のお手伝い

「そういや、お前さん今後どうやって生きてくつもりだよ」


 目玉焼きの黄身をフォークで破りながらリオンが問いかける。ぷつりと空いた穴から黄色い黄身が溢れ出して、白身を伝っていく。


 一方で、その言葉を言われたアランはベーコンの上で動かしていたフォークとナイフの動きを止めて、視線を揺らす。バツが悪そうに首を竦める彼を見ていたラフィが呆れたようにリオンを見た。


 なんと見事なブーメランだろうか。リオンだってニラムの家に勝手に上がり込んでは勝手に料理を作り――それ自体は別に問題ないが――ちゃっかり自分の分の食事も確保しているのだから。この間の用心棒の仕事とやらも、雇い主に賭けの代金をツケたことで見事にクビになったと言うし。


 だというのにアランへは「いつまでもニラムにお世話になっているわけにはいかない」などと、どの口が言えたのだろう。


「それは……」


 しかしそんな事情など知らないアランは、真面目なことに考え込むように俯く。

 数日一緒に過ごしたことで、アランが存外、生真面目な部類の人間であることをニラムは察していた。そんな彼は、リオンの言葉に思うところがあったのだろう。


 いい子だなと思いつつ、ニラムは青々としたナイトレタスと夜鶏で作られた蒸しサラダを食べる手を止めて、リオンへジト目を向けた。


「リオンさんがそれ言っちゃう?」


「いやいや、俺とは事情が違うから。ほら、この町じゃみんな何かしらして生きてるだろ。世間知らずのお坊ちゃんが、どうやってこれから生きてくのかってのは早々に考える必要がある。違うか?」


 確かに彼の言うことは一理どころか二理も三理もある。だが、言ってる本人が本人なだけに、ニラムとラフィは冷めた目をリオンに向けるしかない。


「アランくん、リオンさんの言うこと真に受けなくていいからね。リオンさんプータローだから」


「おい、そこまで言うか? ちゃーんと家事炊事してやってるだろ?」


「雇った覚えがないです!」


「わんっ!」


 ニラムの言葉にラフィが答えるように一鳴きすると、リオンはいじけたように唇を尖らせた。


「なんだよ、もうスープ作ってやらねぇぞ」


 子どものような言い分にニラムはジトッとした視線を向けつつ、もう半分ほど減っているスープを飲み干した。


「子どもじゃないんだから。あ、おかわりほしいです」


「はいはい」


 ニラムの差し出した器を受け取ったリオンは、おかわりをよそうために立ち上がる。

 その隙をついたように、アランが小さな声でニラムの名前を呼んだ。


「……ニ、ニラム」


「どうかした?」


 ニラムが問いかけると、アランは「あー、うー」としばらく口ごもりつつ、意を決したような表情を浮かべてからいつもの尊大な口調で捲し立てた。


「な、何か頼みたいことはあるか? 世話になっているからな、元貴族として今なら何でもお前の願いを叶えてやるぞ!」


 つまり、何かお手伝いがしたいということだろう。たしかにアランは少し前まで貴族だったのだから、いきなり働いてお金を稼ぐというのはハードルが高いかもしれない。

 それならば、目の前の世話になってる人間の手伝いから始めるのはアリな選択肢だ。


 ニラムは少し考える。彼に任せられる仕事はどんなものがあるだろう。

 しばし考えて、そうだと用事が一つ思い浮かんだ。


「それじゃあ、ラフィと一緒におつかいお願いできるかな?」


「おつかい?」


 一見、簡単すぎるからか、どこか不満げな表情を浮かべるアランに頷いてみせる。

 本当なら、もっと洗い物だとか洗濯だとかいろいろあるのだが、そろそろアランは一人でナナシの港を歩いてみるべきだ。


 きっとニラムと一緒にいるときとは、また違った見え方もできるだろうし、彼は存外、しっかりした性格だからラフィがいる限りは悪いことにはならないだろうという確信もある。問題はない。


「うん。鍛冶屋さんに行って、預けてるを取ってきてほしいんだ。ラフィが案内してくれるから」


 大切なものと強調すると、アランは僅かに目を丸くし口をもごもごさせる。


「そ、そうか。簡単な仕事だな! 俺に任せておけばすぐにでも取ってきてやる!」


 胸を張りながら自信満々で言う横顔を見て、ニラムは微笑む。


「うん、よろしくね」


 初めてのおつかいに赴こうとする彼が微笑ましくて、ついついニコニコしていると、ふと一つ良いことを思いついて、そうだとイスから降りる。

 写真や小物を置いている木製の棚へ駆け寄り、引き出しを開けてとあるものを取り出す。


「アランくん。これ着けて行って」


 差し出したのは赤いリボンだ。それを見て、アランは怪訝な顔をする。


「なんだこれは」


「夜警団の証だよ。アランくんは夜警団じゃないけど、今日一日お手伝いさんってことで」


 ほら、と自分の左の二の腕辺りに結ばれているリボンを指すとアランは僅かに頬を赤くして、拳を握る。


「そ、そうか、よし、よし……俺に任せておけ!」


「うん、頼りにしてるね」


 ニラムの言葉にアランはぐっと顔をむず痒そうにしかめる。

 そんな彼らの横顔を見比べて、ラフィが「わんっ!!」と鳴いた。

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