星の助言
夜鷗亭を出て、ニラムたち一行は町を囲む壁の城門近くへとやって来ていた。
彼女たちの住むナナシの港は国からも見捨てられているに等しい。故に城壁はあってもそこを守る衛兵はいない。出入りは自由だ。
ただ、そんな廃れた城門にも見張りが一人いる。
ニラムは城門の前で座り込んでいるボロボロの灰色の外套を見つけると、手を振って近づいた。
肌は焼けただれ、外套の下には簡素な鎧を纏っている。さらにその下から見える肌には包帯が巻かれていた。
「ステラさん、おはようございます」
「……」
ステラと名前を呼ばれても、青年はだんまりとしている。声をかけてきた少女を一瞥すらしない。それを見て、ニラムは懐に入れた小さな袋を取り出して、彼の傍に置いた。
「今日は星がきれいですね。星神様と月神様がそろって見守ってくれてますよ」
「……」
「私たち、これから外に見回りに行くんです。この間、灰が現れたから」
「くぅん」
ステラへと話しかけ続けるニラム。ラフィは悲し気にそれを見上げて、リオンは少々眉を顰めながら呟いた。
「……またいるのか」
リオンの言葉に、ニラムは静かに頷く。
ふぅ、というため息が聞こえてくる。彼がステラと関わることに対して、あまりいい顔をしないのは知っていた。
それでも、ニラムはステラのことをこの町に住む一人として好きだから、定期的にこうしていろいろな物を持って来ていた。
「あんま、かかわるべきじゃないと思うんだけどなぁ」
「でも、ずっとここに一人で、誰とも話さないなんて退屈だと思うんですよ」
困ったような表情で後頭部をぽりぽり掻くリオンに向けて、ニラムは笑顔を浮かべて振り返った。
「大丈夫、ステラさん良い人ですから。リオンさんよりよっぽど」
さらりと告げられた一言に、リオンが不満げな表情を前面に押し出す。
「はぁー? 俺はまごうことなき良い人だろうが」
いや、まあ、そう。たしかに良い人ではある。良い人ではあるのだ。ギャンブルさえしなければ……ピッキングで侵入して、勝手に食料を漁らなければ……。
あれ? 良い人とはいったいなんだろう?
ニラムの中で良い人の定義が揺らぎ始める中、ラフィが呆れたようにため息を吐く。
「わふぅ」
「お? なんだよワンコロ」
「わんわんっ」
良い人ならニラムにたかるな、ばかリオン。そう言ってるのだ。
愛犬が心配してくれてることをうれしく思いつつ、ニラムはラフィの頭を撫でる。
「いいんだよ。私、別に気にしてないから」
「わふぅ……」
「なに、俺もしかしなくても、呆れられてる?」
今更な台詞にニラムは肩を落とした。このダメ大人め。
「もしかしなくても、呆れられっぱなしですよ」
「えぇー、なんでだよぉ……」
訳が分からないと言わんばかりのリオン。その自信は果たしてどこから来ているのか。そこそこの付き合いになるのに、未だそれがわからない。
「きゅふぅ」
「なんか哀れなものを見る目をされてるんだけど」
「リオンさん……少しは自分の振る舞いを省みてください」
「わんっ!」
なんだよ二人して、と唇を尖らせるリオンにニラムは苦笑するしかない。いつものこととはいえ、なんと図太いのだろうか。
それにしても、長く話しすぎたかもしれない。そろそろ行こうとニラムは外に足を向け――
「……東に行け」
「え?」
たった一言、されど一言。ステラの口から、少ししゃがれた、しかし落ち着きのあるテノールが零れ落ちて言葉を紡ぐ。
しかし、聞こえたのはその一言だけで、ステラは再びだんまりとしてしまった。
目を瞬かせてそれを見つめ、ニラムはその表情を徐々に綻ばせる。彼の声を聞くのは本当に久々だったのだ。
「……わかりました! それじゃあ、東に向かってレッツゴー!」
「は? 東?」
突然のことに理解が追いついていないのか、リオンは首を傾げる。
そんな彼に、ニラムは東の方角を指しながら言った。
「ステラさんが東に行けって言うので」
「はー……噂の占いか?」
「たぶんそうですね。ステラさんの助言はよく当たるので、行ってみようかなーって」
ステラの助言に関しては、町の子供を中心に有名な話である。ニラムもステラに会う前からずっと子どもたちから「とてもよく当たる」と評判を聞いていた。
実は元々、腕のいい占い師だった。と言われても信じるくらいには、彼女もその助言に何度も救われている。
先日、町の子どもが勝手に薬草を摘みに行っていなくなったときにも、彼の助言が役立ったことを思い出した。
ニラムの言葉に、リオンは首を捻りつつ小さな声で呟く。
「そうかよ。東、東ねぇ……」
町から出て東といえば少し深い森が存在している。中央に大きな川が流れていて、森の中にはその水が形成した湖があるのだ。動物たちの憩いの場でもある。
「はい。森はさすがに危ないから、その手前くらいでいいですかね。じゃあ、行ってきますねステラさん」
「…………ああ」
ステラは小さく返事をすると、再び沈黙し目を伏せる。
眠りたいのかもしれないと思い、ニラムはラフィとリオンを連れてさっさと城門を潜り抜けた。
門を出てしばらく歩いた先で、ふと、リオンが聞いてきた。
「ところで、あいつになに渡したんだよ」
「クッキーです。この間、夜鴎の卵と黒麦のお粉をいっぱいもらったので焼いてみたんですよ」
「はぁー!? 何それ聞いてねぇぞ!」
ニラムが答えた瞬間、ギョッとした表情を浮かべて年上らしからぬ反応を返して来たリオンに目をぱちくりしつつ、首を傾げる。
「え、だって言ってないですし」
「俺も食いてぇ!」
食いてぇを連呼する大の大人に思わず半目になる。リオンと話していると大柄な子どもの相手をしている気すらしてくる。
「……まあ、わかりました。それじゃあ、帰ったら焼きますね」
ニラムの返答にガッツポーズをしつつ、リオンはラフィと笑いあってる。
「よしっ! いやぁ、クッキー楽しみだなぁ」
「わんっ」
「ラフィは昨日食べたでしょ? あんまり食べるとおデブさんになっちゃうよ」
「わっふぅ」
しょんぼりした愛犬にニラムたちは思わずくすくすと笑った。
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