第25話 独りで読みたい派だ

「ふむ、君に手伝ってもらうと早く集まるな」


「それは良かったです」


 別に彼の本探しを手伝うのは苦じゃなかった。普段から僕自身本に親しみがあるからだろうか。解決部での活動なんかよりも何倍も自分の特性に合っている気がする。


「す、素敵ですね……」


 そんな僕の姿を図書室の外から見ている人がいるなんて思ってもみなかった。だがしかし、現実には見られていたのである。その、僕が所属している変な部活の人達に。


「うーん、解決部とボクをほったらかしてあの二人は何をしてる訳?」


「彩ちゃんにふさわしい人になるために学びを深めるんだって♡」


「彩芽の心を射抜くなら部の手伝いした方がいい気がするわよね。別に私は応援してないけどっ!」


「そんなことはどうだっていいのです。皆さんには見えないのですか?」


 僕たちの様子を見て、呆れたように肩を竦める彩芽に秋元先輩が状況を説明してくれる。夏織の言ったことも一理あるけれど、僕が泰輝さんに言えたことじゃないしなぁ。そして、何やらみんなとは論点がズレている冬花さんがみんなを制しながら口を開いた。


「静かな図書室に佇む美少女、本の似合う聡明そうな横顔。本を選び、引き抜く美しい手」


 冬花さんがうっとりとしながらこちらを見ている。なんか最近表情が変わらなくても感情が分かるようになってきたな……。というか、どこを見て何に興奮してるんだあの人は。


「彩芽の彼氏候補なんかどうだっていいのです。私が目に焼き付けたいのは図書室というオプション付きの智季くんですから」


 ぐっと拳を握りながら冬花さんが言った。え、僕……?僕はまさか自分の名前が出てくると思っていなかったので驚きながら冬花さんに目を向ける。


「この静寂に包まれて無駄な物音が一切無い部屋にいる智季くんこそが――」


「雑音が聞こえると思ったらにわかには信じ難い人気ナンバーワンでは無いか」


 その物音が一切無い図書室に声を響かせていた冬花さんに気づいた泰輝さんが近づいていく。そしてやはりトゲのある言葉で突き刺して、冬花さんを一刀両断する。やっぱりそんな強気で冬花さんに言う人初めて見たな……。


「彩芽さん、君が興味のありそうな本を集めていたんだ。どうだい、私と一緒に午後の読書というのは」


「あはは、ボクの趣味に合わせたとっても楽しそうなことしてるねー(棒)」


「そうだろう、君なら喜んでくれると思っていたよ」


 泰輝さんは彩芽に手を差し出して優雅に午後の読書デートに、誘う。だがしかし、彩芽の言葉があまりにも棒読みすぎて興味がないことがこの僕でさえわかってしまう程だった。それにも気づかず泰輝さんは満足気に笑う。


「こっちの経済学の本か、哲学の本か。彩芽の好みを知りたくて色々取り揃えたんだ。君の好きなものを教えてくれないかい?」


「小難しい本ばっかりで退屈ね」


「夏澄、紐の結び方知りたいな。亀甲縛りとか」


「うんうん、つまらなさすぎて逆に面白い♪」


 ドヤ顔で本の紹介をする泰輝さんの横で本をペラペラとめくりながら女子たちが酷評を垂れ流す。夏織の言っていることは分からなくもないが、夏澄はそんな本学校にあるかって感じだし。秋元先輩はにこにこしながら結構辛辣なことを言うからいちばん怖いかもしれない。


「そうね、五十嵐が読んでくれるなら聞いてあげなくもないわ。ほら、こんなふうに」


 そう言って、みんなの会話を横目で見ながら本をめくっていた僕の膝の上に乗ってくる夏織。な、何がしたいんだろうか。距離は近いし、スカートから覗く太ももが触れているし甘い匂いがするしで目が回りそうだ。


「違うよね、智季くん」


 僕が夏織の突然の行動に戸惑っていると、反対側から夏澄の声が聞こえる。いや、僕に声をかけるよりも先に姉のことをどうにかしてくれないだろうか。体重が軽いからか、重みは全く感じないけれど色々と問題がある気がする。


「智季くんは読んで欲しい派だもんね。こーんな風に」


 そして、右耳近くで囁いたかと思えば夏澄がフーッと僕の右耳に息を吹きかける。生暖かい夏澄の吐息が僕の右耳を撫でた。ゾワッとする感覚と、距離の近さにドギマギする。


「あっはは、五十嵐センパイったらいつの間に双子センパイにそんなに懐かれたの〜?」


 自分では全くそんなつもりはないのだけれど、いつの間にか距離は近くなっている気がする。冬花さんとはクラスが離れてしまったけれど、このふたりとはクラスも一緒だろうか。単純に一緒に過ごす時間が長いのだ。


「ぼ、僕は読んであげたい派でも読んで貰いたい派でもない。独りで読みたい派だ、ほら早くどいたどいた」


 夏澄を遠くへ追いやり、夏織を自力で立たせる。そして僕は本で顔を隠した。このドキドキを誰にも悟られる訳にはいかない。


「と、智季くん!女子とそんな近距離で話すなんて穢れていますよ、今すぐ浄化してください」


「冬花さん、厨二ですか?」


 冬花さんが僕の肩を掴みながら言ってきたので、首を傾げる。何をそんなに焦っているのだろうか。穢れとか、厨二病男子の言葉としか思えないんだが……。

 

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