行き倒れ

 門を出て東へ向けてしばらく歩いていくと、花畑が見えてくる。

 ここまで来ればカンテラは必要ない。月夜の光を受けて一年中輝き続ける月神の花が周囲を照らしていた。


 一面に広がる幻想的な光景に、隣に立つリオンは感嘆し、遠く、丘の先まで続く花々をぐるりと見渡す。


「ここはいつ来ても綺麗だなぁ……」


「はい!」


「わんっ!」


 元気よく答える一人と一匹を横目に、しゃがみ込んで花びらへと手を伸ばす。


「俺の故郷にはこんな光る花なんてなかったしなぁ」


 いつも見上げてる相手を見下ろす形になったニラムは、彼の着ている羽織を見て、そういえばと思い出した。


「リオンさん、そういえば火の国の出身でしたよね」


「そうそう。いろいろあって、島流しになっちゃった」


 カラカラと何でもないことのように笑う姿に少し心が痛む。

 島流し。追放。それは即ち、彼がそれほどの罪人であったのだということを意味する。


 とてもそんな人には見えないのにな、とニラムは俯いた。ギャンブルはするし人の家に侵入して勝手にいろいろ漁ってるけど、いや、確かにかなり悪いことだとは思うが、だとしても他者をどうこうしてやろうという悪意は彼の中に見受けられない。


 彼女の心情を知ってか知らずか、リオンは懐かしむかのように、どこか遠くを見るような色の瞳を花たちへ向けていた。


「ま、結果的に切腹するよりはマシだったわけだけど」


「せっぷく?」


「自害ってこと。この国は外からしたらまだまだ、恐ろしい魔物ばかりの国だと恐れられてる面があるからな。夜の国への島流しは実質的な死刑宣告ってね。ま、俺としちゃ結果的に楽しい日々を送れて万々歳ってわけだが」


 そういえば、出会ったばかりの頃の彼は無気力で悲観的な空気を纏っていたと思い出した。


「リオンさんは、どんな罪を犯したんですか?」


 ふとこぼれ落ちた疑問にぴたりと、花びらを撫でていた指が止まる。少しの沈黙の後、彼はゆっくりとその口を開いた。


「聞きたい?」


「ご、ごめんなさい!」


 あまり踏み込んでほしくなかったところなのだろう。ニラムは反射的に頭を下げていた。

 それに対して、リオンはきょとんと眼を丸くするとからからと笑ってみせる。怒ったり不快な思いをしたわけではない様子に、ひとまず安堵した。


 リオンはほっとしているニラムを見て微笑むと、立ち上がってぽんぽんと頭を撫でる。


「別に怒ってるわけじゃないんだ」


「でも、そういうの聞かれたくないんですよね」


「……そうだな」


「ごめんなさい」


「謝るなよ。知りたいんじゃないのか?」


 その問いに、ニラムは首を振った。

 知る必要があれば、きっといつか教えてくれるだろう。それに何があろうと、どんな過去を抱えていようとリオンはリオンだ。何も変わらない。


 どこか不安そうな大人を安心させるために、にぱっと笑ってみせる。少し呆気に取られたように目を瞬かせたリオンは、ふっとその表情を和らげて、いつも通りの笑みを浮かべた。


「……そうかい」


「はい!」


 ニラムは力強く頷く。そのときだった。

 がさり、と音がした。


 全員の視線がそちらへと向けられる。花畑の向こう側、森の奥から誰かがゆっくりと歩いてくる。

 小さかった影はゆらゆらと揺れながら、少しずつ近づいて大きくなってくる。


 それはボロ切れにも似た服を纏った、金髪に碧眼の少年だった。年はニラムと同じくらいだろうか。荒れた地をおぼつかない足取りで歩き、前後左右に揺れている。


 先に飛び出したのはやはり少女とその愛犬だった。


「相変わらず早いなぁ!」


 リオンが羽織りを靡かせて後を追う。

 ニラムが声をかける直前、石に躓いたのか体力の限界だったのか、少年の体が前に向けて投げ出された。


「危ない!」


「わんっ!」


 ラフィが加速して、もふもふの毛皮で少年が地面に接触する直前に受け止める。

 お手柄だと二人は駆け寄りながら叫んだ。


「ラフィ、えらい!」


「ワンコロお手柄だな!」


「わんっ!」


 ふんす、と胸を張るラフィを撫でつつ、追いついた二人はまず少年の様子を確認する。リオンが脈を測り、顔色を見て顔をしかめた。


「結構、衰弱してるな。手足に枷の痕……罪人か」


 ニラムの視線が少年の剥き出しの手足へと向けられる。たしかに手首足首をぐるりと囲むように赤い跡がついていた。


「島流し……」


「こんなちっこいのになぁ」


 リオンの一言はニラムが溢した言葉を肯定していた。

 夜の国への島流しは他国では実質的な死刑宣告に等しい。それだけの罪をこんな少年が犯したというのだろうか。


 わからないけれど、とにかく今やるべきことは一つしかない。


「連れて帰りましょう。体をあっためて、お水とか食べ物とかを」


「言っちゃ悪いが、一応言うぞ。お前がそこまでする義理はない」


 リオンが諫めるように見上げてくる。その視線を受け止めつつ、少女は静かに頷いた。


「義理はないです。だからこそ私は助けたい人を助けます」


 きっぱりと言ってニラムは少年を背負おうとする。その様子をどこか嬉し気にリオンが止めた。なんだろうと思って見上げたと同時に、少年を背負おうとしていた背中が軽くなる。リオンが少年を抱え上げたのだ。


「意地悪言って悪かったな。早く町へ戻るぞ」


「わんっ!」


 ラフィが嬉しそうに尻尾を振る。ニラムも表情をパッと花開かせて頷いた。


「はい!」

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